第59話 交渉受付中
本当の所はまだ分からないが、今の所、俺はまだ死んでいない。
治療の一環でもあるのだろう。
サワグチとは仕事の後よく話したり、一緒に夕食を食べたりしている。
そんな時は決まって二人きり、正確に言えば三人きりだった。
ある日。何故か、護身術を教えてくれと言われた。
そんなものは俺は知らない。
「是非、お願いしたい。動画色々見たよ。横山君、もの凄い強いね」
ファージが無ければ只の雑魚だ。勘違いされては困る。
「そんなもの覚えてどうする。ド素人がちょっと齧っても、プロを怒らせるだけだ。そうならない環境を維持する努力をしろよ」
「あたしにもっと対応力があれば、あんな事にはならなかった」
冷たく、底冷えのする、暗い声で呟く。
「同じ目には二度と遭いたくない」
耐えてきた苦しみと、発狂しなかった精神力。その重みから絞りだした言葉に、俺は軽々しく反論できない。
「どんな状況からでも逃げ出せる技術が学びたいって事か?」
俺が言いたいことを察したようだ。
「別に、ここから逃げたいとかそういう話に繋がる訳じゃない。スミレたちには感謝しているし、ここより安全な場所は無いだろう」
そういや、あの時何で拘束リング外したのか、後で聞いたら、重くてストレスだったし、恥ずかしかったと、至極最もな回答を頂いた。
こいつ何気に恥ずかしがり屋さんか?
絶対殺す気だったと思うのだが。
「無理だな。医者が許可を出したら考えよう」
「出すわけないから頼んでるの」
教えたら悪用するに決まってる。
今度こそ殺される。
「止めろ。聞かれてるのに。立場が悪くなるぞ」
「横山君は良いよね。ファージネットから随意筋にトレースするだけで何でも出来るんだもん」
「そういうソフトも売ってるが、俺はそんな事はしない」
「嘘つき」
「本当だ」
「嘘だ」
「本当だ」
サワグチは怒り心頭で睨んできた。
パネルを取り出し、俺に見せる。
「これ、おかしいでしょ」
俺の昔の動画だ。
つつみちゃんがテックスフィアで撮っていたのか、拡大映像で画質がかなり荒い。俺が起きたての頃、橋の上でコボルドとすれ違った時のものだ。
懐かしい。音声が無いな。
「どこがおかしい?」
加工した形跡は無い。
「ピンクのパーカーでフルチンが気になるのか?」
「ばかっ。え?下はいてないの?いやそうじゃなくて」
俺がボーラを避けたシーンで動画を停止する。
「ここ。紐が飛んでくるの避ける時、異常受信したよね。どこから信号受けて反応したの?」
当時は何の疑問も無く、ヘルプコマンド自動対応のサポートAIかと思った。
でも、あり得ない。
ヘルプは存在したが、自発的に緊急コマンドの認証を取ってくる仕組みは存在しない。
確かにこれは変だった。
あの時は、右も左も分からず、便利だなくらいに思っていた。
「これは、ボーラっていう投擲具だ。獣を効率的に捕まえる」
ボーラを上手く使うと、向かってくる獣はほぼ完封出来る。低コストで高効率の狩猟具だ。勿論、武器としても有用で、当てる腕さえあれば手の無い獣には弓矢よりボーラのが効果的だ。草食獣を狩る時は逃げ道に置き投げして使う。
逃げる人間も効果的に足止めできるので、俺があそこで絡まったら厄介な事になってただろう。
突っ込んでくる犬や猪程度なら槍で突いたりしなくとも、これを投げるだけで無力化出来る。
野生の動物は、身体に紐が絡まるだけで非常に嫌がるからだ。人を襲うどころではなくなる。
ゲームだったら低ダメージで状態異常麻痺とか、低確率で数ターン行動不能とかのしょっぱい表現だろうが、現実だと、使い方や相手によって決定打になりうる。
ここまでゲーム脳で良い気持ちにドヤって思考加速させてると、サワグチが無言で画像を拡大して俺の股間部分をマジマジ見ているので慌ててパネルを奪った。勃ってなかった筈だけど、見るなよ!
「必死だったから深く考えなかったが、確かに不思議だな」
この点に関して、隠し事はしない方がいいだろう。
「発信源がむつ市?になってる。ありえないな」
青森のむつ市は現在、人類未踏の地でファージインフラが整っていない事になっている。
経由地としてもありえない。
「むつは一個目の串刺しね。辿ったけど、また北関東に戻ってさいたま市付近で五百万箇所に分裂してる」
昔から、コンピューター同士のネットワークには、全てにアドレスが割り振られているが、その一括管理は現在アメリカのファイキャンという旧アイキャンの後継組織がドメイン名と共に一括管理している。
アドレス自体は、日本に割り振られた範囲内からさいたま技術研究所の特化型量子コンピューター”アカシャアーツ”によって無人管理される為、非常に偽装し難い。
この時代においても、量子コンピューターは残念な子だったが、特定の作業のみなら、素晴らしい性能を発揮する。絶対零度の管理や尖がった性能と引き換えに、ノイマン型とは比べ物にならない速度でアドレスの発行と管理ができる。ファージウィルス個々の管理は当然として、ファジープロトコルを利用した水素分子一個単位の管理も原理的に可能としている。この割り振り作業だけは、いつの時代もファージネットではなく、物理サーバー上で行われてきた、古来からの伝統技術だ。
「辿り間違えたんじゃ?」
「あたしが?まさか」
間違えたのでなければ、つまりそういう事だろう。
「なら、そういう事なんだろ?」
「それもそうね」
サワグチは二人して同じ仕草で考え込んでいる。
今日は服装が違うので見分けがつきやすい、どっちの口からでた言葉かまでは覚えてられないが、今日は記憶をリアルタイムでレーザー通信による同期してるそうなので、どちらかとコミュニケーションとれてれば問題ない。
どっちが本体でどっちがコピーなのかは、ファージ接続が無いので全く分からん。
「まぁ、いいか。後で詰めとく。それより、あたしの修行の学習計画についてだけど」
「やらないから」
無表情になった。怒った?やらかしたか?
変に期待させるのも問題だし。はっきり言った方がいいよな。
「貸して!」
俺の手から二人がかりでパネルをもぎ取ったサワグチズは、オープンチャットに何か打ち込んで。ニヤリと口角を上げた。
「許可出た」
ドヤ顔で俺にログを見せる。
スミレさんから即答で許可を貰っていた。
何をどう教えろと。
「傭兵に聞けばいいじゃんか」
「何度言ったら分かるの。あたしと同じ時代から来たど素人が傭兵とか犬に勝てるくらい強くなったんでしょ?また攫われたら助けてくれるの?責任取ってよ」
ムチャ振りが過ぎる。スミレさんから許可出たのなら、いざという時には何とかするって事なんだろう。サワグチの意図は言葉通りでは無いのだろうが、俺には選択権がもう無くなった。
「間違ってるかどうか分からないし、同じ効果かどうかも分からないぞ」
「その辺は調整する」
二人してにっこり笑った。右のサワグチの目が笑ってないんだが、指摘した方がいいのか?
「次から教える。これ全部クリアしとけ」
お気に入りの中からゲームを五本渡した。
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