第60話 護身
「無理!出来ない!」
次に会った時に、開口一番言われた。
「移動しながら見たところを狙って撃つっていう動作がそもそもできない」
絶望的だ。
確かに、ゲームに慣れてないと、操作が覚束ないというのはよくある。
初見でも初心者でも楽しんでもらいたいが為、作り手側はチュートリアルに常に力を入れていて、ここが丁寧でないと、いくらオープニングムービーがクオリティ高くともユーザーは離れていってしまう。
かといって、序盤から出来ない事てんこもりで不自由な行動ばかりさせられると今度はストレスばかり溜まっていき、結果クソゲーの烙印を貰う。
ゲーマーでないサワグチにはFPSは早すぎたか。
俺のお気に入りセレクションだったんだが。
動きの知識としては有用なんだけどなあ。
「元々、俺はゲームが好きなだけのただのおっさんだったんだ」
いつも、テラスかその前にある芝生の小庭でお茶しながら話すのが常だったが、今日は初めてコテージの中に入れてもらった。
玄関を入ってすぐのリビングには真ん中にドンと白いアップライトピアノがあり、それを囲むように家具が配置されている。
ピアノは手前の蓋が剥がされていて、中の骨組みや弦が見えるようになっていた。
上に置いてあるメトロノームがカチコチと時を刻んでいる。
「知っているかどうかで、出来ることは違ってくるよな」
「そりゃそうだけど」
「身体操作と、それを可能にする体、知っている情報とその時入ってくる情報。あと、えーとなんだ?揺ぎ無き心?」
「はいはい。知ってて、動ける必要があるって事ね」
わかってるじゃん。
「ゲーム以外の方法でよろしく」
注文がうるさいな。
「ピアノ得意だったのか?」
「子供の頃。お稽古はいろいろやってたよ」
これだからセレブは。
「連弾が面白くってね。良い感じで頭の体操になるんだ」
「畜生」
「「ん?」」
これが、スペックの違いってやつか。
羨ましくない。羨ましくないぞ!
「一人で連弾てどういう処理なんだ?」
「指を二十本動かす感じ」
こいつ、頭の中はどうなってんだ?
「分かった。代わりに教えてくれ」
「えー、どうしよっかなー」
このやろう。
「うそうそ、良いよ」
精密な動きは結局、正しい鍛錬の先にしか無い。
神経や筋肉を入れ替えて、数値面から制御する方法もあるのだが。結局、便利なだけで簡単な対策をされるだけで役立たずになってしまう。
かといって頭を弄っても、結局末端までの伝達に時間がかかる。
そもそも、手と足二本ずつでできることなど、たかが知れている。
か弱い女性が、屈強な男を一人二人無力化して逃げ出す程度の知恵なら、少しのトレーニングで習得できる。
「何でタマ狙いしか教えないの!?」
「あー、まあ。女性だといくらボコボコカッコ良く顔だの腹だの殴っても効果は薄い。眼と喉、鼻、耳も教えるけど、とりあえずこれな」
電力やファージで調整しても、女性の筋力で速やかに無力化するにはそれなりの技術が必要だ。
相手が痛覚を遮断してサイボーグ化してたら、とかもあるので、そこも教えるが、一つ一つだ。
「ほら、襲い掛かるぞ。フェイント上に入れろ。後ろから羽交い絞めもやるぞ。腕掴まれたら?そうそう脇に肘鉄から」
ファウルカップは付けてても痛い。
でも、練習だけじゃいざという時動けない。
実戦で覚えるのが一番早い。
「キャッ!ちょっと!変なとこ触らないでよ!」
「ワザとじゃない。不可抗力だ」
先生をセクハラオヤジ扱いは許されない。
「「こうなったら!」」
二人がかりとは卑怯なり。
でも、常に一人が死角を意識した動きなのでかえって予測が立てやすい。
「何で避けるの!?当たらないじゃない!」
ソフィアと同じレベルかよ。
「ねぇ、もしかして、護身術で初手タマ蹴り習う女子はあたしが初めてじゃないの?これってギネス登録出来るんじゃない?」
俺かよ。
「何で親指立てるの?」
ただ、相手が俺だから大の男への対策としては効果が期待薄なんだよなぁ。
「やられ役に助手で傭兵呼んでいいかな?」
「嫌に決まってるでしょ」
それまで温和だった雰囲気が一変した。
「そうか」
この訓練の後で医者から聞いて知ったのだが、ムサイ男が近づくだけで、吐気が止まらなくなると言う、本人に視覚補助をかけないと近づくのすら無理とか護身以前の問題だ。
俺と会ってるのも吐き気がするのだろうか。
リハビリの一環として男性恐怖症のケアもしているんだな。
俺の方は、サワグチに触れたり触れられたりするとドキドキする訳だが、サワグチの方はムカムカしていると思うと、申し訳ない気分になる。
金的に始まり、目突き、喉、耳。一ヶ月もするとだいぶマシになってきた。
メットや装甲が有った場合の対処も、反射レベルになるまでこなす。
ブラフのかけ方、相手の反射の使い方も、考えずに動けるレベルになるまでトレーニングを重ねる。
これは、何気に俺のトレーニングにもなった。
二人とも大柄なので、マッチョな素人に囲まれた時の対処に役立つ。
「何度も言うけど」
「”基本は逃げる。常に確実に逃げ切れる状況のみで行動する”でしょ。ミミタコ」
「コンタクトは最後の手段だ。逃げ切れない状況は実質詰みだ」
通じるのは初手、一人のみだと思った方が良い、殺し合いに慣れてるプロに二度目は絶対通じない。一山幾らの雑魚は現実には存在しない。
「有る物も人も全て使え。相手を倒そうとかおこがましい」
「ちょっとさ。本気でやってきてよ」
本気とは。
「対処できるギリギリで加害行為しろって事か?」
ネタバレしているし、癖も知っているので俺からはサワグチを全く脅威に感じない。
「俺じゃ駄目だ。それこそ、傭兵呼んだ方が良い」
「ねぇ。ノリユキでやってみようかな。傭兵は絶対嫌」
自信が付いたのか。良い傾向だ。
善は急げ。
「呼んでみる」
二つ返事で飛んでくるだろう。
ノリユキは反射神経が驚異的だし、良い練習相手になるだろう。
呼んだらすぐに来た。
走ってきたのか、身体から熱気が凄い。
太い喉でハァハァ耳に響く音を立てている。
まだ冬毛なので水分をため込みやすく、こいつかなり綺麗好きだから皮脂が落ちてしまってあまり水を弾かない。湿った体表から出た湯気をもふぁっと纏って凄い事になっているな。
何で濡れてるんだ?犬って汗かかないんじゃないのか?犬人間だから?
失礼かなと思って、聞きにくい。
目の前で調べるのもなんだしな・・・。
「ひさしぶりダネ。ヒマリ。両方とも元気だったかい?」
「それなりにね。夜遅くにごめんね」
怖いのか。やはり表情は少し固い。
「ヒマリの頼みなら、ハワイからだって駆けつけるさ。で。何の用なんだい?」
「言ってなかったの?」
「事前情報は無い方が良いだろ」
「うん?」
ノリユキは頭の中がハテナだ。
「サワグチは護身術を習っている。効果測定して欲しい」
「なるほどね」
合点がいったようだ。
文句ひとつ言わずに了承してくれた。
「無力化するか、拘束リング嵌めたらノリユキの勝ち。ノリユキを動けなくしてサワグチが逃げられればサワグチの勝ち」
「シチュエーションはどうするんだい?」
あんまり難易度の高いものは避けたいな。
「正面から歩いてきてイキナリとかでいんじゃないか?」
サワグチ二人が手を組み合ってくっ付いている。
「ちょっと待って!心の準備が」
「実戦でそんなの無いぞ。よし、始め」
飛び離れたヨシユキがゆるりと歩き出す。
サワグチは一人離れた。もう一人はガチガチで震えている。相当怖いのか動きが硬い。
俺との練習とは違い、直ぐに腕を掴まれてしまい、首に手を回されて羽交い絞めにされてしまう。
駄目かなと思われたが。
「ぐぉっ!ふぐっ!?ギッ!!」
脇腹への肘打ちから、膝を曲げて踵での金的、緩んだ腕から抜けてトゥーキックで脛蹴りと綺麗にキめる。
パーフェクトだ。
「「いぇ~い」」
うずくまる可哀そうな駄犬を尻目にハイタッチしている。
「何で俺にくっ付くんだよ」
「失われたエネルギーを横山で補充してるの。頑張ったんだから良いでしょ」
「ぐ」
両側から柔らかい胸が当たり、パッド無しだったので冒涜的な暴力で言語野が破壊されてしまう。
ノリユキの恨みがましい視線が痛い。
クリーンヒットしたらしくまだ立てないみたいだ。
「ボーイと随分親しくなったね。意外だよ」
そういや、ここで初めてお茶してから一月半は経っただろうか。
確かに、今サワグチに恐怖は感じない。
これがサワグチの思惑通りなのかは知らないが、監禁の時の精神的ダメージからの回復に少しでも繋がっているのなら。
「だって横山は世界で唯一の同世代だからね」
嬉しそうだし、それでいいかなとは思う。
「そっか」
表情は分からないが、ノリユキも嬉しそうだ。尻尾が揺れている。
「喉が渇いたな。帰る前にもう一杯お茶もらえないか?」
「寝る前に紅茶飲むとカフェインで寝つきが悪くなるんだから」
「僕はホットミルクが良いなあ」
「ノリユキ走ってきたんだろ?帰る前に水っ腹にして大丈夫なのか?」
「え?何で走って来たって分かったの?」
サワグチの表情は柔らかい。
ノリユキの底抜けな人の良さはこういう時有難い。
知らなかったのだが、今外は雨が降ってたそうだ。
まだ春先で冷たい雨だったのだが本当に自宅から走って来たらしく、帰りも車より走った方が速いからと聞いたので、四人でお茶した後、当直の傭兵に送ってってもらった。
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