第58話 寝る前
昔話は尽きなかった。
懐古厨はよく馬鹿にされるけど、楽しいんだから良いだろ。
サワグチは俺より十年程後に生まれた、それから三十五年程生きて、原因不明の急性心膜炎で入院、そのまま延命治療から冷凍睡眠に移行したそうだ。
年齢的には俺と同じくらいか。
この時代に起きて、直ぐに人種間差別にテコを入れして風穴を開けた。
口先三寸で人と物を転がしてゲームの隙間に小銭を稼いでいた俺とは生きてきた密度が違うのだろう。
俺は、何も成すことは出来ないし、言われたままに過去の技術を掘り起こし、近いうちに碌でもないくたばり方をして忘れ去られる。
サワグチがひどく眩しく見える。
そして、そのサワグチがメンタルボロボロになって俺を殺そうと保身に努める現状に哀れみも感じる。
生きたい。と心変わりしたのなら、それはそれで良い事だ。
十分頑張った。十分耐えた。
報われても良いと思う。
サワグチは、外した拘束リングが何の為のものか忘れてしまったのか、マカロンを紅茶のお代わりで流し込みながら、リングを弄り倒して遊んでいる。
「ねぇ、横山。シネマティックファージって、何の捻りも無いと思わない?」
安直だなとは思うけど。
「俺は、ナノマシンってっもっとメカニックなモノ想像してた」
「まぁ、元はウィルスだしね。ここまで席巻するとは思わなかったけど」
今の世の中はファージを中心に回っている。
世界規模のケーブルネットワークは壊滅的だが、光が見える手段は・・・、衛星通信網が完全復活すれば、また変わってくるのだろうか。
「特異点を起した共生細菌みたいに、ファージも社会に溶け込んでくのかもね」
ミトコンドリアや常在菌みたいにか。
未来予測は、科学技術の進歩を含めてある程度予測が付くが、ファージの出現は誰も予見していなかっただろう。
俺が起きていた当時、インターネット、携帯型小型端末に続き、直近のブレイクスルーは人工知能や量子コンピュータ、核融合炉が一因だと思われていた。
でも、一時的に持て囃されたトレンドの一つになっただけで、特異点足りえず、数ある技術革新の一つに数えられただけだった。
世界は何も変わらず、常に争い続け、金と領土の奪い合いは加速していくのみだった。
「サワグチは、世界がこうなるって想像付いたか?」
「こうなるって?」
「ファージのネットインフラ、ウェブ四が実現してて、宇宙進出失敗して、ファンタジーな人類で、未開地に溢れてて魔法とか貴族とか財閥とか悪い冗談みたいだろ」
鼻で笑われた。
「あたしらの二百年前の人があたしらの世界を想像できなかったように、今の人たちも二百年後を想像できないんじゃない?」
それもそうだけどさ。
地下の話が口から出そうになる。
ここでサワグチに話してもいたずらに混乱を招くだけだろう。
妙な正義感と使命感で、”地下との融和を”とか”資源の平等な分配を”とか言い出したら、大戦争が始まって宇宙進出前に地球の資源が枯渇してしまう。
今の地上にはクソが多すぎる。クソの掃除はクソみたいな奴に任せればいい。何百年も先を考えて必死に働いてる地下の人たちの手を煩わせる事も無いだろう。
「サワグチは、ナチュラリストをどう考えている?」
「独裁国家みたいなもんでしょ。豚扱いしてくる奴らに何の気遣いも要らない」
そりゃ良かった。
教育とか経済支援とか、話し合えば仲良くできるとか言い出したら、どうしようかと思った。
「でも全部どうとかは無いよ、ナツメコみたいなのもいるし。時々街でも見かけたでしょ?」
エルフ体はそれなりに見かけた。
つつみちゃんもハーフエルフだし。
「ナチュラリストだけじゃない。現代は暴力と理不尽で溢れている。散々体験したしね」
隣町で平然と行われていた身の毛もよだつ凄惨な行為。
メンタルの弱い俺は、一日だって耐えられる気がしない。
絶対に避けたい。
気付けば、時間は零時を回っていた。
俺の寿命も迫っている。
「もう、良い時間だし、そろそろ帰って寝るわ」
席を立つ。
椅子に座っていた方が立ち上がり、後ろにいた方は俺の椅子を引く。
全部俺の妄想だったのか?
二人分の手と足計八個の拘束リングはテーブルや芝生の上に転がっている。
そもそも病んでいるから暴れたら押さえられるようにリングを嵌めていたんだろう?
意図的に施錠されてなかったのか、自力で解錠したのか。
俺を殺す為に身軽になった訳じゃないのか?
何もしないなら何で外した?
これから殺すのか?
でもどうやって?
結局、何も起こらずエレベーター前のエアロックまで来てしまった。
「たのしかった。またね」
「ああ」
閉まり始めた扉の向こうでサワグチが軽く手を振った。
二つ目のエアロックから小柄で屈強そうな女性看護師が五人程出てきた。四人がそのまま入って行き、苦笑いするサワグチたちの顔を最後に閉まった。残り一人が俺にサーチをかける、触診でも診られ問題が無いのを確認すると、エレベーターの扉を開ける。
つつみちゃんが一人で乗っていた。
「お疲れ。ヒヤヒヤした」
俺は死を覚悟したよ。
「あれで良かったのか?」
バカ話してただけだが。
「うん。今朝方まで暴れ狂って手が付けられなかったんだ」
全くそんな風には見えなかったが。
「疲れて動けなくなってから、よこやまクンに会いたいって言って。急遽決まった」
「あの拘束具はなんだったんだ?」
つつみちゃんは首を振る。
「電子式だし、どうやって外したのかは不明。焦ったよ」
二ノ宮側としても、想定外だったのか。
「受け答えはしっかりしていたし、暴れだす素振りも無かった」
「そうだね。びっくりした」
あいつがもしサイコになってしまっていたのなら、完全に信用されるまで無害なフリをして、実行のタイミングで豹変するだろう。
あるいは、俺に対して共感を促して、リマ症候群を期待したりするかもしれない。
最も、この間スミレさんと協力するって口約束はしたものの、どうせサワグチ救出までの事だし。面倒見てやってるのだから二ノ宮の為に死ねと言われたら、拒否は難しいのだが、それはそれで困る。サワグチがここから出て自由になりたいと言ったら、俺はどうするだろう。二ノ宮から逃げ切れる気はしない。
それこそ、ナチュラリストの勢力に逃げ込むか、地下に落ちていくくらいしか思い当たらない。
死んだ事にして消えるにしても、死体が確認できてもそうそう諦めないだろう。コピー体と本体の見分け方も後で調べておこう。
契約に関して、今一度全部確認しておいた方が良いな。
俺は昔の人間なので、書面が無いと安心できない。
いざ、スミレさんの前に出たら、手練手管に絆されてホイホイされてしまう気もするが、心構えは大切だ。
エレベーターから降りると、ファージに満たされた空間にホッとする。
今日は疲れた。寝て起きて、明日考えよう。
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