第57話 サワグチ ヒマリ

 サワグチと会ってくれと言われた。

 どういう風の吹き回しかと思ったのだが、メンタルが不味いらしく、話の合う俺にワンチャンかけたいと言う。

 俺なんかと会っても逆効果な気もするが、大体、メンタルが不味いのは、長期の監禁拷問生活と、コピー体の影響じゃないのか?


 俺には専門的な知識も技術も無い、ネットで少し調べたくらいの付け焼刃で、サワグチを治せる訳も無い。

 元々会って話したかったが、無理だと思ってた。




 データセンターの下層にサワグチの住居が宛がわれていた。

 本体なのかコピー体なのか、聞かされてなかったが、驚いたことに二人ともいた。

 施設内なのだが、区画内二階分ブチ抜いて建てられたコテージハウスだ、テラスは芝生の小さな庭付きで、丸いテーブルと小洒落た椅子が二脚ある。時間を揃えた太陽灯は既に消えていたが、玄関前の街灯は光量が強いので不便は無い。一人はもう座っていて、もう一人は俺に座るよう椅子を引いた。

 当然だが、このフロアはエレベーターを出た後に二重エアロックで完全に外部のファージから隔離されている。

 二人一緒で大丈夫なのか?


「横山君、改めて、ありがとう」


 全身が再生されたサワグチは、見た目はまだ二十代に見えた。

 延命治療をしていたのだろうか。

 小ざっぱりとしたスーツに身を包んでいるのだが、精神的にかなり参っているのか、落ち窪んだ目と、手首と足首に装着された拘束リングが痛々しい。起動した形跡は無いが、暴れたりはしていないのだろうか。

 二人とも髪の毛がまだ短いので、セミロングの軽くウェーブがかかったウィッグを付けていた。

 もっと小柄な女性をイメージしていたのだが、身長は百七十五センチはありそうだ。更にヒールの高い靴も履いてて、俺より全然デカい。


「サワグチ、引きずっているのか?」


 笑われた。


「ストレスを与える可能性のある言葉はかけずに、ただ話を聞いてあげてくれって言われなかった?」


 言われたけど。


「サワグチが指示したのか?」


「まさか」


 サワグチの一人がお茶を入れ始めた。


「横山君がそうするってドクターが言ってたの」


 言ってた気もする。


「横山君知ってた?」


「何が?」


「この世界、今蕎麦が食べられないんだ」


 何かの暗号かと思ったが、そんな事は無かった。

 持ち込んでたパネルで調べたら、今の世の中マジで蕎麦が手に入らない。

 喰えないのかー。

 喰いたくなってきた。


「冷凍睡眠ポッドに入る前は、あたし蕎麦アレルギーでね。大好きだったんだけど、少ししか食べられなかった。一人前でも食べようものなら、喉が腫れて全身蕁麻疹で、呼吸困難で救急車コース」


「大変だな」


 俺の起きてた時代には、まだアレルギーの特効薬は無かった。

 金をかけて長期治療で体質改善していくしか方法が無かった気がする。


「もう、治ってるんだけどね」


「強く、生きろよ」


 ヨーロッパとかで探せばありそうだが、蕎麦の種の保存に失敗したのか。

 下でも上でも、どこかに無いのかな。

 雑草みたいなもんだし、野生で生えてそうな気もしなくもない。


「横山君、思ってたのと違うね」


 俺も、その言葉そっくり返すわ。

 全然違う人物像を想像してた。


「地下から送られてこなくても、地上で元ソバの産地探せば生えてそうだな。今度探してみるか」


 二人とも変な顔をしている。

 やはり、盗聴対策の暗号だったのだろうか?

 お茶は香り豊かなウバ茶だった。飽きのこない強い香りだ。ミルクが欲しくなる。


「ミルクもらっていいか?」


「待ってて」


 立っていた方のサワグチが家の中へ入っていった。


「二人いるってどんななんだ?」


「ドッペルゲンガーって知ってる?」


「ゲームの設定でよくあったな」


「そうそう、不吉の前兆とか、殺し合いを始めるとか、見たら死ぬとか」


「実際どうなんだ?」


 椅子に座ってる方のサワグチは肩をすくめて紅茶を啜った。


「身体が倍に増えた。便利だよ」


「税金も二倍らしいぞ?」


「おやおや、横山君に借金しなきゃかな?」


「喧嘩したりしないのか?」


 中にいた方が笑いながら出てきた。

 持ってきた小瓶の中は生クリームだ。そのまま注いでくれた。


「横山君、右手と左手で喧嘩する?」


「まさか」


 なるほど、そういう感覚なのか。


「美味しそうに飲むね」


 実際美味い。


「美味いものは、人を幸せにする」


「幸せねぇ」


「二倍食べれてお得だな」


「確かに」


 受け答えは普通だよな。これがいきなり豹変するのか?

 荒事は苦手だって聞いてるし、対処はできるつもりだ、自傷行為とかは拘束リングが起動する仕組みになっている。

 起動した拘束リングは、中でジャイロが回転し、動きが阻害され、確保し易くなる算段だ。

 勿論、ちゃんとはまっていればの話だ。


「ソバの産地、割と近くにも有るんだね」


 俺の後ろからパネルを覗き込んでいる。

 頬からサワグチの体温が空気越しに浸透し、息遣いが聞こえる。少し荒く感じた。

 気付かない振りをして、話を続ける。


「でも、これは日光だ。今はショゴスの産地なんだろ?」


 目の前で腕を組んでいる方が俺をじっと見ている。


「食べたいな。例幣使蕎麦」


 後で、カメラ借りて遠隔で探査してみるか。


「期待しないで待っててくれ」


「楽しみ」


「俺も食いたいからな」


 ゴトリ。と目の前のサワグチが手首の拘束リングを外してテーブルに置く。

 嫌な予感はしてた。

 深呼吸。

 元々、仕組まれていたのか。


「ちょっと見せて?」


 サワグチが俺の肩に手を置き、もう片手でパネルをそっと取り上げた。

 これは、サワグチの独断だろうか?

 拘束リングを外した時点で通知が飛ぶ筈だが、外部のリアクションは感じられない。

 ファージの無い場所で、アトムスーツも無いのは、心細いな。

 ノーガードで弱点さらけ出してる気分だ。

 二ノ宮ぐるみで俺をサワグチの生贄にして、またサワグチに復帰してもらおうという魂胆か?

 心が壊れてるくさい双子モデルサワグチと、気性の荒い厨二病のおっさん。

 どちらも甲乙付けがたい。

 サワグチにとって俺が邪魔で、自分の目の前で始末する環境を整えたとも考えられる。

 自分しかいなければ、自分だけ必要とされる。

 サワグチには実績がある。頭の回転も、ネットスキルも俺と段違だ。

 つつみちゃんもスミレさんも、俺とサワグチだったら、積み上げてきた歴史が違うので、迷わないだろう。

 誰からも必要とされないのなら、俺はここで死ぬべきなのか。

 サワグチの顔を見る。

 少し口元にクセがあるが、整形の痕跡が無い綺麗な顔だ。

 昔見た、カラスが沢山出てくる屋敷モノのホラー洋画のヒロインに少し似ている。


 ここで俺がサワグチと殺し合ったとして、サワグチが生き残れるだろうか?

 俺が知らない手段で、殺されるのか?

 死が目の前に突然現れて、動悸が止まらない。

 無力化したいのなら、俺が寝てるときに抑えれば手間が無い。

 この状況を作る意味は何だ?

 俺を苦しませたいのだろうか?だとしたらリスキー過ぎる。

 俺がどの程度動けるのかは、スミレさんは把握している。ファージが空気中に存在しなくとも、サワグチ程度なら全く問題無い。

 今ここで、後ろからナイフで首を掻かれてもなんとかする自信はある。

 そうなっても大丈夫だと見越して、この状況を作ったのだろうか。

 サワグチにとってリスキーなのは、今ここにいるどちらかが本人だとしたらの話だ。

 もし、ここにいる二人がコピーなら、痛くも痒くもない。

 コピーに、死にたくないとか、痛いのは嫌だとかいう感覚はあるのだろうか?

 俺がこいつらを制圧したとして、封鎖されて空調からガス入れられて、気付いたら拷問部屋とかは勘弁してほしい。

 俺を同じ目に合わせて、サワグチを満足させたいのか?

 アトムスーツ着てこなかったのはやはり痛いな。

 元々、データセンター内にいる限り、袋のネズミだ。ここから逃げ出すのは至難の業だ。

 一生拷問され苦しみながら生きるくらいなら、ここで頭かち割って自殺した方が楽だろう。

 組織修復剤や蘇生手術を上回る重傷は難しそうだ。


 地下の鍾乳平原を登ってきた時の事を思い出す。

 あの時は分かりやすい二択だった。

 今回、俺が暴れることを想定しているなら、ファージ対策も、電子的な防衛もばっちり準備してある筈だ。

 俺が入手できる場所にファージがある可能性も低い。

 もしファージ保管施設までたどり着けたとして、その後地上に出て、大宮から逃げ出せるか?無理だな。

 ここの社員は兎も角、傭兵たちがチーム組んで本気で来たらどうにもならない。星の数ほど制圧手段持ってる相手が束になって来たら打つ手なしだ。


 ここまで考えて、結果。


 投げる事にした。


 一応、まだ死にたくない。

 何かヤってきたら、反撃する。

 総出で来たら、ギリまで足掻く。

 無理だと悟ったら、しっかり死ぬ。

 シンプルだ。


 話を続けよう。


「何が好きなんだ?」


 前に座っているサワグチは腕と脚を組んで、背もたれに身体を預ける。


「いっぱいあるよ」


 目を瞑り少し黙考している。

 後ろで、重いものが二つ、芝生に落ちる音がした。


「エビチリ、麻婆豆腐、白身フライのクリーム煮、豚骨ラーメン、ああ。この間スミレが作ってくれた酢豚美味しかったなぁ。表面カリカリの豚が絶品だった」


「良いな。俺も喰いたかった。中華が多いな」


「そういやそうかな。でも、全部日本でアレンジされた中国風の料理だよ」


 豚骨ラーメンが日本料理なのは知っている。

 ソフィアを思い出して少し笑った。


「何?」


「ソフィア知ってるか?」


「フィフィ?どしたの?」


 サワグチもフィフィって言うのか。仲が良いのかな。

 脚が炭になってまで踊ってたもんな。


「美味いものは、自分への供給が減るから世界に広めたくないって」


 俺の顔が面白かったのか、ソフィアの意地汚い考えがツボに入ったのか、両方のサワグチがバカ受けして呼吸困難になっている。


 自分のカップの紅茶を飲もうとして、入ってなかったらしいので。


「大丈夫か?こっち飲むか?」


 と俺のカップを差しだしたら、また笑いだして、お腹を押さえている。

 結局、笑い疲れてから俺の飲みかけを二人で分け合って飲んでいた。

 二人とも俺の前に来たのだが、全く同じ声が別の発生源から聞こえると、違和感が半端ない。脳が混乱する。


「供給量は有限だからね。今も昔も、裕福な所に資源は優先される」


 笑い過ぎて、少し泣きそうな声になっていた。


「今も昔も、変わらないな」


「「そうだね」」


 いきなりハモるとビビる。


「あの頃、眠る前にサンマの炭火焼きが食べたかったなぁ」


 秋刀魚か。焼きたて美味いよな。


「秋刀魚も今は喰えないのか?」


「魚介類も有るっちゃあるけど、海産物は希少価値高いものが多いね。加工品なら出まわってるけど、海運はまだまだ輸送量がね。この辺りでは天然は偽物が多い」


 確かに、海産物の養殖は地下だと難しそうだな。

 北関東ビオトープでは全く見かけなかった。

 海に近いとまた違うのだろうか。


「俺の頃は、旬には一尾三百円くらいでまだ買えたな」


「ホントに?!あたしの頃は一尾千五百円だったよ!」


「秋刀魚が?ぼったくり過ぎだろ」


「いやいやホントだって」


「美味いけど、虫が多いのがなぁ。当時も腹に穴が開いてるとあんま食べたいとは思わなかったな」


 二人して眉を寄せる。同じ動きで笑ってしまった。


「あの頃の菜食主義者は、肉屋の前で営業妨害するのが権利だと思ってたね」


 まぁ、待て。


「俺は肉も魚も大好きだが、好き嫌いを押し付ける気も無いし、押し付けてくる奴は大嫌いだ」


「気が合うね。良かった」


 サワグチたちは、今日初めて、優しそうな表情になった。

 そういや、今ってどうなんだ?


「今は、菜食主義者いるのかな?」


「いるね。細分化されてる」


 生きてたら、後で調べてみよう。


 

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