第56話 大綱待ち

 ナチュラリストのやり口はお粗末なモノだという認識だった。

 後手に回ってしまって、危うく虫の餌になりかけた。


 今回の事を踏まえ、奴らの手口について本格的に学びたい。

 奴らは手から火を出す手品師程度では無かった。

 車両の破壊や襲撃と虫は別で、奴らは混乱に乗じて害する機会を窺っていたという事だ。

 完全にターゲッティングされているだろ。

 自己主張が強く、尊大な奴が多いという認識だったが、そっち系の組織から犯行声明は出ていなかった。

 九龍城周辺も厳しい監視網がしかれていたが、あの襲撃の前も後も沈黙を続けている。

 いつ何をやってくるか分からないというのは非常に不味い。

 あれ以降、危なくて大宮の駐車場には行っていない。サルベージは二ノ宮本社でやっている。

 監禁生活に逆戻りだ。成長が無い。笑える。

 このデータセンターでの生活は監禁とは言い難いか。

 熊谷の時みたいに好き放題改装は出来ないが、割と自由にさせてもらっている。

 今日の仕事はもう終わって、夕暮れのオフィススペースでコーヒーブレイク中だ。ビル壁面を埋め尽くす巨大な窓は東を向いているのに何で立体駐車場の骨組みの向こう側に西日が見える設定なのか、これスミレさんの趣味なのか?


「地下の汚水処理場に畑を見付けたって。画像来たけど見る?」


「全力で断る。つつみちゃん見たの?」


「まさか!餌はゴキブリだったんだって。うぇぇ!」


 鼻に皺を寄せて舌を出したのがちょっとイヤラシかったのだが、黙っておく。


「悲劇だな」


 耳がひくひくしている。器用だ。


「どこが?」


「ゴキブリは泳ぐのが上手い。昔、トイレの便器から」


「あーあー!聞こえない!」


 まだ面白くなるところまで話してないのに。


「僕知ってるぜ?ケツから入って大腸に卵産むんだろう?」


 ノリユキはいつも下品だ。


「馬鹿な事言ってないで、アッシーの役目を果たせ」


 今日は、調整役に金属袋に出張ってもらった。

 金属袋は勘が良い。今回のサーチ範囲が得意分野だった事もあるのだろうが、独特の感性で、膨大なアドレスの羅列からピンポイントでナビゲートをしていく。見るとなんとなく分かるらしいが、コツとかあるのか?俺もその才能が欲しい。お陰様でかなりスマートに仕事が済んだ。

 ノリユキは運転手だ。

 俺も帰る家が欲しい。

 つつみちゃんは気を使ってか、本社の前のホテルに宿泊してくれている。


「メタルザック、後で何か旨いもの奢るよ」


 依頼料は渡してあるのだが、礼はしておきたい。


「うぃー。じゃあの」


 駄犬の耳を引っ張って帰って行った。

 つつみちゃんと二人してコーヒーを啜りながら機材をシャットダウンしていく。市役所の役人と本社のスタッフはもう全員帰ってしまった。

 部屋の中をオフラインにする。念の為カメラも切った。

 つつみちゃんが察した。


「んで。どうしたの?」


 片付けは済んだのだが、少し話したかったんだ。

 あれ、もしかして、今の俺の行動、不審者そのものじゃないか?

 いや、やましい気持ちは、十五ミリくらいしかない。

 こんな所でアレしてソレしたら、バレバレだし!

 バレても別に良いんだけど、つつみちゃんだってこんな何の病気持ってるか分からない遺物のおっさんに迫られたらキモいだろう。


「ナチュラリストの対処法が知りたい」


 遠方から口元撮られたら嫌なので、カップで隠しておく。

 つつみちゃんは窓を背にしているので、逆光で良く見えないが、苦笑いしている気がする。

 巨乳だから横乳のラインが少し透けていて、ボディライン良いよなぁ・・・。じゃなくて!


「ぺちゃくちゃやってる事解説しながら手とか自分の付近から光りながら火の玉出すだけの奴らだと思ってた。ああいう絡め手を遠隔でやられると、死ぬしかない」


 つつみちゃんは、言うかどうか少し悩んでいるみたいだ。

 腕を組んで、首を捻っている。

 一方的に表情が丸見えなのが恥ずかしくて、隣に並ぶ。

 夕日に照らされたハーフエルフの横顔は非の打ち所がない完成度で、陶器で出来たマネキンに見える。

 俺は、人と話すときに、マジマジと顔を見る事が少なかった。

 視線は効果的に使えと、三つ目の会社に入社当時、上司に教えられ、持ち前のシャイな性格もあり、必要な時に視線を使う事が多かった。

 意思を示すとき、表情を知りたいとき、誤魔化したいとき。

 日本は文化的に、ただ見つめるのは無遠慮扱いされるし、おっさんが女の子見つめてると犯罪者扱いされる風土なのも一因だよな。

 今、つつみちゃんは、無遠慮に見つめる俺を、笑うでもなく、不快に思うでもなく。無遠慮に見つめ返してくる。

 誰かとこんな関係になるとは、思わなかった。

 他人と距離を置く事に安心感を感じる生活を送っていた俺が、いざ一人で放り出されてみれば、寂しくて死にそうになっていた。現金なものだ。

 つつみちゃんがいたから俺は生きていたんだと思う。

 俺と違い、この世界で生まれ、この世界で生きてきたつつみちゃんは、俺とは全く違う思考回路と倫理観を持っているはずだ。

 二百六十年の世代差は、とてつもないジェネレーションギャップだ。

 この環境をつつみちゃんはどう考えているのだろう。

 俺の世話を任されて色々面倒を見てくれている。サワグチが戻った後も、基本、役割は代わっていない。

 以前、つつみちゃんの親代わりのエルフに、昔の倫理観でつつみちゃんを危険にさらすのは許さない的な事を言われたが、その通りだとは思う。

 俺が今この世の中で”だれだれちゃんが可哀そうだからなんとかしよう”と騒いでも、クジラが可哀そうと言って、カンガルーの子供の頭を石に叩きつける奴らと同列視されるだけだ。

 その点、サワグチはよくやったと思う。昔から、人権活動家は異端視される事が多かった。権利を主張する保護対象以外の人権を軽んじるのが主な原因だが。

 力を持っているから、周りも付ていったんだろう。共感してなのか、利益目的なのか。

 どちらでも同じか。成し遂げたことが重要なんだ。


「まず始めに、あれはエルフの魔法じゃないと思う」


 それは、俺も初め考えた。

 でも、他の勢力があんな手の込んだ、しかも効果が期待できるか微妙な絡め手を使うだろうか?虫に集られて喰われながら呼吸困難とか心肺停止で死ぬとか、いかにもナチュラリストが好きそうな殺し方だ。

 尖った性能の虫を秘密裏に育成し、フェロモンを撒き、後は放置。

 無力化できたら次の段階があったのかは不明だ。

 最悪、俺らがシェルターに逃げ込んでから爆撃すれば、被害は大きかっただろうが解決できた事態だ。ああ、でも、市庁舎への地下通路にもいたんだっけ?ならやっぱシェルター避難は駄目か。

 傭兵たちは昔、酷い目にあったらしいから、それなりの効果は期待してたのかもしれない。

 図書館跡に逃げ込まれた後、確保できると踏んでいたのかな。


「フェロモンだの虫だの確保出来る奴らが大宮近辺にいるって事?」


「その線で調べてもらってる。ああ。よこやまクンは調べないでね。回線に張られてるから」


 二ノ宮に?大宮に?誰が見張っているんだろう。

 スミレさんは俺と共闘するって事で良いんだよな?


「いずれにしても、絡め手で来られた時の対処法は考えておきたい」


「大宮のよこやまクンの護衛チームが大綱見直してる。不便だけど、今の環境で身分詐称通知取っても旨味が薄いから自由に動くのはもうちょっと待ってね」


 俺自身は黙って守られてろって事か。

 次の襲撃で、またその次の襲撃で、口開けて脳死状態で守られてて、生き残れるとか甘い考えではいたくない。

 ろくでもない死に方をしそうだ。

 時々、ニュースになる凄惨な死に方が頭の中をグルグルする。

 自殺もできない環境で、サワグチみたいな目に遭ったら、心が擦り切れるまでもなく、狂い死んでしまう。苦しみながら生きていく未来はもっと嫌だ。

 嫌だ。

 絶対に避けたい。


「ナチュラリストは、調べられるのを極端に嫌うの」


 特定されて殺されるんだっけ?


「以前聞いたな」


「だから、今回の件みたいな状況の時の対処に関して対応策を考えておくのは良いんだけど。ナチュラリスト用の対策って限定すると」


 ああ。


「奴らのキルリストで順位が上がるって事?」


「うん」


「どうせ俺はもう、殺害対象に入ってるんだろ?」


「いつかやられるのと、最優先でやられるのだと全然違うよ。あいつらを全員何とかするのは無理だよ」


 そこまで極端な事は考えてない、クソ野郎だから全員殺しておこうなんて、自分の保身を押し付ける気も無い。


「本州の日光より北は、全部ナチュラリストの勢力圏だって言われてる。核でも落として地形変える?一度本気で狙われたらそこまでしないと、安全確保できないよ?」


「まだ、そこまで不味い状況じゃ無いって事?」


 なんとなく理解はした。

 でも、恐怖が減った訳ではない。


「まだ、全然。仕掛けた人特定して、対策すれば良いだけ」


 さっきの話に戻る訳か。

 護衛大綱が粗方決まったら、俺にも対策を伝授してくれるのだろう。


「おっけ。分かった。ありがとう」


 コーヒーの残りを一気に流し込み、口を隠していたカップを置く。


「コーヒー冷えちゃったね」


 薄明の中、瞳孔の開いたつつみちゃんの眼は吸い込まれそうな真黒だった。

 ずっと見ていそうになって、目を逸らす。


「行こう。腹減った」

 

 アイスコーヒーは好きだが、冷えたホットコーヒーはめっちゃ不味いので苦手だ。香りが飛んでしまって、味もぼやけて泥水啜ってる気分だ。


「そうそう。よく食べないと。大きくなれないよ?」


 二次成長期くるのかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る