第55話 虫

 大宮市庁舎は、今、襲撃を受けている。

 ルーチンワークで駐車場に停車していたのが裏目に出た。

 犯行声明は開始後三十五の組織から出て、これもう訳わかんねぇな。

 傭兵たちが何人か片付けたが、襲撃側の装備品が大宮支給の物なのがまた憎たらしい。

 大宮と二ノ宮を分断させたい意図が伺える。

 とりあえず、大宮には手出し無用を伝えてから、自衛のみに徹してもらっている。

 車両は破壊されてしまったので、隣の図書館跡資料館に退避している、包囲されていて追い込まれた感が否めない。かなり早めに避難したので、奇跡的に人的損害はまだ無い。この資料館は、大宮市がまだ大宮区だった頃、紙の本文化が下火になると共に資料館として改修されていた物が二度目の空爆で崩壊、つい数十年前まで必要性皆無の為手つかずだったのが、前大宮市長が体裁が悪いので公園にしようと予算を付けたところ、二ノ宮が全額出資して資料館にしたそうだ。

 因みに、俺達がここに逃げ込んだのには勿論理由がある。

 設計は二ノ宮が担当し、公式設計図に無い設備が沢山埋設してある。ここは簡易シェルターとして活用が可能な施設だ。


 殺しに来たのではなく、攫いに来たのだろうが、ファージ対策が甘かった様で、俺が全開で仕掛けているクラッキングで連携が取れなくなっている、なので嫌がらせ程度でまだ突入はしてこない。アトムスーツクラスの防塵性能でないとファージの侵入は防げない。

 ファージに接触してれば、大抵は俺が無力化できる。

 つつみちゃんたちがいるので、傭兵らと突貫したり無茶は出来ない。


 大宮は、識別済ませたら掃討に入るそうだが、万が一に備えて合流は避けると通知が来た。

 怪しい動きをする者にはハッキングをかけて良いと許可が出ている。

 今ここには、傭兵が三人、二ノ宮の社員が八人、社員の内五人は荒事があまり得意ではないので、実質六人に俺とつつみちゃんで二ノ宮からの応援が来るまで耐えなければならない。

 本社は距離一キロも無い目と鼻の先なので、来られなくはないのだが、今地下の入口を開けると空爆された場合地下のデータセンターにダメージがいく可能性があるとかで、大がかりな装甲車両が出せないでいる。

 しょっぱい車両で救助に来ても棺桶になるだけなので、周囲の掃討から始めるそうだ。

 狙撃ポイントの全確保にはまだしばらく時間がかかるな、悠長に待ってる筈もないから、絶対何かしらヤってくる。


「失敗して撤退するのかな?今周囲捜索済んだけど、引いてるっぽいよ?」


 ベースをパチパチ鳴らしているつつみちゃんと情報共有した傭兵の一人が鼻を鳴らした。


「ふん。ファーストアタックでボウズを無力化出来なかった時点で、襲撃として赤点だからな。練度が低い奴らだ」


「ヤケクソで砲撃されたりとか無いか?」


「ないない。一応位置特定防ぐ為ジャマ―かけてる。ファージも頼むわ」


「わたしがかけてる。ダミーも奥の部屋に置いてある」


「流石姉御」


「ファージガードしてあるカメラが結構飛んでんな。ちと落としてくるわ」


「一人つれてけ」


「よし、数が多いから二手に分かれるぞ」


「あなたたち、そういうのいいから」


 つつみちゃんがイラッとして突っ込みをいれると、二ノ宮の社員が噴き出した。緊張でガチガチだったが、少しは気が楽になったみたいだ。





「ん?ふわぁああああっ!?」


 外をテックスフィアで警戒していたつつみちゃんが悲鳴を上げた後気を失った。何かされた形跡は無い。

 直後、カメラの破壊に行った傭兵二人が急いで戻ってきた。


「やべぇ。虫だ」


 虫?

 それで包囲網が広がったのか?


「どんな虫だ?」


 外のカメラでコントロール下にあるものにはまだ映っていない。


「なんだっけ、ムカデとダンゴムシ足したような奴」


 ヤスデか?逃げるほどか?確かに触ると臭いけど。

 もしフナムシの大群だったら俺でも逃げる。

 あの速さとキモさは生理的に我慢できない。

 つつみちゃんが気絶するのも分かる気がする。

 お。見つけた。


「あれか」


 ゲジゲジか!しかも少しデカくて黒い、足も長い。日本のゲジゲジじゃなくね?!道路沿い付近のU字坑から大量に這い出てきている。動きはフナムシほどは速くないが、あれだけ数がいると・・・、益虫なのは知っているが、全身鳥肌。

 近くにテックスフィアが転がっているのが見える、つつみちゃんアップであれ見たな。そりゃ、気絶するわ。

 傭兵はどこのを見たんだ?


「おい、おっさん。どこから来てる?」


「ヤツらのにおいを嗅いだだけだ。モノは見てねぇ、すぐドア閉めて目貼りしてきた、他もしねぇと」


 おっさん二人の顔が青い、珍しいな。


「どうすればいいんだ?」


 対処の仕方知ってそうだな。


「殺虫剤か、凍らせるしか無ぇな。潰したり焼いたりするとガスが出る。神経毒だ」


 なんだそれ、面倒くせぇ。


「俺らを餌だと思ってるんだ、別に痛くないが何度も噛みつかれると動けなくなってくるから、噛まれるくらいなら潰した方がいいな」


 鼻を突く独特の刺激臭がしてきた。

 急いでアトムスーツを脱ぐ。


「おい。何してんだ」


「つつみちゃんに着せてメット被せる」


「馬っ鹿おまえ。そんな暇あったらナチュラリスト探せ。近くでコントロールしてる」


 なんだ。そういう事か。


「そういう事は早く言えよ」


 資料館の上空から風を吹き下ろさせているがそよ風程度だ、どうせダクトからも入ってくるだろうし、ガスが防げるとは思えない。とりあえずコントロールしてる奴だな。


「知ってる事教えてくれ」


 傭兵から話を聞きながらサーチを始める。データはレコードには存在しない。ゲジゲジどもを動かしているファージも、指令を出してそうな回線も、無い。仕組みが全く分からない。周辺のファージを遮断しても全く動きが止まらない。

 つつみちゃんを起すか。肩をゆすったり、頬を軽く叩いたりし始める。

 ・・・起きないな。胸でも触ったろうか。

 事務室に社員を引き連れて駆け込んでいったおっさんが布だの紙だのテープだの持ってきて、目張りしだした。

 虫に囲まれる前に完全密閉は間に合わないだろう。

 その前に探さないと。


 こういう事態は想定してなかった。現状報告は社員と傭兵がしているだろうが。どうしたものか。


「地下のシェルターに避難しないのか?」


「ガスは防げるだろうが、虫は防げねぇな。完全密閉でなく、空調は開いてる普通の核シェルターだ。閉鎖空間で逃げ場無く囲まれたら、考えたくねぇな」


 それは、確かに嫌だ。

 ここから走って逃げだして、鴨撃ちされるのも嫌だけど。


「それに、地下は市庁舎と繋がってる。クソ共が待ち構えてたら笑える」


「それは大丈夫。もう通れない。直通路は虫で一杯だから」


 つつみちゃんが気が付いた。顔が真っ青だ。


「よこやまクン。虫はフェロモンで動いてる。多分、車か駐車スペースに散布された。ファージ誘導じゃないよ」


「どうすればいい?」


「臭いを消すだけで見失う。雨でも降れば良いんだけど」


 急いでサーチをかける。昆虫系のフェロモンの化学式で似た系統のモノを全て対象にする。ヒットする物は全て可視化した。

 確かに、散布されてる!手や足に付着、肩や頭に積もっている。口の周りにも付いているので吸い込んでいるな。

 どういう系のフェロモンか分からないが、噛まれるって事は穏やかな効果のフェロモンでは無いだろう。

 こんな時こそファージは役に立つ。

 組成を指定して、除去。空気中に纏めていく。


「見つけたんで取り除くわ。皆、少し息止めて」


「ガスマスクは持ってきてあるぞ」


 おっさんが足元の段ボールを蹴る。

 ぐっじょぶ。


 除去はあっという間に終わった。床など、付近に付着したものも可視化、除去していく。


「視覚共有する。フェロモンらしき物は可視化した。どこにしまう?」


「出来たの?!」


「早、ゴミゴミ!外のゴミ箱に放り込め!」


「窓開けるぞ!まとまってんのか?」


「見ての通り、駄目だったら範囲広げるだけだ」


 目貼り途中だった小窓を傭兵がガラッと開けたところにフェロモンの塊になった空気をぶち込む。

 建物の外壁はもう虫だらけで少し入ってきてしまったが、選択した物質がヒットしたらしく、襲ってはこない。

 社員もつつみちゃんも逃げ回っている。

 入ってきたゲジ共は、棚の隙間に消えていった。


 一番近いダストシュートは市庁舎裏口の壁面に設置されている。

 急いで遠隔操作で開放して、放り込むと、虫の絨毯がなだれ込んでいく。

 一瞬、地下で憤慨している山口係長の顔が思い浮かぶ。

 巡回しているミキサーで虫はほぼほぼフリカケ程度まで粉砕されるだろうが、地下の実験場でショゴスが大量死するかもしれない。

 心の中で謝っておく。

 

 

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