第54話 判明した事
意外なことに、今回の作戦の事後処理は幸手との司法取引で手打ちとなった。てっきり、幸手の悪行を暴いて、今までの儲けを踏んだくるのかと思ったが、サワグチに今後関わらない代わりに、過去の取得データに二ノ宮は関知しない。双方の被害も費用も”事故対応”で処理する。
細かく色々決めたらしいが、とりあえず。
無かったことにしよう。
で、済ませた。
当面の問題は、サワグチのメンタルかな。
いつ自殺してもおかしくない状態だ。
二十四時間体制でフルサポートが付くのだが、俺コンタクトとれるのか?
色々話したいことあるんだけど、あれ以降、コピー体とも話せていない。
あれから数日とたたず、時間限定で大宮市役所で俺のファージ接続によるデータサルベージ作業が始まった。
熊谷の時とタイムスケジュールはほぼ同じだが、予約順がだいぶ入れ替わったり消えたりしている。この間の熊谷の時の関連企業が国際通貨連合に提訴され、莫大な遅延損害金請求とともにファージ探索権が一時停止になったからだ。
勿論、国際通貨連合はハリボテ組織なので、民事で示談にて済ませるのだろうが、”声は大きいが情報に疎い”という奴らなどに向けての抑止力としては効果的に機能している。
いつの時代も、世事に疎いけど口は五月蝿い人間というのは多いらしい。
大宮市役所では、駐車場に特設車両を停車して、そこで仕事をする。
車を下りずにそのまま二ノ宮本社に帰る。
市役所の敷地内なのは公的に扱っているという建前作りで、テロや誘拐対策だそうだ。
二ノ宮本社が目と鼻の先なのに、テロなんてやるかなぁ?
九龍城の連中は、バカっぽいからやりそうだけど。
この間、幸手でアシストスーツ着たのはバレたのかな?
「いつまでもここでリョウ君が暮らしてると、風当たりが強いのよね」
珍しくスミレさんが愚痴っている。
俺はスミレさんとつつみちゃんと金属袋の四人でティーブレイク中だ。
最近、悪だくみする時はこの面子だ。
「俺は、ファージが許可されるなら、もう別にどこでも良いぞ」
あのサワグチ監禁に関わって旨い汁吸ってて、俺がやるサルベージの抽選にハブられた奴らへの違約金の額には肝が冷える。
面が割れたらあの額払わされるってなったら、大抵のやつはスリーパー誘拐に二の足を踏むだろう。
だが、一企業が面倒見る為とはいえ囲っていると風評も悪い。
別に、スミレさんは解決策を俺らに考えて欲しい訳では無いと思う。
誰だって、理不尽さに憤慨したい時はある。
スミレさんの愚痴なら二十四時間オールオッケーだ。
「自信満々だな。目立つのが目的なテロとか後の無い奴らは止まないぞ。ファージ濃度薄い場所で糜爛性ガスでも撒かれたらどうする」
「そーそー。んで、テロ子飼いの企業はどうせ暇さえあればワンチャン狙いで手を出してくるんだよ」
菓子を摘まみながらも、金属袋とつつみちゃんはP2P通信で楽譜を弄り合っている。厳重に暗号化されているし、勿論覗く気は無い。
新曲の発表も近いらしい。
そう。
今の俺は、ファージ接続を解禁されている。
ここ、二ノ宮本社の高いセキュリティがそれを可能にしている。
今は、アトムスーツを着ていない。因みに上下は、冴えないジャージだ。
外はまだ寒いが、この地下庭園は気温一八度、湿度五十五パーセントに固定されている。ストレスを与えないと植生に抵抗力が無くなるとかで、時々霧を巻かせたり、空っ風を吹かせたりして遊ぶそうだが、人がいる時は最適気温に固定する場合が多い。
ここの鯉は幸せ者だな。
俺も同じか。
今までが酷すぎた。
大怪我何度もしまくってさ。眠る前だったらもう十回は死んでる。
そろそろ楽に生きてもバチは当たらない。
「そうだ。再来月頭にもウーファーパイル撃ち込むかもだから、心に留めておいて」
なんだそれ?
「え?スミレさんそれどこに落ちるの?」
つつみちゃんが慌てて調べだした。
少し俺も調べてみたが、ウーファーパイルは、ショゴスの肉嵐災害対策で緊急時に使う投下型音響杭の事だ。
巨大な杭を衛星軌道から等間隔に何本か撃ち込んで、肉嵐の緊急防波堤として使うらしい。
てか、二ノ宮って衛星持ってるのか?
地下の奴らのあの感じだと、宇宙進出は相当先の筈だが・・・。
アカシック・レコードには二ノ宮のロケット発射に関するデータは無い。
気になるが、ここでこれ以上調べると足が付く。
二ノ宮本社に下の事がバレたら下で頑張ってる奴らにブチ切れられて殺されるからな。不可侵って建前で取引してんのかな?地上で資源確保できるのか?
でも、本社ですら下の技術は反映されてないしなぁ。
やめやめ。危険だ。
肉の波って、土嚢積んだ方が効果ありそうだけど。間に合わないのかな。あの燃えやすい動く肉の塊が所構わず降ってくるんだもんなぁ。流れだけせき止めても無理なんか。ライブハウスの上に住んでた時も、結構色んな所に詰まってたからな。
「一応、赤堀で止めるとは言ってるけど、今年は量が急に増加してるのよ。流し込める予定地とか含めて策定してる。エヌアール沿線の損害はなるべく防ぎたいのよね」
「でも、わたしらに出番が来ることは無いんでしょ?」
「割り当てがここになると、出番は多分ないわね。アーティスト激戦区だから大宮から出たいって人多いだろうし」
「そんなに人気イベントなのか?」
「効果的にファージ誘導できると、スキル高いって証明だからね。資格だけ持ってて名ばかりだって言われたりする事もあるし、名を上げたい人とかに人気なの。そもそも、大宮は防衛力高いから出番無いかもね」
スキルか。
俺も、そろそろ物理的影響に関してもっと積極的に学んでいこうかな。
ナチュラリストみたいな方向には行く気はしないが、大人数に囲まれたり、ガスや爆撃などで無力化されたりした時につつみちゃんくらい色々出来たら安心だ。
勿論、そういう状況を作らないのが一番なのだが、このまま平穏に残り一生を暮らせないのは過去のスリーパーが証明している。
今の所、一番有名で、一番活躍したのがサワグチヒマリなのだが、そのサワグチから、間接的に色々教えてもらった。
直接コミュニケーション取るのは禁止されているので、つつみちゃんを通してのオフライン文通みたいな超アナログなやりとりだ。
二人とも何を起こすか気が置けないのか。二ノ宮と役所から検閲も二重三重に入っているところを見るに、サワグチはプログラマーとしてもかなり優秀だ。
懸念は分かるので、別に嫌な気はしない。
それより、色々聞いて驚いたのは、サワグチが知っているだけでも、相当数のスリーパーが世界中で毎年起きていて、そのほとんどが数年以内に死ぬか脳缶になっている。
生体接続で深部まで潜れる者が起きるのは稀なので、技術革新はそうそう起きなかったが、サワグチや俺は、その数少ない一人だ。
冷凍睡眠に入った時代や、睡眠時に選ぶオプションで接続可能範囲は様々、当時の出資者が出す金額によっても変わってくるとの事だが、でも、それだとおかしい。
俺が深部までサーチできる理由にならない。
俺の親も親戚も、当時金持ちはいなかったし、兄弟も恋人もいなかった。
末期の友人に大金を出す奇特な友もいない。
第一、入院した記憶も治療をしていた記憶もない。
それについては、サワグチは事故で植物状態が一番可能性が高いと言った。
一時記憶がショックで欠落する事は普通にあるそうだ。
失われた記憶の完全回復方法は現代でも確立されてないし、サワグチ自身も知らなかった、医療センターにカルテは絶対存在するから、あの施設をくまなく探索すればなにかしらの手掛かりはある。アンチエイジングに関して理由はわからないが、複製の可能性は低いだろう、と言われた。当時の日本には法整備が整ってなかったそうだ。
現状、あそこに情報が残っているかどうかは半々だ。
自分が寝ていたポッドの位置はなんとなく覚えている。
ここからあそこに接続は不可能だったが、現地に出向いてローカルネットに繋げば治療記録やら保管記録は出てきたかもしれない。
でも、貝塚が出してきたあの画像データ。
あれが貝塚から出た時点で、既に俺の情報を示すモノは全て持ち去られていると見た方がいい。
不可侵だの、警備が効いてるだの、といった事も、金でどうとでもなるからな。
データサーチに拘らず、現地に直ぐ足を運んでれば違っただろうか?
自衛できない状態でフラフラ歩き回っても、殺し屋に殺されたり、誘拐されて脳缶がオチだったかな。
スミレさん含め、今俺の周りにいるひとたちも、ここまで力のある人たちだと知らなかったのも悔しい。やり様はあった。
覆水盆に・・・、だ。
俺の過去について以外なら、サワグチの技術力や思想についても分かってきた。
サワグチは元々プログラマーで、企業の基幹システム設計がメイン職種だ。
そりゃ引っ張りだこだった訳だ。皆眼の色を変える。
でも、保身に関してはズブの素人で、身辺の危機管理は人任せだったらしく、危機感もあまり無かったので、警護にはひと際気を使っていたらしい。
資金が潤ってくると持ち前の正義感で人種差別の根絶に力を入れ、それが元で、当時はビルダーバーグを始めとする既存財閥や既存組織にかなり嫌われた。行方不明になった時も、誰を信用して良いのかよく分かっておらず、いつ殺されても可笑しくない環境だったそうだ。
そういや、スミレさんから”その点リョウ君は神経質すぎるくらい危機管理に五月蝿いから、お姉さん安心して見てられるわ”とウインクを貰った。
これでも、散々やらかしてるのだが、サワグチと比べりゃそりゃな。
企業の基幹システムとか、危機管理一番大切なのに、その辺の心構えどーなってんだ?
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