第41話 母と子と本題の前置き

「本題に入ろうか」


 ちょっと待って。今の話でおなか一杯なんだけど。


「もう一杯頂いてもいいかな?」


 カプチーノも飲み切ってしまった。

 もっと飲みたい。切実にそう思う。


「横山君は、特撮ヒーローモノが好きなのかい?」


 エスプレッソに注がれる泡立ったミルクが良い音を立てている。


「俺が?」


 どこからそういう話が出てくるんだ?

 話がとび過ぎて、しかも流暢に名前呼ばれ過ぎて、自分の事だと気付かなかった。


「子供の頃少し視てた程度だ」


 俺のアトムスーツを見ている。


「これは、実用性を兼ねて。高性能だし着ているだけだ」


 コスプレ好きなヒーロー物大好きおっさんではない。


「そうか。・・・あたしは特撮ヒーローが大好きでね」


 それは。見かけによらないというか、なんというか。

 こんなエルフはファンタジーでも存在したことないから、知っているヒーローの数によってはギネスに登録できそうだ。


「今、ギネスってどうなってるんだ」


「管理者は居なくて、アカシック・レコードに統合されてる」


 つつみちゃんが教えてくれたが、あまり興味が無さそうだ。

 時代の流れを感じる。


「本題とどうつながるんだ?」


 顔合わせだけで、ここまで連れてこられる訳が無いしな。


「君が九龍城から生還した時、」


 身構えそうになった。努めて冷静に、口元まで運んだカップをそっと吹く。


「アシストスーツで暴れてただろう?昔のヒーローモノの悪役みたいな蛇腹の触腕で。崇拝者と対峙した時の手腕は見事だった」


 あの頭袋を腰にぶら下げたキモい奴か。

 思い出しただけで身震いする。

 あいつの日常生活を想像しただけで、バケツ一杯ゲロ吐く自信がある。


「よく知ってるな」


 別に、あの時はたいした動きはしていないが、そういう事にしておこう。

 ずっと、殺し屋無双だけど、証言したら不味いことになる。

 あいつと一緒にいた映像を役所側とこいつは共有しているのだろうか?

 つつみちゃんを見た。肩をすくめているが、問題ないのか。

 一般に映像は公開されてないし、あの時のカメラは全部殺し屋が持って行ったはずだ。

 殺し屋が捕まったという話も聞いていない。

 俺に隠れて殺し屋を捕まえるのも無理があるだろう。

 別に擁護してる訳ではないが、俺の立場も微妙になってくる。

 法が絶対の役所がだんまりってのも無いと思うから。こいつは独自ルートで情報を手に入れた事になる。

 ナチュラリストの知り合いか。九龍城に監視設備があるのか。


「映像を見て、是非にと思ってね。譲ってもらったんだ」


 入手経緯が大変気になるが、つつみちゃんが黙っているので不気味だ。

 一瞬つつみちゃんを疑ってしまい、テックスフィアに首ったけのベーシストをチラ見する。俺を裏切る?・・・ないわー。


 アシストスーツか。あれも、戻ってこないので危険だから捨てられたと思ってた。一般人にはあんな武装は特に日常生活に必要なモノでも無いし、どこに行ったか調べると怪しまれるから放置してたんだが、こんな所にあったのか。


「使いやすいだろ?」


 エルフは乾いた声で笑う。


「あれは、人が動かせる物じゃない。ファージ密度が濃すぎて精密制御できないんだよ」


「実用化したかったのか?」


「軍事目的のパワードスーツなら、もっと使いやすいのがいくらでもあるよ。あたしが着目したのは、異常なファージ密度と工学的構造から逸脱したフォルムだ。

何で地下にあんなものが存在したんだい?」


 確かに、不思議だろう。笑い話として大うけ間違いなしのネタだが、言うと問題になるんだよなあ。スミレさんは存在だけは話してあるから、公然の秘密として扱う事例だとは思うけど、特に誰からも口止めされてない。


「地下に関して、どの程度知ってて、どの程度聞いてる?」


「地球上を文明崩壊前の技術水準に戻そうとしてる組織があたしたちを見守ってるってスミレから聞いてる。まるで神だ。幸も不幸も不干渉、ただ与え続ける存在」


 地下の話を聞いてくる事自体、イレギュラーだ。不干渉でないとビオトープから供給を止められてしまうから。

 こいつに話した途端に、北関東ビオトープから供給停止しましたなんて事になったら大問題だ。


「俺はそれを話せる立場にはいない」


「他言はしないよ。悪用もしない」


 つまり独断と偏見において善用はする訳だ。だめだな。小話でもリスキー過ぎるし。

 こいつが穴でも掘り始めた日には、


「よこやまクン、別に大丈夫なんじゃないかな?」


 つつみちゃん、テックスフィアに目が眩んでんぞ。

 ああ。だから先にプレゼントしたのか?あこぎが過ぎるんじゃないかな。エルフさん。


 ここは敵地かも、という可能性が出てきた。顔には出さないけど。

 さて、俺はどうやって穏便にここから逃げ出せば良いんだ?

 美味いコーヒーを入れる奴が良い奴とは限らない。

 残虐なシリアルキラーだって猫を可愛がるからな。


「完全に怪しまれてしまったみたいだね」


「ルルは自己紹介端折るからいつも信用が無いんだよ」


「仕方ないだろ、自分の名前が嫌いなんだ」


「源氏名でいいじゃん」


 ルルさんね。水商売の源氏名みたいだな。


「自己紹介が遅れたね。あたしは日光領の舞原家に連なるルルルレン・フォン・舞原・シュミット・レルルルレンル・ルルラルロだ」


 顔が真っ赤だ。両手で顔を覆って俯いている。

 大丈夫、聞いてる俺も恥ずかしかった。

 つつみちゃんは、”よく頑張った”とエルフに親指を立てている。


「横山君は、ナチュラリストが誕生した経緯を知っているかい?」


「調べると殺されると聞いているので、全く関わっていない」


「そうだね。それが正解だ。彼らは情報の隠匿に異常な使命感を滾らせている。関わり合いになっても、百害あって一利なしだ。退治の仕方も道具も分かっているのだから、見つけ次第潰すゴキブリと同じ扱いで十分だ」


 自分の事なのに、随分素敵な扱いだな。


「あたしは別だぞ?確かにイニシエーションを受けたナチュラリストではあったが、今はフレキリシタンだし、彼らとの関りは一切断っている」


 基教徒なのか?ナチュラリストから改教?


「よこやまクン。フレキリシタンてのは、食人を止めたエルフの事だよ。市内にも亡命者が結構いるし、わたしの父親もそうだった。ルルは、母親代わりにわたしを育ててくれた人の一人だよ」


 つつみちゃん、ハーフエルフっぽかったが、本当にハーフエルフだったのか。そんな衝撃の過去が。


「生まれも過去も、あたしには変えられないが。君に害意を与えるつもりは無い」


 俺には断罪する権利も赦す義務も無い。

 肩を竦め、答えを返す。

 そうだ、ふと思い出した。


「俺が起きてた当時、プラセンタ療法とか言って、大陸に政府主導で作られた人間牧場のシンジケートが摘発された事が有った」


「現代なら兎も角、興味深いね。知らない歴史だ」


「数年毎に、ダイエットのトレンドは変わってたからな。一時期流行って、俺の母親は出所の分からないプラセンタを愛飲してて。ホルモン剤で促成栽培された胎児と胎盤をすり潰した物だと分かってから、一切医者に行かなくなった」


「又、極端な話だね」


「何でそんなモノ摂取してたの?」


 つつみちゃんはコーヒーを戻しそうになっている。


「健康は宗教だ。効果が有りそうな説得力だけで商売が成り立つ分野なんだ」


 エンガチョしないでくれ。

 なぜ椅子をずらす。俺は無関係だ。

 俺の顔色を伺って一通り満足したのか、つつみちゃんは満ち足りた顔でまた椅子を元の位置に戻す。傷付いた俺の心を癒すために、後でイロイロな形で支払ってもらおうと、心に固く誓った。

 

 ナチュラリストたちの所業や思想は個人的に容認できないが、今目の前のエルフを過去だけで否定するほど狭量ではないつもりだ。

 最も、俺ごときに否定されようが肯定されようが、この天才エルフは歯牙にもかけないだろう。

 顎の前で組んでいた拳を解き、片手で先を促す。


「話が逸れたな。とりあえず、俺は気にしないって事だ。話を続けてくれ」


 ナチュラリスト誕生の経緯は凄く気になる。

 エルフは目をしばたたかせている。


「よこやまクンかわいいでしょ」


 何でそうなる。そして何故自慢気なんだ。


「スリーパー以前に、興味深いな」


 否定しろよ。


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