第42話 ルルの立ち位置
「DNAデザイン最盛期に多種多様な人種が生まれ、現在も混種と淘汰が進行中なのは知っているかい?」
以前調べたことがある。
「知ってる」
「うん。当時は、肉体だけでなく、脳科学や神経工学の分野からも優れたデザインが研究され、エルフ体はトレンドの主流の一つだった」
人の想像力が貧困なのか、周知があるから有名に落ち着くのか、いずれにしても調べていて面白かった。
「文明崩壊して、DNAデザインが技術的に不可能になり、そこから何世代か経つと、選民思想が生まれてくるのは必然の流れだね。もし、文明が完全に崩壊していたら、地域ごとだけでなく、デザイン種別の格差も天文学的な事になり、エルフが支配する格差社会になっていただろうね」
悪夢だ。出来の悪いファンタジーみたいだ。
だが、それはあり得なかっただろう。
安全設計何百パーセントも見込んでいて”こんなこともあろうかとの権化”な地下市民は、地上がそこまで酷い事になったら流石に放って置かなかったんじゃないだろうか。
「現存するエルフ体はそのほとんどが、ずる賢く、残虐で、虚栄心と承認欲求に満ちた個体だ」
”性格の部分は教育というより、意図的にデザインされたのだとあたしは考えているけどね”と、エルフはため息をついた。
当然、性格もデザインされただろう。
自らの欲望を満たすために設計された性格というのも俺からしたら気味が悪いが、当時としては普通だったらしい。
シネマティックファージの出現と、二度目の文明崩壊により、ナチュラリストの思想が生まれていった訳か。食糧不足とかもあったのだろうか。
「ナチュラリストの根源的主柱は自然への回帰だ。科学技術を否定し、人は全て自然にかえるべきだと」
その結果が、あのメンテナンストンネルと同種で作る格差社会なら、お里が知れる。
「横山君がトンネルで会った彼らは、政争から蹴落とされた一族の成れの果てだ。東北を支配する五大氏族はレベルが違う」
不穏な話になってきたな。
「彼らは、自分たちは科学技術を享受しながら、敵対者には自然回帰を強要する。まぁ、そう呆れた顔しないでくれたまえ、あたしは違うんだから」
顔に出たか。
「すまない、そういうつもりはない」
「東北にナチュラリストの氏族がいるのは誰も確かめに行った事が無いから都市伝説の域を出ていないがね、近づいたり知ろうとした者は皆死ぬ」
現代日本において、赤城山の北は文明の手が届いていない。
ファージが濃すぎてショゴスも多く、近づけず調べられず、何が起きてるのか分からないってのもあるし、衛星通信網も有線通信網も崩壊してから、地上のネットインフラはファージが主流だが、ファージ通信網による東北とのコミュニケーションは全く無い。北海道の方がまだ開拓されている。
なので東北は、コミュニケーションが不可能な未開拓地と種別される。
そういや、地下では東北地方はどういう認識だったんだ?
地下の人はナチュラリストについて言葉を濁していたが、あの時はそっち方面で調べたことが無かった。
あの状況で、情報の取得も限られてたし、後の祭りか。
殺し屋は調べていたのだろうか?
「独自の文化であるイニシエーションはその起源には所説あるが、何が本当かはもう歴史の闇さ。保管してる氏族もいるかもしれないが、捏造と教育によってもう誰も手が付けられないレベルだ」
ファージネットワークに干渉できるんだっけ?
地下市民はファージにつながず独自に情報保管してそうだが、ここでそれを言う事も無い。
「アカシック・レコードの改変が出来るって本当なのか?」
あれは、人の意思とは無関係だ。消したいと思って消せるモノでも無い気がするのだが。
「その名前自体、分かりやすくする為に付けた概念に過ぎない。エルフがやっているのは、人類が通常触れるアプリケーション層を人力で弄るだけだ」
なんだそりゃ。人海戦術かよ。たいした事やってる訳じゃないんだな。
「ネットの辞書を勝手に書き換えてるくらいの程度か」
「辞書だけでなく、目につく情報全てを人力でやっているがね」
涙ぐましい努力だな。
「そう呆れたモノでもない。体系化された情報改変は教育レベルまで浸透してて、だからこそナチュラリストは祟り神扱いなんだ」
言いえて妙だな。
「氏族にも温度差があり。元々、舞原家は科学技術容認派だし、崇拝者の人権も認めていた。苛烈なカルト思想から一歩引いた立ち位置にいたんだ」
ルルちゃんの話になってきたな。
「そんな中、あたしの母は崇拝者とネンゴロになってね。二人で自由に生きるため、こっちの社会に組み込まれる事を希望したのさ」
愛ゆえの亡命か。
時々エルフらしき人が普通に暮らしてるのを見かけるのはその為か。
「言っておくが、遺伝的特徴で純粋なヒト種は今はほとんど残っていないからね」
覚悟はしていたが。
「外見は兎も角、遺伝子改変されていない可能性があるのは、インテリジェントデザイン流行前のスリーパーだけだ」
つまり、俺みたいな奴らか。
寂しい話だ。
さみしい。
孤独か。
「ちょっと。ルル!」
昔、そんな映画が流行った事があったな。
自分がその立ち位置にいて、共通認識も連帯感も皆無な星に立っていると思うと、何で自分は一緒に滅んでいなかったのか、と血迷った考えが思い浮かんだりする。
いやちょっと待て。
「因みに俺は、遺伝子改変されてるのかな」
「どうだろうね。生体接続者様だし。調べてみないと何とも言えないが、視たところ肉体もかなり弄られてるが、遺伝子レベルなのかは不明だ」
「確か、サン=ジェルマンとかも遺伝子改変されてなくて、DNAレベルでの一代のみだったな」
「ああね。あのクラスのスリーパーが遺伝したら世界はどうなっていたんだか」
人を作る設計図がDNAで、その遺伝情報の設計図が遺伝子だったか。
俺の体は、どの部分をどのレベルで改変されてるか調べても出てこなかったんだよなあ。
「調べてくれるのか?」
エルフはニヤリと嗤う。
「調べさせてくれるのかい?」
マスクの下で舌なめずりしてそうだ。
「答えはノーだ」
「あらざんねん」
「よこやまクンの事はもういいでしょ」
つつみちゃんは優しい子。
「まぁ、あたしもルルと同じような境遇だったの。ナチュラリストの亡命者はコミュニティを作ると集合罪とかスパイ防止法に当たる可能性があるから五月蝿いの」
なるほどね。
俺をその場に連れてくというのは、確かに役所やスミレさんにはあまり知られたくないな。
「スミレさんはわたしやルルを信じてくれてるけど」
義足エルフは鼻で笑っている。
そしてつつみちゃんに睨まれてる。
「でも立場上、ルルを容認してはくれないの」
この状況に合点がいった。
「相分かった」
二人は顔を見合わせている。
「かわいいでしょ」
「興味深いな」
お前ら仲良いな。
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