第38話 鎮魂歌
熊谷市役所監禁生活から八ヶ月が経とうとしている。もう大分寒くなってきた。
今年の終わりに隣の籠原ジャンクションがターミナル化して始発を分散させる。ファージ汚染が酷く計画は遅れているものの。再来年には、高崎を経由せずに伊勢崎へ直行する、熊谷ー伊勢崎ラインが開通予定だ。
熊谷ターミナルを中心にラウンドサークルが空中に二重に形成され、そのデカいドーナツを中心に積層型構造物が建設ラッシュを迎えている、足場と防塵ネットばかりで、遠くから見ると蜘蛛の巣に占領された街だ。
古タイヤで囲われてた市壁は、重爆撃にも耐えられる強靭性鉄筋コンクリートで作り直され、上から見ると綺麗な五芒星になっている。
抱える人口は俺が来る前の五倍に増えていて、まだまだ増えるそうだ。
熊谷に住居が足りず、周辺の駅も賑わっているらしい。
俺の方はというと、仕事の方は毎日のノルマこそ決まっているものの、三年先まで予約で埋まっている。
ただ、資金力やコネではなくイーブンに選んで欲しいと要望したので、難易度別に抽選でサルベージポイントを選ぶ事になった。これなら、つつみちゃんも参加し易くなり、且つ、恨まれずに済むだろう。一時期要望全く通らなくて病んでたからな。
身内びいきしたいギリギリのラインだ。
一番世話になってるし、カワイイは正義なんだよ。それが世の真理だ。
仕事の日は、毎日朝八時に抽選があり、ネットで配信される。ルーレットで七つが選ばれ、九時までにクライアントと調整、九時からサルベージが始まる。対象者や対象企業、機関には、営業が活発化する。サルベージ結果によって業績に進展が見込めるからだ。
人と金がゴリゴリ動き、文明が加速する。
己惚れてるわけではないが、ただゲーム好きなだけのクソ野郎が人類に貢献出来てる気がする。
地下の人たちの献身ぶりには負けるけどな。
熊谷市役所からターミナル前まで、市役所通りをぶち抜いてモールが作られた。何故か、俺の送迎でジルバ踊った車二台は路面店に突っ込んだまま現状保存されて記念碑になってしまったが、それ以外は頑丈に建て替えられて、その高さ三十メートル近くある天井には、更に三層建ての市役所から駅まで直通通路が作られた。通路の一階と二階には速度が違うオートウォークが三本ずつ設置され人と物を通すだけだが、一番上の三層は曲がりくねった遊歩道で、植物が生い茂るガラス張りのテラスになっている。
俺のお気に入り散歩ポイントだ。
そう。
熊谷の五芒星市壁内なら、行動自由許可が出た。
ファージ対策のテストプレイで十分な合格点をもぎ取れたし、身分詐称通知ももう特例で何百回も通していて、市役所の一部の人とか関係者以外は、俺が誰でどんな身分コードでどんな顔してどこに住んでいるか全く分からないだろう。
カメラにも、ファージ接続のモノなら、偽装されるよう組んである。
そこいらを歩いてると、時々ギョっとされるが、向うもこちらもあえてどうこうはしない、目立てば身バレして誰も得しないからだ。
一応、外出時には即ファージを遮断できるように地下製アトムスーツを着て、携帯ボンベと折り畳み式のヘルメットを背負っているが、ネット接続してた方が融通利くので今の所お世話になったことは無い。
毎日のようにスパイだの暗殺者だのがターミナル構内とゲートで検挙されるが、今のところ直接危害が加えられた事は無い。
熊谷は都市防衛をよく頑張ってくれている。
スナイピング防止の為に街頭カメラとフローターは熊谷市内のみでも設置数が一万を超えた。
警察官も百人増員され、傭兵たちから安定職に就けたと感謝の酒が送られてきた。酒貰ってもどうせお前らの為に開けるんだろ?
相乗効果で治安は急速に良くなり、熊谷から籠原までの一帯を掃討してしまって、宅地開発する案も出ているが、ファージが非常に溜まりやすい地域もある為、防衛コストが跳ね上がる。正直難しいだろうな。完全密閉してしまわないとファージ災害が多発しそうだし。
聴いたことある弾き癖の旋律が流れてきて、木陰のベンチを見たらつつみちゃんがアンプにもテックスフィアにも繋がずギターを鳴らしていた。
木々が結構吸音していた上、エレキなので弾く音しかしないから、近くに来るまで気付かなかった。
スラム演奏を多用してスペインのフラメンコチックだ。物悲しいけど身体が動きたくなってしまう。カツンカツンとギター以外の音がする。
近づいていったら、茂みの向こうでソフィアが踊っていた。やっぱフラメンコだ。掠れた声で小さく呟いているのは何語の歌詞だろうか、何を言っているか全く分からないが、スペイン語っぽい。
ソフィアはピッチリした白いブラウスにミニスカートで、少しヒールのあるローファーだった。大理石の飛び石の上でステップを細かく叩き、ギターと会話している。
ミニスカの上にファージで可視化したロングスカートを纏って、軽やかになびかせている。
近づいて挨拶でもと思ったが、二人の世界になってしまっていて近づくことをためらう。
ボロンとつつみちゃんがギターを鳴らし、ブルンとソフィアが踵を鳴らす。
二人とも無表情で、淡々と動いている。
隠れて聴いてよう。
少し道を戻り、噴水の手前にあるベンチで、向こうから見えない位置に腰掛けた。
ギリ聴こえるリズムをファージの流れを乱さないよう俺の周りだけ増幅していく。
向うに勘づかれないようにワザとらしくない程度に手繰ると、クリアに聴こえるようになった。
音の反射率を弄って目前から聴こえる設定にすると、目の前で演奏されて踊ってもらってる気分だ。
良い曲なのだが、聴いていると、切なさというか、遣り切れなさというか、もどかしさとも悔しさとも違う、不思議な感情が溢れてくる。
でも、悲しさの中に希望の光が見える。
くそっ、語彙力の低さが悲しい。
ソフィアの踊りは見えないが、聴いていていいのかという気持ちと、もっと浸っていたいという気持ちが同居している。
暫くリフレインしていたが、日が暮れて街灯が灯り始めると、ソフィアの踵の後に一拍手だろうか、それで終わった。
その後二人は、何をするでもなく無言でベンチに座っているみたいだ。
特にネットで会話している風でもないので、本当に座っているだけだ。
この曲に何か特別な意味でもあったのだろうか。
知りたかったが近づいて聞くのも野暮なので、役所は反対側なのだが、遠回りして下の連絡路から役所のホールに戻った。
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