第37話 模擬戦

 ひたすら練習しているのだが、精密な身体操作が出来ない。

 なので、目をつぶり、ワイヤーフレームで最小一ミリ幅のグリッドを作り、フレームだけ見て動く、その後見ないで勘で動く。と、反復をひたすらやっている。

 視覚は誤魔化しが酷い。勝手に補正してしまい、当たるべき所を想定して動かないとキレイに当たらない。誤魔化されずに動くなら、表示されるワイヤーフレームを多角的に見た方が精確だ。

 上から、横から、俯瞰で。の最低三方向。

 ゲームと違い、当たり判定がシビア過ぎる。

 動きたいところに、力を出来るだけ使わず、出来るだけ速く、指先を持っていく。


「意味あんのかそれ?」


 鉄棒でグルングルンしまくってた髭のおっさんが休憩中スポドリ片手に聞いてくる。


「さぁな。やるか?」


 お?お?と髭のおっさんはノリ気だ。


 実戦では、ヒットイコールダメージだ。相手が投擲物を持っていなくとも、近接戦では掴む前に致命傷になる事が多い。筋骨隆々な相手が刃物ブンブンしてたら素手で立ち向かうのは素人には超高難度だ。

 この世界は、生きている奴で銃器や刃物持っているのはプロばっかだ。ヤられる前にヤる。殺される前に戦意喪失させる。負ける前にこちらが勝てると思わせる。ハッタリもフェイントもだまし討ちも超重要だ。

 ノーダメで生き残った者が正義なんだ。

 ルールなど無いので、正々堂々、カッコ良く腹だの顔だの拳で殴りあう事はまず無い。実戦でドヤ顔しながら頬や腹を殴る暇が有ったら尊厳死をお勧めする。

 殺し合いなど見てても何の面白味も無いだろう。華もクソも無いからな。


「ナイフで良いか?」


 実戦どころか模擬戦も全くやっていなかったが、そろそろ半年も経つ。当てられるレベルになってきただろうか?目を瞑ってやってみるか。


「目は使って良いかな?」


「どうぞどうぞ」


 おっさんはグリップポイントの大型コンバットナイフを器用に八の字に回し、感覚を確かめている。

 おっさんをスキャン、可動域と当たり判定を範囲表示。勿論、持ち替えと伸縮も想定。足癖も悪いだろうけど、兵隊だから多分ほぼやってこないだろう。

 俺の目のバフ起動。これ使っておかないと即負ける。獲物は肉厚のダガータイプにした。

 この模擬戦用ナイフは柄の部分だけ実体で、ジャイロが仕込んであり、刃の重みが再現されている。刃の部分はネット接続で疑似表示され、当たり判定も反映してくれる。


「いいぞ」


「ああん?瞑ったままでいいのかぁ?」


「カメラで見てる」


「泣かすぞ」


 距離を詰め、胸の切り上げから首を狙ってくるが、殺し屋より遅いな。

 体幹移動が少ないので読みにくいが、まだこれなら挙動で回避ではなく動き見てから回避できる速さだ。三センチ後ろに下がりながら首を刺してくるナイフの手首を俺のナイフで撫でる。この強さで撫でれば筋一本くらい切れる筈だ。

 そのままベアハッグされそうになったので目にぶっ刺す。

 ミシリと俺の脇腹が鳴る。痛ってぇな。


「ぐえ」


 ダメだな、これは避けないと、タイマンでなかったら死んでる。


「ふん」


 おっさんは面白く無さ気だ。

 一応、判定上、負けはおっさん。

 いったん離れて仕切り直し。


 口笛を吹きながらギャラリーが少しできる。

 エレベーター前の見張りや八階の受付も来てしまって、お前ら仕事しろよ。おいそこ。カメラ中継所内に流すな!


「本気じゃねぇから」


 嘘つけ、負けず嫌いさんめ。思いっきり締めた癖に。


 二戦目は挙動でフェイント合戦になった。

 床への荷重から跳び込んで来る距離とタイミングはある程度分かるのだが、勿論分からないフリだ。クる軌道に刃を置いてみたりする。


「おいおいおいおい、日和ってんじゃねぇぞぉ?」


 ギャラリーの野次におっさんが反応する。


「っせー、黙ってろ!」


 チャンス。


 しゃべり終わる前にノーモーションからタックル気味に飛び込む。

 後ろに引きながら体勢低くナイフを振ってくるが想定内。

 更に低く入り込み重心が載ってる方の膝裏カット!

 そのまま玉刺しーの、股を肩に担ぎーの担ぎ上げ前に押す。

 体重は二倍近いが、おっさんの重心は後ろに崩れてたのでそのまま上手く倒れてくれた。流石に重いな。キレイに投げ飛ばせない。肩がミシリと鳴った。


「背中刺したぞ!」


 おっさんが倒れたまま吠える。


「かすり判定だるおお?」


「やーいタマ無し野郎」


 ギャラリーがブーブー煽る。止めろよ。かわいそうだろ。

 俺も煽ろう。


「やれやれ」


 肩をすくめてみた。


 おっさんの目の色が変わる。

 あ。腕の神経起動したな。これで速さも反応も桁違いなはずだ。


「もう負けねえ」


「残機いくつでちゅかぁ?」


「仕事先でそれ言えるの?」


「ここがそうなんだが」


 ギャラリーの皆さん。もう煽らなくていい。

 ドーピングから逆算されるおっさんの射程範囲がぐにょりと広がる。

 完全に俺の全身が範囲内でどこをいつヒットされてもおかしくない。

 勿論、クリティカルされないようなポジショニングを細かく行う。

 この状況、後の先で獲れるほど己惚れてはいない。

 そうだよな。近接だと皆このレベルだよな。

 殺し屋はこのスピードで動いてたのだろうか。

 今のおっさんから見たら俺はいつでも料理できるレベルなのか?


 おっさんの力が抜けて、フェイント挙動が細かくなった。大振りのフェイントが無いのでこちらも丁寧に対処していく。

 相手への対応だけでは面白くないので、こちらも最小限の挙動でフェイントをかましていく。


 足に投げる振り、半歩下がられる。

 飛び込んで首刺す振り、腕を盾にカウンター狙われる。

 内腿切る振り、足をチェンジされて逆手持ちで刺す準備をされる。

 目を狙う振り、ヘッドスリップから首を狙う準備をされる。

 耳の穴刺す振りからの逆から指で耳狙い、それより早く顎に刺す準備。

 また出してくる手首狙う振り、逆に肘窩を切る準備。

 耳狙いとみせかけて金的狙うぞ、あ、そう来たら叩き潰すんですね凄い。


 くっそ、対応早いな。

 別に、止めをさす必要は無い。動けなくして逃げれば俺の負けではないからだ。殺して経験値と金と装備が出てくるゲームとは違う。

 このおっさんクラスが二人いたら、俺は即死だな。

 ファージが無ければ、俺はまだ、雑魚オブ雑魚だ。

 初手。

 やはり無挙動からの突きが来た。シンプルイズベストだよなぁ。首狙いだがクソ速い。避けられるか?!無理だな。






「おぃ~っ!」


 おっさんが大の字に寝っ転がって憤慨している。

 ギャラリーも大盛り上がりだ。


「あれ対応とかないわー」


「正直首が飛ぶかなとは思った」


 リアルだったらリスキー過ぎてできるか分かんねぇな。

 ギャラリーが感想戦を始めている。


「最後分かんねぇよ」


「俺も」


「ああ、ここからな」


 俺とおっさんの動きがスローモションで三方向から再現された画像が、臨時で広げられたプロジェクターに投影される。


「ああ。刃を立てて親指切りにいったんか」


 刺す時に握り以外はガチガチに力は入れてない筈なので、弾いて狙いをずらしつつ、いや、力が足りず弾けなくてそのまま刃の上滑ったが、そのまま親指に切り込んでいった。引く手に合わせて踏み込んで、おっさんも刺しに行った手を引きながら二振り目で後ろから俺の首刺そうとしたが、親指取れてる判定だったので肩甲骨掠っただけ。

 俺はそのまま飛び込みながら喉から横に首切って前転で退避、即向き直りながら距離を取る。

 目のバフが無ければ無理だった。


「なんでずっと目を瞑ってんだ?わけわかんね」


「カメラ起動だろ、そっちのが反応遅れる筈なんだが」


「俺の知ってるスリーパーと違う」


「ここの読み合い良いわあ。あえて一つ気付かないフリして同じ動き二回目でカマ掛け合ってる」


 よく気付いたな。

 所詮、これは模擬戦だしな。


「実戦だったら、俺は数秒でペチャンコにされてるよ。もっと強くならないと」


 いやいやいやと皆ドン引きしながら手を振ってる。ヨイショすんなよ。接待プレイか?

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