第36話 アスレチック

 最近のマイブームは?と聞かれたら、俺はこの部屋全体を見回すだろう。


 今この市役所の八階にある俺の個人用ホールは凄いことになっている。

 フロアの荷重限界に挑戦するべく所狭しと障害物が固定され、無駄に塀だの階段だのフェンスだのが作ってある。

 折角バカ高いトレッキングシューズ買ったんだ。パルクールしたいだろ。ポールと足場ももうちょい増やしたいが、この間つつみちゃんが頭ぶつけて御機嫌斜めなので、しばらくこのままだ。


 正直、殺し屋の無駄のない綺麗なあの動きに憧れてというのが強い。

 生身で人があそこまで動けるというのを知り、自分が元気な若い体を取り戻して、怪我が即座に治る環境だったら、挑戦したくなる。

 起きてから挑戦しまくりだが、生き急いでる気がしなくもない。

 スリーパーは長生きできないらしいが、つつみちゃんは原因に関しては言葉を濁している。多分だが、短命の原因は、好き放題やらかして脳缶にされたとか、利権争いに巻き込まれたとか、後は、元々眠る前に罹患してた病気の為とかじゃないかと思う。

 俺があそこで眠っていたのも、不治の病で未来に希望を託すとかだったんじゃないだろうか、この眠る前の記憶が曖昧なのも、意図的に消された可能性もある。当時から比べれば地上の科学技術はかなり後退してるだろうから、記憶を取り戻せるかどうかは微妙なところだ。俺が不治の病だった場合、組織補修剤で治るレベルってことは・・・、無いよなあ。

 現状、それらしい病気は診断結果に出ていないが、データ隠されてたらどうしようもないしな。

 体が若返ってるのも謎だし、いつ死んでも後悔しないようにはしておきたい。


 今の世の中、筋トレという概念がない、金さえ有れば筋肉や神経はファージを使って自由に作り変えられる。それを使いこなせるかどうかは兎も角。


 最近のトレンドはムキムキマッチョだそうだ。

 思い返せば、ガタイの良いムキムキはかなりの頻度でいたな。実際強いのか、ファッションなのかは分からない、スミレさんとこの傭兵たちとかは神経や骨も弄ってるんだろうか。あいつらは下品で、いつもアホな事ばっか言っていたが、実際殺りあったら、銃撃でも格闘でも勝てる気がしない。

 昔の日本では、細マッチョが異様に流行っていたが、残念ながらナルシスト受けしかしないのが現実だ。実際に殺りあうと継戦能力が全くない見た目だけの肉質で、あっという間にバテてしまう。

 かといって、ガチムチゴリマッチョなら強いのかというと、そういう訳でもない。欧米受けは抜群に良いが、非常に怪我しやすく、動きが鈍くなる。

 では、強い身体ってなんだよ。となるが、俺は、スタミナが有り、全ての筋肉を精密にコントロールできる身体だと思っている。

 力が強い、結構。速さなら負けない、結構。

 だがそれでは、強い身体、負けない身体にはほど遠い。

 どこからでも必ず生きて帰る肉体。

 この世界で理不尽に負けない身体。

 あの殺し屋にトレーニングの仕方、聞いときたかったなぁ。

 次会うときは、殺しに来る時なのかな。


 動きたいように動く、というのが凄く難しい。パンチやキックは、投擲物と違い、インパクトポイントが数センチずれただけで威力が段違いだ。無力化する為に関節をキめるにしても、殺す為に弱点を突くにしても、正確なコントロールが求められる。下手に素人が殴るより、石を投げた方が効果的な点はそこだ。

 俺が好むブラックジャックは、その補助として優秀だが、こればかり使うのも変な癖が付きそうで怖い。


 精確な空間把握、取捨選択の最適化、反射、反復、反射、反射。

 オフラインではあるが、幸いこのホールの中はファージで満たされており、自由に使って良いと許可が下りている。

 目をつぶっていても、カメラが周囲にあれば空間把握はできる。

 掴んで、回って、転がる。少し潰れる。もっとキレイに回転。

 回転にもっと慣れよう、逆さになった時の全体の把握もタイムラグ無く実行したい。

 動きに慣れる事に重点を置いていて、まだ俺はファージで身体を弄っていない。

 最適解が見つかるまで保留だ。この身体が成長するかどうかもまだ不明なので、無駄に筋肉を付けて成長阻害とかは避けたい。

 現状、視力強化バフとカメラ展開だけで間に合っているしな。


「ぐ」


 グローブはしていたのだが、指の変なところにできていたマメが潰れた。我慢できなくはないヒリヒリ度合だが、続けるほどドエムでもない、補修剤で治せるが、それだと皮が厚くならないので悩みどころだ。パッドだけ貼って別の動きするかな。と、少し転がってみたが、関節がそろそろ限界みたいで、ギシギシ言い始めたのでここまでにしておこう。

 ここまで負荷かかってるとクールダウンはストレスになるから、風呂でマッサージだけして一旦休むか。


 肩回りの筋肉が自重を支えるのに心もとない、ここは少し増やして良いと思う。でないときれいに動けなくて、逆立ちと受け身で潰れるからお話にならない。


 風呂は、トイレと一緒にバカでかいのを隣のホールに作ってもらった。これは、職員や傭兵たちも利用する。

 トイレは、多目的トイレがいくつかあったのだが、八階の収容人数が限界を超えてしまい、足りなくて俺が順番待ちしたり他の階に移動する事態が発生した。俺が他の階に移動するだけで換気やら警備やら一大事なので、オムツをしてはどうかと打診されたが、全力でお断りしたら、小便器二十個、大便器五個、多目的トイレ三個増産で、さらにデカい湯舟が三個ある大型シャワー施設が誕生した。

 同時進行でエレベーターの改修も行われる。

 簡易エアロック式にして空調の手間を大幅に軽減。関係者のみが直通でコード入力と身分証提示のみで八階に降りられるようにし、警備が簡素になった。皆、出入りに時間かかり過ぎて殺気立ってたからな。





「おい、ここさぁ。シャフトもっと増やさねぇ?連続で飛び移るのにちょい少ないんだよなぁ」


 警備のおっさん共のジムと化すのにそう時間はかからなかった。


「つつみちゃんがオッケーしたらな」


 ムサいおっさん共がフンフン転げまわってるのを見ると萎える。

 女性の傭兵とか呼ばないのかよ。目の保養がしたいよ。


「チッ。姉御がオーケーする訳ねーだろ。だからリョーに聞いてんじゃん。オネガイすればイッパツだろ?」


「どんなお願いだよ。てか、おっさんたちファージで肉作ってんだろ?訓練とかいらねーだろ」


「ばっか、おまえなー。あんなもん役に立たねぇよ。俺らががやってんのはオリンピックじゃねんだから」


 強いだけじゃ直ぐ死ぬ。とおっさんは宣うのだが、別の傭兵に。


「でもこいつ、腕の神経は入れ替えてるんだぜ?」


 と、告げ口されて殴り合いが始まった。いやぁ。べんきょうになるなぁ。


お、噂をすればつつみちゃん。もう、そんな時間か。


「はいはい!遊びは終わり!皆警備に戻って!警備に戻って!」


「姉御ー。俺シャワー浴びたい」


「三分で済ませて!後五分でクライアント来るからね!」


 ブーイングが凄い。


「燃やそっか?」


「「「「アイアイマム」」」」


 お前ら仲良しだな。一人だけ裏声出してて悲壮感が漂う。


「よこやまクンも、シャワるなら早くね」


「ううん」


 俺は拭くだけでいいや。


「燃やすって何?」


「世の中には、知らなくていい事が沢山あるんだよ」


 俺、気になります。




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