第31話 続 お米の国の少女

「今回だけだからね」


 ソフィアは少し赤くなりながら仕方なく感を演出しているが、純粋すぎだろ。

 どうやって今まで生きてきたんだ?


「ありがと、大好き」


 つつみちゃんに抱きつかれてくすぐったそうだ。


「やる時はマネージャーを通してちょうだい。話は通しておくけど、週一くらいが限度だろうから」


「十分。ありがと。この後、時間ある?」


 もう、俺はそっちのけでスイーツ巡りの相談を始めている。

 用事は済んだらしい。

 

 ここ、大宮ターミナルは、銀座ターミナルと並び、スイーツのメッカだ。

 古今東西、再現率の高水準なスイーツの有名処が軒を連ねる。

 その要因は大宮地下からの物流品質が甘味素材に特化しているのが大きい。

 鮮度が抜群で、種類も豊富だから、代用品を使う必要がほぼ無い。

 当然、再現率も上がり、クオリティも上がる。

 残念ながら、チョコレートだけは、世界的にカカオの種類が少ないのでどうにもならない。

 地下に行ったとき詳しく聞いておけばよかったな。


 自分の動きでファージを誘導する技術。なんとなくそういうものが有るのは分かっていたが、音楽で操るのがスタンダードだったし、自己視力バフなら音が必要無かったので、特に使わないかなとスルーしてた。

 ”音楽”なので、音がしなければ機能しないし、音は目立つし、何をやっているかすぐバレる。これはよろしくない。

 かといって。いくら、認証無しで生体接続できるといっても、指パッチンすらせず思いのままにファージを操れるほど万能ではない。

 音は、天候に大きく左右されるし、空気が薄い所では効果も薄い。それに遮蔽物があると効果も激減だ。キャンセラーも色々出ていて、その筋の奴らは対策していない奴の方が少ない。

 俺がこれから習うのは、身体操作によってファージを効果的に扱う方法だ。

 身振り手振りやダンスもそうだが、気付かれにくいインナーマッスルによる干渉の仕方とかも確認しておきたい。

 俺の思いもつかない凄い方法もたくさん有るはずだ。




「何でこの方法にするの?」


 一週間後、十七階にあるスタジオで、フィットネス水着にボクサーパンツでソフィアが待っていた。

 つつみちゃんも既に隣にいる。

 俺は、ジャージにサンダルなんだが、まずかったか?動くときは裸足になればいいか。


「そこから?」


 説明しないとだめか?この間ので十分じゃないのか?


「接続だけなら、セキュリティ雇って力技でいけばいいじゃない。それで不明点一気に無くして終わりでしょ?」


「そしたら、ナチュラリストに俺が見つかるだろ」


「良いじゃない。ナチュラリスト殺人は合法だし、見つけ次第殺せばいいでしょ?」


 娯楽で人を傷つけたり殺したりする奴らは、何時の時代も一定数いたが、そんな快楽殺人みたいなのは、人をなんだと・・・とそこまで思ってあの殺し屋の顔が思い浮かぶ。

 元気で殺してるのだろうか、俺の殺しで失敗して、またカンディルのプールに沈められてるのか?

 そもそも誰に依頼されたんだ?

 俺の命奪って得するのって誰だよ?

 損しか無くない?


「ちょっと、フィフィ。よこやまクンを変な道に引き込まないで」


 ?この子、人殺しが趣味なの?


「つーちゃんこそ。ほら、誤解されるじゃない」


 誤解するぞ、今、情報統制されてるからな。

 ああ。ジャストアウェイト。


「趣味に関しては、特に俺からコメントは無い。とりあえず、不明点さえ解決できれば」


 綺麗に腰の入ったミドルキックが飛んできた。避けようか受けようか迷って、スウェーで避けた。


「何で避けるのよ!当たらないじゃない!」


 足癖悪いなー。このダンサー。そして、太ももが美しい。


「仲良くできそうね。良かった。わたし、仕事詰まってるから戻るね」


 目が悪いのか?つつみちゃん。


「あ。つーちゃん。ちょっと!」


 行ってしまった。広いスタジオに二人、何も起こらない訳は無く。


「もう。仕方ないわね、始めましょう」


 しっかり教えてもらった。




「無理だな」


 ざっくり概要だけ教わった時点で、俺にはコントロールするのは無理だと分かった。難しすぎる。

 ただ、無駄だった訳ではない。動きから予測して効果的に邪魔したり、何をやろうとしてるか理解する判断材料が増えた。


「相手が理解してるとバレたらブラフ使ってくるから、そこにも注意よ」


 大丈夫。俺には通じない。


「ファージで可視化できるからある程度は対応できる」


「ふん」


 身の程を知れとばかりに、ソフィアが踊りだす。


「何をやろうとしてるのか理解して、邪魔してみなさい」


「ここ、ファージ薄いんだけど・・・」


 このスタジオにもファージが少し撒かれているので、ローカルネット的な使い方はできるが、出来ることは限られる。

 困惑する俺を無視して、ウネウネぐるぐるステップを踏み始めた。

 スピーカーが無いのに、周囲から音がし始める。アポカリプティック・サウンドっぽかったその鉄パイプが歪む音は次第にリズムを持ち、ソフィアの動きに反応して音が揺らぐ。周囲の空気が振動しているのが肌から感じられる。


「ん?!」


 時折、ソフィアが瞬間移動している。人体の構造や重力を無視してモーションをすっ飛ばしている。目が疲れてきたのかと、瞬きするが、やはり、動きがおかしい。ファージを視覚化すると、かなり濃密でいつの間に集めたのか、霧が巻いて歪んで見えるレベルだ。

 周辺に飛んでいるファージの霧溜まりから音を出しているのだろうか?でも、全然別の場所から擦過音や音楽が聴こえる。謎だ。

踊りだからまだ良いが、戦闘中これされたら打つ手がないな。

 殺し屋やコボルドがこのモーションカットをやってきたら全く避けられないだろう。

 そして、ソフィアの手や足の周りに、キラキラと光るエフェクトや、パステル調の棒状エフェクトが舞い散る段階になると。


「ゲームみたいだ」


 現実にこんなことが可能なのか?”実はゲームでした”なんて?

 いやいや、その自問自答は何度もした。これが、この世界が仮想だったら逆に凄いわ。

 まぁ、つまり、俺が見ているのは現実な訳で、ファージ凄いなー。流石シネマティックファージって呼ばれるだけあるわ。

 感動ばかりしてる場合じゃない。今日習ったことを実践しとかないと。


 ファージの集まりを阻害し、霧散させるよう誘導していく。

 やはり、ファージの動かし方は俺の方が早く巧い。

 と思ったが。

 ソフィアは直ぐに対応し、詰将棋の如く組み立て始め、エフェクトもカラフルなキラキラから黒い霧状のモノに変えてきた。

 時折発生する無音状態と、音による遠近感の幻惑で見えているソフィアが本当はどこにいるのかしっかり理解できていない。試しに手を伸ばしてソフィアを掴もうとしたが、俺の手は空を切った。


 ソフィアは一瞬嗤う。そして踊りは加速する。


 場当たり的な対処を見切られ、空気中のファージのコントロールは完全に掌握されてしまっている。俺がする邪魔も、ソフィアを助けているのではないかと勘違いしてしまう。

 最後にカツンと踵を合わせ、空気が弾ける音と共にソフィアは黒い霧で全身を隠し、霧が晴れた時、真後ろから荒い息遣いが聴こえてきた。


「ブラーヴァ。ブラーヴァ」


 素直に感動した。


「感動してどうするのよ」


 ごもっとも。


「でも、凄かった」


 拍手もしちゃう。


「全く」


 呆れた声でため息をつく。口元は嬉しそうだ。


「実際の所」


うん?


「あなたの場合、実戦で相手を細かく理解する必要は無いかもね」


「というと?」


「だって、何のために争うの?」


 それは・・・。


「身の安全を守る為」


「聞いたあたしが悪かったわ」


 何だ?俺は何を間違えた?!


「普通はね、護身術すら習わないの。格闘とか射撃とか、トレーニングするのは一般市民の一割にも満たないわ」


 その程度なのか?俺が見てきた感じ、逢ってきた人たち全員、何かヤってそうな雰囲気なんだが。

 俺の納得いかなそうな顔に言葉を続ける。


「あなたの今の環境がオカシイだけ。弱い人があなたに近づいたら、搾取されるか悪用されるだけだもの」


 んじゃ。えーと、なんだっけ。


「あれは?身分詐称通知は役に立ってないのか?」


「知らない人が興味持たなくなる程度でしょ?万能じゃないわ」


 その程度だったのか。


「じゃあ。どんなに注意してても、ここから出た途端、ナチュラリストに狙われる生活になるのか?」


 逃亡生活する指名手配犯みたいで、気がズンと重くなる。


「あー」


 ソフィアは言い淀んでいる。


「そもそも、あなたの長所は最深度のコードを自由に引っ張り出せるって事だけ。ファージの扱いはその権利があるだけで、全く使いこなせてないでしょ。あたしにすら負けてるし」


 耳が痛い。


「分かってるなら良いわ。んで。ナチュラリストから付け焼刃で我が身を守るのは不可能ね」


「不可能?」


「不可能」


 念を押された。


「奴らにとって、あたしたちは常に、批判対象であり、食べる以外救済されない豚であり、快楽の捌け口であり、害する事が奴らの正義なの。マジ最悪」


 自分で言ってて怒りだしている。質が悪い。


「大半の有名人は奴らのキルリストに載ってるし、載ってなくとも油断してれば狙われる。あなただけ狙われてる訳じゃないの」


 あー。うん。まぁ。分かった。


「スリーパーの生体接続者なら、程度の差はあれど、遅かれ早かれキルリストに載るし、貪欲なターミナルも放っておかないわ」


 怖いこと仰る。


「マジでね」


 他のターミナルの勧誘にも対処しないとなのか。


「いざという時にわが身を守りたいという気概だけは評価するわ」


 何様のつもりとも言えない自分が悔しい。


「あなたがつつみに協力する限り、籠原・・・熊谷と大宮は全力であなたをサポートするでしょう。・・・たぶんね。かかるコストには目をつぶったら?借りを作った方がつつみたちも安心するでしょ?」


 持ちつ持たれつか。確かに、見方によっては、借りを作らないのは信用していないとも取られかねない。

 それに、つつみちゃんにだったら利用されても良いかなとか最近は思い始めている。


「よし、分かった。それは兎も角として」


 機会は有効活用しないとな。

 ワザとらしくソフィアを上から下まで舐めるように見る。


「な、何よ。また蹴られたいの?」


 やっぱスタイル良いなぁ。さっきもノーブラでプルンプルンしてたし。

 意趣返しと目の保養は済んだ。


「さっきのどうやったか教えてください!」


ソフィアは器用に片眉を上げた後、大きなため息をついた。


「あたしの言った事聞いてた?」


 やっぱ、保身って大事じゃん?

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