第30話 お米の国の少女

「正直、リョウくんみたいなケースは前代未聞でね」


 そりゃそうだ、殺し屋とそのターゲットがダストシュートで一緒に地下まで落ちて、そのままお手々繋いで生きて帰ってくるパターンがそこいらに転がってたら俺もマーフィーの法則すら疑う。


「地下に関しては、不干渉なんだけど。あんなもの着て帰ってこれたって事は、つまりそういう事だったのね」


「全自動だと思ってたのか?」


「通説だから」


 そういうもんか。


 俺とスミレさんが話しているのは、温室のベンチだ。少しファージがある。

 周囲は銀色の金属製鳥かご状フレームでアクリルガラスによって隔離されており、完全に外気から遮断されている。

 ここは、大宮ターミナルの中心地にある大宮市庁舎、その屋上に造られた温室だ。

 ジャングル並みに生い茂った温室の中には、ベンチの前に小さな噴水があり、そこで親指の先ほどのサイズのデブな灰色のカエルが水に打たれている。

 低い声でゲコゲコ窮屈そうに鳴いている。

 二人してしばらくそれを見ていた。


「つつみちゃんはどうなるんだ?」


 カエルが跳んで、茂みに消えた後、気になっていたことを聞いた。


「ずーっとね、待ってたからね」


 待ってた?


「王子様に会えますようにって、何度危険な目に遭っても行くのやめなかったのよ」


 誰かが起きてくるのをずっとあそこで待ってたって事か?

 リスキー過ぎだろ。起きたのが性格最悪なキモいおっさんとかだったらどーするんだよ。あ、俺か。


「サン=ジェルマンが消えてから、新しい・・・、というか、古い、古典音楽の発掘が止まって。技術の停滞、コピーの横行、新しい何かを作ろうって人たちがほとんど手を止めちゃってたの」


 過去の技術に頼るのもどうかと思うが・・・。


「面白くないって顔ねぇ、でも、考えてみて」


 スミレさんは目の前に小さな蝶を出現させる。

 生きている訳ではないのに、パタパタと羽ばたき、数メートル舞い上がって霧散した。


「技術ってのは、消えたらダメなのよ」


 俺を見る。


「伝統を遺し、昇華し、それが積み重なってわたしたちの力になっていく」


 綺麗な人だな。とか、不謹慎な事を考えているのがバレたのだろうか。

 クスリと小さく笑った。

 スミレさんも、つつみちゃんも、地下市民と根幹の部分では同じなのだろうか。




 地上に出るまでに、何人も傷つけたり殺したりしたが、罪には問われなかった。地下の出来事についても気味が悪いほど全く追及されなかった。

 むしろ、ナチュラリストを殺したことが評価され大宮の警備監督官から表彰されそうになった。

 奴らのターゲットになったら困るから止めて欲しいと、つつみちゃんを通じて断った。例え屑でも、人を殺して表彰されるとか胸糞案件だ。

 奴らのことを調べると嗅ぎ付けられて殺される可能性が高いから、現時点でファージでのオンラインがそもそも出来ず、人に聞いたり、オフラインデータを探すことになったが、知ればしるほど狂ってる奴らだ。被害者は行方不明を含まずに、毎年全国で年間二万人を超える。

 殺し屋が言っていた事はほぼ合っていたし、かなりオブラートに包まれていたんだな。

 あと、麻酔時の傷による感染症への謝罪として大量の見舞金が即時支給された。俺の口座は死んだと判断され凍結されてしまって、死亡届け取り消して口座差し戻しに一月かかる予定だったのでこれはでかい。

 無一文でつつみちゃんにたからなくて済んだ。


 安全が確保できるまで、このビルから出られないのだが、目下の課題は自分のファージネットセキュリティだ。少し調べればすぐあの時の二人組の一人が俺だと分かる。

 ”アシストスーツで暴れまわった変な奴”はナチュラリストのターゲットになったと思っていいだろう。身バレして、たとえ肉体が守られても、俺が寝ている時にハッキング受けたりしたらどうしようもない。常時セキュリティ依頼する手もあるし、つつみちゃんが支払うと言ってきたが、これ以上借りを作りたくない。

 心のどこかで、つつみちゃんやスミレさんを信用してないというのもあるのかもしれない。いずれは実費で任意保険に入ることになるのだろうが、自分である程度は守れるようにしておきたいというのもある。

 今日も、診察と治療の時以外は、オフラインで防壁の強化と対処を学んでいる。ソースコードのコピペじゃ済まないので、頭がこんがらがる。

 ”ぼくがかんがえたチートスキル”みたいに、コンソールで数値割り振ってポンで終わらねーかな。


 温室の下の階は、そのまま一フロア全てリクライニングルームになっていて、そこはオフラインだが、ファージが存在する。

 他にも人はいるのだが、特別に許可をもらって、端っこの方でソファーに座ってファージとネット環境をいじくる練習だ。


 頭を捻りながらうんうん唸っていると、エレベーター前のコンシェルジュカウンターで言い合いをしているのが聴こえてきた。知らない声なら聞き流すのだが、一人はつつみちゃんだ。

 俺が見ると、つつみちゃんは片手を上げて応え、立ち上がろうとしたら手を広げた。とりあえず近づかないでおく。


 トラブルの予感だ。




「あたしスリーパーってキライなのよね」


 近づいてきて開口一番がそれだ。甲高いソプラノボイスが耳に残る。いきなりツンケンして。何だこの子は。

 腕を組んで、俺を見下している。

 あまり見ないタイプのクロップドタンクトップで、絵にかいたようなアメリカ人少女だ。ぷんぷんしてるのだが、ノーブラで乳首が透けてるので説得力がない。

 俺が一瞬胸を見たのがバレたのか、片眉と顎を上げ視線が一層厳しくなる。

 見られたくないなら出すなよ。


「この子、前によこやまクンが言ってた、動きをファージに反映させるジェネラリスト。仕事受けてくれるって話だったんだけど・・・」


「スリーパー相手だなんて聞いてないわよ?知ってたでしょ?」


 おお?!待ってました。

 結構色んなところで詰まってたんだよな。

 知りたかった所や、保留になってる部分を急いでローカルネットに整頓しつつ、早速交渉だな。


「初めまして、横山竜馬です。本日はよろしくお願いします」


 一度立ち上がってぺこり。


 米国の少女は口をぱくぱくしている。


「フィフィ。とりあえず座ろっか」


 つつみちゃんは笑いを堪えて変な顔になっている。おい、気付かれるぞ。


「あたしは騙されてここに来たのよ」


 ドカリと向かいのソファーに腰を下ろし、ジーンズのショートパンツでこれ見よがしに目の前で足を組む。乳首を隠すように腕を組んでるので、谷間が協調されて余計にやらしい。

 コンシェルジュが差し入れたオレンジジュースをストローで一気飲みすると、顎を上げて俺を睨みつけている。


「この子はソフィア。わたしの知り合いの中で割とテクニカルな方のダンサーなの」


「割とって何よ。失礼ね」


「教え方はピカイチなの。そこは保証する」


 睨みつけようとしたソフィアをウインクで黙らせ、話を続ける。

 俺のログにこっそり”とりあえず聞いて”とつつみちゃんからチャットログが入る。


「よこやまクンは、今、ナチュラリスト対策中で、外に出られないんだけど・・・」


 ソフィアはつつみちゃんの前置きに、途端に苦い顔をする。


「”動き”に対するファージの反応と関連で、整合性が取れない部分がかなり有って、オフラインだと手間がすごいの。わたしはそっちは詳しくないし、調べてマークされたら事だし、生き字引たるフイフィ様にお伺い建てるのが一番の近道かなとわたしは判断した訳」


 嬉しいのか怒ってるのか、百面相でいちいち面白い。


「依頼料は組合の規定通りになるけど、あなたにしか頼めないの」


 お願いっと手を合わせてわざとらしさ満載で片目で見上げたりして、テンプレ感ハンパないが、つつみちゃんと俺と自分の膝小僧を視線が行ったり来たりしている。騙されやすすぎないか?

 とりあえず、俺も深刻な顔をしておこう。


「おねがい」


 俺も、手を合わせて片目つぶって上目遣いでお願いしてみた。


”よこやまクン、無表情。もっと気持ちを込めて”


 無茶言うな。

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