第29話 帰還

 肉と骨が潰れる嫌な音。

 ショゴスが落ちてきたのかと思った。


「侵入者め、おとなしく捕まって王の前にぐぼぉ!?」


 そいつは、肉の服を纏っていた。

 いや、肉っていうか人間で出来た服・・・なのか?

何人か足の下で潰れている。自分の体なのか?別の奴を下敷きにしてクッションにでもしたのだろうか。

ホルマリン漬けの頭がライトアップされた状態で腰の周りに何個も吊るされ、いや、あれ、生きてんのか?!

 その首だけの水袋は皆こちらを見ている。

 全身は筋肥大が不定形で起きていて、縫い付けたらしい血管だかゴム管だかが、水袋から股間やそいつの頭に伸びている。

 何を考えたらあんなことしたくなるんだ?綺麗とかカッコイイとは無縁の生き物だ。

 頭は禿散らかしていて、全身縫い跡だらけだ、突撃銃を構えて脅してきたのだが、全部言い切る前に殺し屋から投石を顎にくらってのけ反っている。

 そいつに向かって走り出しながら念の為聞く。


「捕食者か?」


「崇拝者」


 なら、注意すべきはとりあえず銃か。

 射線には絶対入らないよう、入っても当たらないようベルコンは前に垂らしておく。奴を視認する必要はないからな。

 奴との距離はアシストスーツで十歩程度、向き直る前に自分の持っていた石を片方投げつける、当たれ。運よく腹にドンピシャ。

 思った以上に威力があったのか、内臓をぶち撒けながら吹っ飛ぶ。

 大の字で倒れた奴の頭と銃を持った腕を容赦なくベルコンで潰す。

 間髪置かず、残りの手足を潰した。

 ぐしゃりと、肉と骨を潰す不快感がベルコンから伝わってくる。

 見ると、水袋の首たちは白目をむいて血を吐いている。

 近くで見るとこいつの体には噛み傷が大量に有り、もしかしたら。


「うわっと!?」


 殺し屋が崇拝者の銃を取り上げ、水袋の首に向け引き金を絞る。

 数発の発砲音の後、全ての首が動きを止めた。


「見るな。行くぞ」


「アイアイマム」


「ったく」


 突撃銃を持って走り出した殺し屋は、マガジンをちらっと横から見て唸っている。


「少ないのか?」


「残り十発切ってた」


 無いよりマシだ。

 さっきの奴がマガジン持ってたかもだが、見た感じ素寒貧だった。

 有ったら、殺し屋は見逃さないよな。


 暗く狭い路地を選んで走る。

 走りやすい通りはそれだけ見通しが良く見つかりやすい。

 

 一度、黄色マーカー五人と鉢合わせのルートを通ったのだが、全員、途端に襲い掛かってきた。

 コボルドみたいな戦闘民族ではなく、ズタボロで骨と皮ばかりの奴らだったが、全員が鉄パイプの先に円筒形のリレー用バトンを付けた妙な武器を構えていた。


「指向性爆薬だ、正面からの衝撃信管」


 物騒だな。


「いたぞぉ!捕まえたら大金持ちだぁ!!」


 騒ぐな。


 五人で槍衾を作ろうとしてたが、連携が取れていない。先に構えた二人が、俺のベルコンの範囲内に入る前に、既に殺し屋に左手一本で無力化された。

 駆け寄った俺も、力技で残り三人をまとめてなぎ倒す。

 一人、鉄パイプで受けようとしていたが、巨大質量の前に成すすべもなく、ゴミを巻き込みながら側道からシャッターをぶち破って廃墟の中へ転がっていった。


「くっくっくっ」


 何が可笑しいのか、背を丸めた殺し屋は、また走り出す。

 俺は、手土産に一番大丈夫そうな爆薬槍を一本もらった。

 いざというときは投げつけよう。


「黄色もヤバいぞ」


「黄色は注意だ」


 ほぼ赤じゃん。


 そういや、教習所の試験で運悪く丁度黄色で進んで試験落ちたっけな。

 あんなのギリで急に止まれねーよ。


「なんだ?」


「昔のこと思い出した」


「ふん」


 その後、歩みは遅くなったが、エンカウントは全くなかった。

 騒がれたり一発もらったらほぼ終わると思ってたから、ノーダメは褒められていい。

 囮の人たちが良い仕事をしたのだろう。


 目の前に、ひと際明るい路地が見えてきた。

 視認できる範囲ではないが、後ろの黄色マークが近づいたのを気にしてか、殺し屋がスピードを落とし、俺の後ろにつく。


「あの先が地獄の穴だ、もう着いている。止まらず走れ」


 戻っても立場的に以前より更に微妙になるんだが、ここで喰われるよりマシだよなぁ。逃げないように動けなくされて脳だけ使われるなんて事にならないよう祈っておこう。


 路地に抜け出ると、カメラが急激な明度変化に追い付かず一瞬だけホワイトアウトしてワイヤーフレーム表示だけになる。


「おっと」


 四角く拓けた大穴は市街地のど真ん中をぶち抜いて直径は百メートルくらい、上にも下にも数百メートルはありそうだ。汚らしい住居やら通路も穴に沿って作られていて、カオスに拍車が掛かっている。


「大事すぎない?」


 びっくりしたのは、大穴にではない。これは元々表示されていた。

 この穴もいつまで見てても飽きないくらい凄いのだが、穴の中をサイクロローターの大型ヘリが四機舞っていた。

 そのうち一機は俺の目の前の崖っぷちに接岸していて、パワードスーツのごつい奴が俺を手招きしている。見る限りだと穴の上にも三機は飛び回っている。

 丸いカメラもかなりの数飛んでいた。

 後ろを向くと、殺し屋はいなかった。


「ちっ」


 ワザとヘリの表示させなかったな。


 レーザー通信にはもう反応無かった。


 揺れるヘリに飛び乗って、指示された所に座った瞬間、抵抗する間もなく胸に無針注射を打たれ。


「こん畜生」


 俺は意識を失った。




 起きた時、自分が真っ白な部屋の水槽の中に閉じ込められていて、管刺さりまくってるし、思わず暴れそうになった。


 畜生!またこれかよ!


「よこやまクン?!起きた?大丈夫だから!」


 やっぱ。拘束されたのか?!

 隣に座っていたつつみちゃんが顔を上げる。


「麻酔打った時に色々菌が入っちゃったの、ごめんね。後二日くらいで治るから」


 余計な事を・・・。


 水槽の上面が開き、顔を出すと、肺の中の水がゲボゲボ出てきた。


「血まみれだったから暴れると判断されたの、許して」


 いや、まぁ、・・・暴れそうだったけどさ。


「俺はどうなるんだ」


 ファージは隔離されている。危険と判断されたんだな。


「ごめんね。わたしが縛り付けるような事したから、もっと自由にさせてれば」


 泣き出してしまう。


「生きてて良かった・・・」


 ぐずぐずと顔を崩し俺に縋りつくつつみちゃんは、この間までと全く違う様相だった。

 げっそりとやせ細り、荒れた唇に落ち窪んだ眼、ぱさぱさの髪、艶プルだった肌は見る影もない。

 何か、皮肉の一つも言おうとしたが、いたたまれなくて言うのをやめた。

 演技なのか、金づるが無くなるから悲しかったのか。

 真意は分からないが、今の俺にはどうでも良いことだ。


「ただいま」


 おじさんちょっと疲れたよ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る