第32話 大宮出立
「お勤め、ご苦労様です」
俺の言って欲しかったことを何で解った?!
「ふふ」
市役所のラウンジからアプローチを降りていくとデカいくて真っ黒でゴツイ車が縦列駐車されまくっている。つつみちゃんはスーツ姿で得意気だ。
一通り最低限の対策を終え、身の回りのセキュリティも契約を終えた。
巨大なアメリカ製のモンスターセダンに乗り、前後にはランクル並みのSUVがガードに就き、気分は大統領。というのは言い過ぎか。
「このぐらい大切にしていますよ。っていうデモンストレーションの意味もあるけどね」
と、セダンの中でシャンパンを用意してくれながらつつみちゃんがクスクス笑う。確かに、さっきいたドアマンも、このセダンのドライバーも、黒スーツからはち切れそうな筋肉で全く似合っていない。
「わたし、車の中でシャンパン開けるの初めて」
”初めて”頂きました。
「俺も」
因みに、静穏性が凄くて、ロードノイズもエンジン音も全く聴こえない。映画のワンシーンみたいだ。
二人して軽くグラスを掲げ、一口飲んだら飲みやすくて一気飲みしてしまった。シャンパン飲んだの何年ぶりだ?
「二百六十年ぶりくらいにシャンパン飲んだわ」
ドライバーが噴き出している。あれ?この声。
「傭兵のおっちゃんか」
「やっと気づいたか」
真っ白な絹手袋した手でバックミラー見ながら簡易敬礼してきたので、足を組んでグラスを掲げて返してみたら、また噴き出している。
運転手は一緒にショゴスバスターズした時の一人だった。って事は、これはスミレさんの伝手で手配したのか。洒落が利いている。
「空っ腹で飲んだら結構効くな」
「おつまみにハモンセラーノと十年物のケソ・マンチェゴはいかが?」
すげぇ、冷蔵庫備え付けか、このセダン。
スモーキーで脂っこい生ハムに、臭いチーズを重ねて口に放り込むと、シャンパンの爽やかさが綺麗に消えた。これは・・・、つまみなのか?
つつみちゃんも微妙な顔をしている。
「わたし、生ハムのクリームチーズ巻きで十分みたい」
「奇遇だな。俺もだ」
おっちゃんは、バカ受けし過ぎて運転に支障をきたしている。後ろのSUVから心配されて連絡をもらっていた。
和やかなムードで廃墟が並ぶ過疎地域に入ってくると、約五百メートルおきくらいだろうか、等間隔に武装したバンが止まっているのに気付く。
「大がかり過ぎない?」
一体いくらかけたんだ。
「この為に道も整備したの」
熊谷まで?確かに、瓦礫の中を無理やり道路通した感がある。エヌアールのライン沿いに、国道十七号線を三十キロ強、この為だけに整備したのか?全線では無いだろうけど。
よく見ると、現在進行形でショゴスを燃やしている煙もかなり見えた。
「救出に動員した時の金額に比べたら安いもんかな」
あん時、そんなに金が動いたのか。早かったもんな。
ん?
「先で銃撃やってない?」
鉄道博物館跡を遠目に、感慨に耽っていたが、北上中に鴻巣辺りで状況は一変する。
「やってる。ここから二キロ圏内で道路沿いに発生」
おっちゃんが座席のモニターに周辺状況をリアルタイムで地図表示させた。
冷静だな、想定内なのかな?
しかし、面で襲撃かー。
こんだけ大がかりな移動だもんな。
それを相手に出来る勢力がヤれる見込み有って手を出してきたんなら・・・、スミレさん関わってるし、大丈夫だとは思いたい。
回線をいくつか切り替えてたから、ジャミングも始まっているんだな。
音は聴こえなくとも、軽い振動が分厚いドア越しに腹まで響く。
何回かの振動の後、数百メートル先で停止して監視していたバンがおもちゃみたいに吹っ飛んだ。その後、すぐ後ろで舗装されたばかりのキレイな道路が半分以上消し飛ぶ。前後のSUVは無事だが、フロントガラスが真っ白になっているので、衝撃は相当だっただろう。平気で付いてきてるが中の人たち大丈夫なのか?
一拍遅れて、大きい衝撃が車に伝わってきた。二トン以上ありそうな車体が一瞬浮き、タイヤが空回りするあまり味わったことのない振動が座席から伝わってきた。
「迫撃?地雷?」
どっちなんだ?と目を凝らすが土煙で良く見えない。早く把握したい!
びくともしないハンドリングで爆走しながら、傭兵のおっさんがワザと甲高い声で叫ぶ。
「RPG!」
あ!
「俺が言いたかったのに!」
「何でそんな余裕あるの、あなたたち」
僕の腕にしがみ付き、つつみちゃんはこわばった表情だ。
「おっさん、窓開けられないのか?」
「開かない。はめ込んであるだけだしな」
なんと。異様に分厚いとは思ったけど。もしかして、エアーも車内循環型か?!凄まじいな。
「どこにいるか把握できてないんだろ?サーチかけたいんだけど」
バックミラー越しにつつみちゃんと傭兵が一瞬アイコンタクトした。
「ダメだ。大統領が、テロの襲撃が来たからって自分でクソ垂れるか?」
「言い方」
つつみちゃんが鼻にしわを寄せている。
「おーけー。死ぬまで黙っとく」
「そう言わないで。任せて」
と、握ってくる小さな両手が微かに震えていて、身の程を知る。
俺に出来る事なんてたかが知れている。ここで目立っても何も良いことないしな。ヒーローごっこでドヤれるほど若くない。
「サーチが必要なら言ってくれ。直ぐ手伝う」
協力はするよ。金の関係とはいえ、自分の命の為に皆動いてくれてるんだし。
座りなおしたフカフカの背もたれは少し汗ばんでいて、俺も緊張していたのだろうか。
「畜生!スティンガースパイク!二列流しやがった!」
前を見ると、SUVに黒い蛇が二匹巻きついて横転しながら路側に突っ込んでいった。最近のスティンガースパイクは巻きつくのかよ。乗ってる人のこと考えてねぇな!
さて、これで俺らが先頭車両だ。
身を乗り出して、俺の前から窓に張り付いて車の後ろを流し見たつつみちゃんは、胸元を見てしまった俺に気付き、ちょっとキョドりながら座りなおす。
すまん。
見ちゃうだろ?普通。
「アンカーシートこの車あったっけな?」
おっさんがハンドルの下をゴソゴソやっている。
「スミレさんがバンパーに一発分付けたって言ってた。でも、全輪ブロックピストン式だから低速で突っ込めば問題ないって」
「巻き込んでたからなぁ。出来れば踏みたくねぇな」
「わたし詳しくないし、判断は任せる」
「あいよ」
おっさんは前を睨みながら煙草を咥えようとして、また胸ポケに戻した。
車内は禁煙みたいだ。
「レンタルだからね」
俺の顔を見てつつみちゃんは肩をすくめる。
盛り上がってまいりました。
「お?」
おっさんが嬉しそうだ。
「後ろの白目が前に出るとよ」
白目・・・、確かに、フロントガラスもヘッドライトも真っ白にひび入ってるけどさ。
いいのかよ。さっきの衝撃で中の人破裂してねーのか?
横をすり抜けざまに後部座席でハンターキャップの髭面にいちゃんが窓開けてが中指立ててきた。
なんかガムくっちゃくっちゃ嚙んでたし、余裕そうだな。
そういや。
「この襲撃は目星付くのか?」
金かけてそうな襲撃だけど。
「犯行声明は既に三グループから出てるけど、どこも便乗が常套手段な勢力だから」
つつみちゃんは車からの有線でタッチパネルを弄っている。
「RPGの出所は判明したって。桶川大森林の盗賊団が二週間前に車両襲撃」
「ホントに襲撃かぁ?ズブズブじゃねぇのかよ。タイミング良すぎだろ」
おっさんが茶々を入れる。
「襲われたの幸手の企業だから、可能性はあるかもね」
なんだそれ。
「籠原ジャンクションて幸手と仲悪いのか?」
「どこも表面上は仲良いよ」
「隣の芝生は・・・ってなぁ。まぁ、サン=ジェルマン時も幸手とモメたから、面白くないってのも有るかもな」
そういうもんか。
眠りにつく前の当時も、自治体同士で色々あったしな。
大宮が熊谷に対してどういう立ち位置なのか聞きたかったが、俺らの立場とか盗聴とか不安要素あるのでここで聞くのは止めておこう。
途中から停車していたバンが後ろに計三台着いた。
明らかに捨て駒多すぎて、肩身が狭い。人の命がゴミのように・・・。
「ヘリとか、エヌアールじゃだめだったのか?」
「空も鉄道も、リカバーが難しいから」
ああ。確かに。ゲームと違うもんな。壊されたらやり直しがきかない。
「これならよ」
おっさんはニヤニヤしている。
「最悪囲まれても、車ごと絨毯爆撃で焼却すりゃ、焼け野原に車体だけ残る」
「ナパーム撃ち込まれたら?」
流石に溶けるっしょ。
「直撃しなきゃ、べっとり貼り付いてからでも爆風で吹っ飛ばしゃいいだろ。てか、そんなの使わねぇよ。手に入らん」
そなのか。
「この移送自体、かなり大々的に報道されてるの。大宮ターミナルの威信をかけて、やり遂げるんじゃない?」
それって、俺が有名になるとヤバいんじゃ?と思って、そういや、九龍城で暴れた怪しい二人組と、俺はイコールじゃないと気付いた。
俺がファージ接続でオンラインになって且つナチュラリストどもに足を捕まれなければいい。したら、そもそもの利権絡みで狙ってくる奴らのみ相手するだけだ。んで、今俺を保護してる籠原ジャンクションに大宮がバックに着いた感じか。
「大宮の取り分はどれくらいになるんだ?」
つつみちゃんは苦笑いしている。
「大丈夫、借りは作ってないから。以前教えてもらった中からいくつか権利渡すだけでお釣り出てるの」
金の生る木って恐ろしいわ。
そりゃ、目の色変わる筈だ。
「行田越えれば俺らの圏内だ。そこまでは、大宮の連中ががっちり体張ってくれるだろ」
荒事ど素人の俺は、ここでふんぞり返ってるのが仕事ってことか。理解した。
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