第26話 覚悟

 起きた時、ここがどこだか直ぐわかった。

 俺は成長している。


 五時間でスパっと目が覚めた。

 意外なことに、殺し屋はまだ寝ていた。

 全身が温い気怠さに包まれ、地面に縫い付けられてる感覚に陥っている。

 また目をつぶる。このままずっと横になっていたい。

 外でガタガタ音がするので、丁度カメラたちが戻ってきたのだろう。


 今日は無事に乗り切れるだろうか。

 メンテナンストンネルにたどり着けたとしても、そこからは格段に危険度が上がると見ていい。

 ファージが使えるようになるのがいつなのかにもよる。

 最悪、壁に穴開けてネット接続してからつつみちゃんに連絡して救援を待つとかも有りか?

 殺し屋はどういう立ち位置なのだろう。

 自分の安全が確保できた途端、タマ取りに来るかもしれない。

 安易に接続できると申告しない方が良いのか?

 でも、ファージ計測してるからバレるよな。


 上に戻りたくてここまで来て、あともうちょっと、の所で殺す。


 あり得すぎる。

 このシリアルキラーならやりかねない。

 これって最高のシチュエーションじゃないのか?

 そもそも、人殺しを再開したいから上に戻りたいんだろう?

 景気づけにスリーパーの希少価値高い命から始めよう、なんて普通に考えそうだ。

 アシストスーツはパワー型だし、可動関節も少ないから、生身より全然細かく動けないし、殺し屋はそのあたりも熟知している。ブンブン丸して近づけないようにしても、隙を見てさっくり美味しくヤられるだけだろう。

 ファージに接続できた時点で、牽制しながら連絡取るのが妥当か?

 そんな猶予くれないよなぁ。

 もし、つつみちゃんが頼れなくて、救援が来ない中、殺し屋を制圧して且つ、九龍城をソロ踏破とかは不可能だ。

 九龍城がぴくぴく虫やコボルドや訳の分からない敵性生物やら病原菌の巣だったら、ボンベかバッテリーどちらか切れた時点で間違いなく死ぬ。

 そこまで読んでて、身の安全を図るために危険な鉄道博物館跡をルートに選んだのだろうか。

 いつ後ろから刺されるか分からない奴に背中は任せられない。

 こいつは、今の俺を信用しているのだろうか。

 こいつは、殺し屋だし、何度も裏切ったり裏切られたりしているのだろう。

 こいつにとって、俺はターゲットだった。

 今の俺は何だ?相棒?笑える。

 百歩譲ってそれは無い。

 いつでも喰える、極上のステーキだ。

 俺がこいつならそう考える。


 ふと、殺し屋を見る。

 起きてて。無表情でじっとこっちを見ていた。

 しってた。

 おまえはそういう奴だよ。

 この葛藤をニヤニヤ愉しみながら観察してるんだろ。

 

「ルートを確認したら進むぞ」


「わかった」


 無表情のまま、下着を脱ぎだすと、無造作にポイポイほん投げてエアポッドに入ってしまった。形の良いプリケツが丸見えだったが、恐怖と緊張の所為か、最近溜まってるのに俺の息子は無反応だ。


 撤収は五分で済んだ。


 カメラの確認も数分で済んだ。二日目のルートは目立った異常は見られなかった。


「時間は十五分ほど早いが、問題が無ければこのまま予定ルートを進む」


「ああ」


 こいつは、いつ仕掛けてくるだろうか。

 俺がもう警戒している事には気づいているので、次にキャンプするまでには必ず仕掛けてくる。

 何故なら、安眠の為には俺が仕掛けざるを得ないからだ。

 寝ないと判断力も大幅に低下するし、人の体は睡眠を取らないと構造的に普通に突然死するからな。

 壁の近くに到達して、丁度キャンプ時間前くらいの予定だ。

 ファージ接続がキャンプ前か後かで、俺の動きも天と地の差になる。

 接続ギリ前まで俺を殺すのを待ってくれるだろうか。

 足取りが重くなる。

 二人とも無言だ。

 不安が堂々巡りする。

 俺を、殺すのか、殺さないのか。いつ殺すのか。前か、後か。前か、


「スタップ」


 ?


「ぶつかる」


 あっぶな。

 目の前に鍾乳石のぶっといのが有った。


 バランサーは付いているが、このアシストスーツには衝突補助とか無いので、危うく頭がヘルメットごと潰れた生卵状態になるところだった。


 殺し屋は短く微かなため息をついた。


 するりと、胸元から手の平サイズのフォールディングナイフを出す。


 ?!


 胸元にポッケとか無いんだが。どこから湧き出た!?


 肉厚の刃を慣れた手つきで広げ、刃を自分に向け柄を差し出してくる。


「ほら」


 俺に握らせる。


「不満か?ほら」


 自分の首元、メットの継ぎ目に刃を当て。


「・・・。まだか?ほら」


 両手を上げ、目をつぶる。


「後ろも向くか?」


 後ろを向く。背中の上半分はバックパックで隠れているが、上げた両肩から太ももまでのラインが艶っっぽくてズンとクる。


「俺が刺さないと思ってるのか?」


 出した声が震えてしまって、深く息を吸い込む。

 ここでこいつを殺して、それで俺は生き残れるのか。

 何のトラブルも無ければ次のキャンプまでの安寧は得られるだろう。

 だが、それで?

 今の俺には、トラブルの解決手段も、解決経験もとんでもなく少ない。

 この世界の一般常識すら欠けまくっている俺は、鉄道博物館跡を出るまで、こいつに頼らざるを得ない。

 最悪、籠原ジャンクションが俺に敵対していたら四面楚歌だ。

 ネット接続があったとしても、一人でこっそり生き残るにはこの世界は難しすぎる。


「ほら。好きにしろ」


 武器を持ったら迷うな。とよく言う。

 殺すときは迷うな。と戦争に行った奴はよく言う。

 俺は、基本、迷わない方だ。


 だがこれは。難しい。迷うことすら許されない。

 この無駄な時間が、誤選択に近づく。

 誰だって死にたくない。

 この俺の迷いの時間が、俺の殺意の比例だと殺し屋は思うだろう。

 そしてここで刺さなかったとしても、いずれ起きる選択の時の判断基準になる。


 「ふぅーっ」


 深呼吸。


 止めだ止めだ。

 かっこ悪すぎだろ。かっこ悪くても生き残れとか言うけど、これはダメだ。

 

「返すよ」


 ナイフをたたみ、振り返った殺し屋に返す。 


「ただで殺される気は無いからな」


 身動きできなくされて生きたままゆっくり何度も解体されるなんてザマになる気は無い。


「知ってる」


 殺し屋は無邪気に笑った。

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