第27話 壁の向こう側

 そういう心理戦なのかも・・・とか、もう考えなかったのは、俺がアホだからというのもあるが、ここで殺されるならそれまでなのかな、とか思ってしまったというのもある。

 そもそもが、こいつは殺し屋家業がしたいから地上に戻るので、俺だけ例外なんて頭湧いた考え方は流石にしていない。


「来たな」


 うん?


「うぉ」


 キャンプ予定地まで後一キロという所で、ブツブツに割れた金切り声がスピーカー越しに突き刺さる。

 骨伝導なので脳幹まで響く。


 つつみちゃんの声だ。


 途切れ途切れで、ボリュームも緩急付き過ぎで何を言っているか良く分からない。掠れた声が懐かしい。ネット接続はまだできるレベルの濃さでは無いが、通話だけなら何とかできそうだ。

 殺し屋を視る。


「こっち切るか?」


 いや。


「聞いててくれ」


 良いよ。


「つつみちゃん?」


 こちらの声が聴こえたのか、反応が訳の分からないモノになっている。

 その後、ファージの分布がほとんど無くなり通信は一旦切れた。

 構わず歩き続ける事にする。


 不用心に名前を呼んでしまって、こいつにターゲットされたらとか一瞬思ったが、どうせ身辺調査とか抜かりないだろうし、今更だよな。


 ほぼ時間通り、人工的な壁が露出した場所までたどり着けた。

 この廃線処理されたケーテツのメンテナンストンネルにベルコンで穿孔してようやく帰路の三分の一消化だ。

 この後、トンネルから鉄道博物館跡までたどり着き、そこを無事に越えて大宮辺りの可住地域まで出られればミッションクリアだ。


 幸か不幸か、この場所はファージが全く無い。

 壁の向う側はネットが通じるだろうが、開けたら地獄が広がっていたとかだと困るので、しっかり休んでおきたい。


「ここをキャンプ地とする」


 一度、言ってみたかったんだ。


「うん」


 断られなかった。


 殺し屋はカメラのチェックを始めた。

 俺は、エアロックとコンテナの設置を始める。


 手慣れたもんだ。


 ささっと脱いで、中に入った。

 今日は着替えをからかってこなかったが・・・。


「よし、今日は起き抜けのチェックが必要ないからギリまで寝ておく、先に明日の予定を詰める」


「胡坐かくなよ・・・」


「ふん」


 スルーされた。


「まず、穴の開け方からだ」


 それから、食事しながら事細かに打合せとすり合わせを行う。

 向こう側での立ち回りも聞いておく。最悪、大宮が無理で休む余裕もなく籠原ジャンクションまで走って逃げるとか、離れ離れで怪我して動けないとかもあり得るからな。その場合どうするかとか、細かい部分も詰めておく。

 直ぐに三十分経ってしまった。


「これを飲んでおけ」


 錠剤を渡された。


「なんだこれ」


 飲み込みながら聞いた。


「下剤だ。丁度五時間半で出る」


 そんな細かく設定できんのか。


「出なかったら手伝う」


「結構です」


 戦闘や逃走中、不安要素は少なければ少ないほど良い。

 明日は、いつ休めるか分からない以上、もよおしたら致命的だ。

 生理的欲求でパフォーマンスが落ちてそれが原因で死傷する兵士はかなり多いと聞いたことがあるが、自分がその立場になると複雑な気持ちだ。

 携帯トイレは使おうと思ってたが、用意周到だな。

 ちびっとでも漏らそうものならコボルドに地の果てまで追いかけられる未来しか見えない。

 ビビって漏らさないよう気を付けないとな。




壁に穴を開ける為に使うのは、ベルコンにアタッチメントで装着する半手動のハンマードリルだ。

 これは圧力で発電してドリルを振動させながら回転させる仕組みで、アシストスーツの力でベルコンの重みを使って押し込むとコンクリ程度ならもりもり削れる。

 現時点で開ける穴は直径五センチの一つのみだ。トンネルの厚みはドリルの入り具合からして概ね予想通りの九十センチ弱だ。


「開いたぞ。九十センチ」


「りょ。ワーム準備できてる。二台入れる。一台偵察」



 軽く回転させながらゆっくりドリルを抜く。

 緊張の一瞬だ。


 抜き終わる直前、吸い込まれる感覚があり、抜けた途端耳障りな高い音が警笛の如く鳴り響く。


 驚いてまたドリルで塞いでしまった。


 めっちゃうるせー。


「落ち着け、気圧がむこうの方が低いんだ。音は仕方ない。ワーム出したら念の為アンテナも出して一旦塞ごう」


「アンテナは、向う側で電波通るか確認してからでよくないか?」


「まぁ。そうだな」


 延長アンテナはコードタイプだが、予備が無い。破損したら不便過ぎる。

 殺し屋が穴に近づけると、空気と一緒にスポンスポンとすごい勢いで吸い込まれていった。

 即行塞ぐ。


「どうだ?」


「電波全部立ってる、見たところトンネル内壁がかなり破損してるな。場所に困りそうだ」


 なんと。


「そうか・・・」


 好き放題にぶち破って出るわけにはいかない。

特に、圧が違う場合は注意が必要だ。

 鍾乳洞側の気圧低下が原因で地盤崩落とか将来的に起きるかもしれないし。

 雑菌やファージが一気に大量にこちら側に入り込んで環境破壊が進行するのも免れない。生き物を殺すだけが環境破壊じゃないからな。

 自然要因なら罪悪感は皆無だが、人為的で且つ自分が原因かもなんて事態にはしたくない。

 俺も、殺し屋も、それくらいの分別はある。


 俺のメットにも動画を表示させる。

 当然ながら、サーチを開始した所しか可視化されない。

 探索を開始した一台は、先にトンネルの奥に進んでいる。

 電波の届くギリまで見て回ってから出口に向かうのだろう。

 もう一台出して同時探索でも良かったが、アクシデントで全部潰されると困る。失う機材は少なくしたい。




「空気は、ほぼ地上と同じなんだな」


 壁一枚でこうも違うのか。想定されてたメタンガスはほとんど検出されず、湿度は百パーセント、それにファージの量が桁違いだ。

 空気が地上と同じということは、地上と繋がっているか、植物があるかのどちらかだ。


「そうだ、ドリルは五分毎に少し回転させておけ」


「わかった。何でだ?」


「多分、出てきた屑を視たところ、補修材がサンドしてある。水分とか圧力で膨張してドリルにくっ付いて固まったら壊れやすくなる」


 そりゃ、困るな。


 電波は百メートル弱しか届かなかったのだが、自動制御で一キロ先まで探索範囲を広げ、今それを確認中だ。

一台は常に向う側で見張らせてある。


 酸素が有ったのは、完全に吹き抜けで、換気口も所々稼働していたからみたいだ。

 そして、明らかに何かの住処が点在していた。

 住処というか、寝床というか。これいは一定距離ごとに上に通っている通気口の近くに有ったことから、まぁ、そういう事なのだろう。そいつらの存在は確認できなかったが、出会いたくはないタイプの生物だ。

 住処は水苔をクッション状に敷き詰めて、瓦礫や腐った生皮で周りを囲っている。ヒトの皮っぽいんだが・・・。


「ナチュラリストだな、いたのか」


 なんか聞いたことがあるぞ。


「なんなんだ?」


「んー」


 言いよどんでいる。


「つながれば色々出てくるし、自分で調べても良いんだろうが、いきなり出てこられて相棒があっち側に付いたら困る」


 なんだその、奥歯にアレな感じの言い方は。


「わたしの私見だがな」


私見。

 

殺し屋の”私見”というのも貴重なものだ。


 思考回路が変なつながり方をして、昔の親のことをふと思い出した。

 映画に出てくる殺し屋は、ご高説を宣ったり、殴りながら喋ったりするが、実際にそれをやると、デスフラグにしかならない。

 しゃべる。という行為は考えている以上に脳のスペックを消費する。

 当然、それ以外の機能はスペックダウンする。人間はしゃべると隙だらけになる。

 並列思考や並列進行は、言葉ほど簡単には行えない。

 俺は、がきんちょの頃それを散々味わった。それからは、おいそれと並列思考に手を出さなくなった。勿論、軽々しく言葉だけ言う奴らには吐き気がするレベルだ。

 小さい頃のお稽古で、俺はピアノとヴァイオリンを習わされたのだが、ぶっちゃけ惰性でやっていたし、全く面白くなかった。嫌々やらされる子供のお稽古、あるあるだよな。

 音符を読みながら弾くという行為がそもそも凄まじい手間だ、同時進行がとてつもなく難しい。小節ごとに読み、手や足を動かしてる間に次を読む。その繰り返しで、詰まるとパニックになる。あれどこからだっけ?

 へたくそなりにも慣れてくると、手が自動で動くようになってくる。

 そこから、とんでもない量の練習をこなすと、だんだん意識を割く量を調整できるようになり、暗譜が出来るようになってくる。

 だが、そこまでだ。

 同時に歌うのはいけない。口も同時に動かすと、手が疎かになる。

 ある程度はイケるんだ。でも、どちらかがしょぼくなる。どちらかが引きずられる。指にも、言葉にも心を同時に割くという作業が出来ない。

 無理。

 心を込めて歌いながら、クオリティを落とさず演奏出来る人は、頭の中がどうなっているのか、当時不思議だった。同時に思考するという作業はそのさらに上をいく。

 そしてそれは、もしできるとしたら実際は同時ではなく一つの思考だ。並列ではない。

 

 二秒だけ脱線したが、殺し合いながら喋りあうというのは、達人でも不可能って事だ。殺し屋の気持ちは基本的にターゲットは聞けない。少年漫画の展開とか、自分の手段や気持ちをベラベラ喋る奴は現実には存在しない。

 聞くときにはどっちか死んでるからな!

 それじゃ面白くないから、エンタメは喋りまくるけど。

 俺にとってそれが、経験則からくる事実であっても、当時の親に言っても努力が足りないだけだと鼻で笑われた。芸能人が同じことをテレビで言

ってたら、流石だとか良く分かってるとかベタ褒めだったので。何を言うかではなく誰が言うかなんだな。と、子供心に悟ったものだ。説教と高説は自己満足だけだと、昔誰かが云ったよな。所詮、俺の主観でしかないが、その主観から生まれる俺の興味は本物だ。

 そんな訳で、こいつがどんな事考えてるか生の意見や思想が聞けるのは、ターゲットとしてめっちゃ貴重だ。付加価値が高いのは、モノもコトも大好物だ。


「ナチュラリストは二種類に分かれる。捕食者と崇拝者だ」


 マテマテ。なんか初っ端からきな臭いぞ。


「捕食者はエルフと言われる。見た目は耳が長い美男美女だ」


 エルフは知ってる。まぁ、定番だな。籠原ジャンクションにもそれっぽいのはたくさんいた。つつみちゃんはハーフエルフっぽかったな。可愛かった。


「エルフは、三歳までの間にイニシエーションとして脳分轄の手術を受ける」


 ?!


「はぁ?」


 殺し屋はこくりと頷く。


「言葉通り、脳分轄。細かい名前は忘れたが、脳を七分割して、パーツごとに入れ替え可能な状態にする」


 いやいや。死ぬだろ。てかそれ、・・・死ぬだろ?


「マジだ」


「ぇえー・・・」


 ドン引きだわ。


「奴らは脳が使えなくなるとパーツを換装する」


 色々とオカシイ。


「なんで、使えなくなる前提でいるんだよ」


「老衰により、肉体が使えなくなった場合。プリオン異常により、脳が使えなくなった場合」


 理由がイヤ過ぎる。


「優秀な脳は大人気だ。強い脳はエルフ同士で殺して奪うまである」


「それは、自我とかどうなんだ?」


「知らない。誰も研究してないしな」


 誰も?


「奴らは、相棒ほどではないけど、レコードの深い部分まで潜れる、当然、改ざんができる」


 レコードって、アカシック・レコードか。あれを改ざんなんて可能なのか?


「研究データには公開と同時にウィルスを送ってくるし、特定されて殺される」


「プリオン異常ってもしかして」


「そうだ。主食は人肉だ」


 主食かよ。


 確か、哺乳類は進化の過程で、同族を喰う事を遺伝子的に否定し、排他したと聞いたことがあるが、真っ向から否定する奴らだな。


「ナチュラリストの経済理念は、”自然への回帰”だ。元素を属性と名付けて妙な分類をして、ファージの事を魔素とかエーテルとか言ってファージによる現象を奇蹟とか魔法と言って崇める。勿論、気に入らない技術と文化は徹底的に破壊する」


 害悪でしかない。


「っと待て。下で聞いた話だと、地上はコントロールされてるんだろ?何で殲滅しないんだ?」


「わたしも、下の役場で聞いてみたが、言葉を濁した。多分、害悪を見える形にしておきたいんだろう」


 ああ。あれか。克服の法則か。


 認識し、名前を付け、対策を取る。その三ステップで人類は今まで様々な恐怖を克服した。

 害悪を見える形にしておくことで、それなりにコントロールし、危機対処しやすくしてるのだろう。獅子身中の虫は対処のコストが跳ね上がるからな。

 隣で人食い村作られてる俺らはたまったもんじゃないが。


「奴らは、差別やランク付けが大好きだ。長命の一族は自ら貴族とか名乗ってかなりはっちゃけてるし、奴らの社会全体がそれを容認してる」


 それが本当だとしたら。


「地上ではどう対応してるんだ?」


「勿論。見つけ次第殲滅する。誰だって喰われたくない」


 コボルドが可愛く見えてきたわ。


「ファージ接続したら気をつけろよ。調べられてると察知されたら少々手間だ」


 少しの手間で済むのが凄いよ。

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