第24話 探索開始
出発の当日、久々に山口係長に会った。
あのドヤ声女だ。部下を五人連れていた。支線の所まで引率するそうだ。
「一応、上越ラインで事故ると困るから」
ビオトープに入ってくる時に上がったあのホームからまた出ていく。
支線付近のラインは当然減圧空間なので、閉鎖しないと立ち入りできないのかと思ったが、来た時みたいに入り組んだ狭い通路をライン沿いにひたすら歩くなんて苦行はしなくて済んだ。
メンテナンス用に資材搬入のトンネルが併設されてる。
そりゃ有るよな。
これは、本線と同じ径で、組み立てたラインパーツをそのまま転がして入れ替えする為に最適化されている。
ライン自体は、昔よくあった未来想像図みたいに透明なチューブで出来ている訳はなく、長さ一メートル、径は十メートル、厚み十センチ程のチラノ繊維複合材に隔壁用ソケットが付いており、ドーナツ状になっていて往来用に真ん中で縦に分かれ目がある構造になっている。見た目はバカでかく短い金属の土管だ。
金属で作るとメンテナンス費用がヤバいので、セラミックを使うのだが、セラミックは鋳物だ、炭素の入らない鉄と同じで、そのままでは銅より全然脆い。これを繊維状のケイ素で補っていくのがチラノ繊維複合材だ。これが低コスト、高剛性のトンネル壁になる。
疲労や破損した箇所はソケットから断圧板を挿入して隔離した後、転がして新品と入れ替えるだけだ。
チラノ繊維は経年劣化もほとんど無く、第二のローマコンクリートと言われている。俺の時代から現役の素材だ。
という話を、道すがらドヤ声女がしてくれた。山口係長は鉄ヲタだな。
どでかいメタリック色なミミズに見えるその上越ラインの横っ腹を、搬送用トロッコに乗って移動していると、地下の技術に素直に感動し圧倒される。
所々に、八分割されたラインパーツが積んであり、換装時はこれを現地で組み立てるのだろう。
頻繁に隣のミミズから振動がくるので、中では音速に近いスピードで列車が往来しているのだ。
見られないのが残念。
「正直な話、”後悔だけはしないように”というのが監察課の総意だ」
ドヤ声女は言いにくそうに下を向いて腕を組むと、突入のために準備してる俺らに、爆弾をぶっこんでくる。
俺と殺し屋は顔を見合わせた。
受け答えは慎重にしていきたい。
「というと?」
「戻りたいなら止めないという事だ。違うのか?」
まだ、準備は済んでいない。そして、係長の部下は銃口こそ向けていないものの、全員が短機関銃をたすき掛けにしてグリップを握っている。
入っている弾は鉛ではなく、威圧用の低火力なプラスティック弾なので、隣のミミズに気遣う事無く乱射が可能だ。威圧用だが、十分殺傷能力がある。
スーツは二人とも着用しているが、ヘルメットを割られたらアウトだし、ベルトコンベアを装着してないし、スパイダーの起動もまだだ。
詰んだか?
「本気でトレジャーハントを考えていたのなら、こちらとしても有難いが、”上に戻りたいのではないか”との見解だ」
俺らが黙っているので、係長は話を続ける。
「我々は人が通るルートを開拓したり整備したりするつもりは無い。まだ時期尚早だしな。だが、上に戻りたいのなら、止めはしないし、邪魔もしない」
口では何とでも言える。二枚舌は役人の必須スキルだ。
「君の力があっても、地上にたどり着ける確率はほぼゼロだ。幇助も法的に禁止されている。我々から見たら、死にに行くとしか思えないし。多分、碌な死に方しないと思う」
だが、この地下市民の初めからの一貫した態度は、常に誠意に溢れていた。
昔の日本人を彷彿とさせる。
殺し屋をちらっと見る。
丸い黒メガネをかけた奴は腰に手を当てていて、俺が見たのに気づくと、顎をくいっと小さく動かした。
俺に任せるのか?
「ふぅーっ」
一呼吸吐く。
「そうだ。俺たちは上に戻りたい」
「ここより生きづらいぞ」
「ここより自由だ」
「まぁな」
係長が全員を見回すと、殺し屋含め、皆両手を下げた。
てか殺し屋おまえ、やる気だったのかよ。
「準備できたら隔壁を開く。物資は持って行って良いが、除染しないと感染症が酷すぎて再利用は危険だ」
武器は渡せないが、物資を積載したスパイダーたちの他に、カメラとチャージドッグも持ってって良いと言われた。大盤振る舞いだな。
隔壁から出る前に、係長に肩を叩かれた。
「元気でな。通信機は渡せないが、二日はここにいるから」
肩を掴んで変な顔でモミモミしている。少し痛い。
「死ぬつもりは無い。世話になった」
係長は顔を歪めた。
閉まる隔壁の向こうで、並んで見送る役人たちに手を軽く振り、ヘルメットのカメラを起動する。
低い起動音と共に、吐息で曇っていた視界がクリアになり、ワイヤーフレームで地形が薄く補完される。目の錯覚は閉所暗所では怖いからな。
殺し屋と話し合って、カメラ群は三交代制で周囲に散らす事にした。
六台のカメラ動画は、任意にヘルメットに表示可能だし、異常があれば直ぐにアラートが入る。
元々マッピングは済んでいるし、宝探しのフリはもうしなくて良くなったので、最短距離で鉄道博物館跡に向かえる。
係長が言うには、メンテナンストンネル付近のファージなら弱いながらも地上と接続可能ではとの事だ。繋がり次第迎えに来てもらえば、ある程度の脅威ならなんとかなるんじゃないだろうか。
物資は五日分だから、迎えが直ぐ来ないとかだと自力で耐えきらないとなので、そこは不安要素ではある。
「三十分したら一旦休憩する。それまでに問題が出たらすぐ言え」
「うぃっす」
始めのうち、エアーが柑橘系の匂いがしたのだが、気のせいだったのか、直ぐ気にならなくなった。
可視光のも含め、紫外線も赤外線も、自前でのライトは、目立ち過ぎるので点けていない。この辺りに生物はいない筈だが、万が一がある。周囲に撒いてあるカメラの音波と赤外線から再構成した視界にレンダリングで色を付けていく。ゆっくりと二十分ほど進むと、人工物は無くなり、手つかずの鍾乳洞が始まる。これを洞と言っていいのか。起伏に富んだ広大な真っ黒な割れ目が大きく口を開けている。鍾乳石が上下から無数に生えていて、今にも嚙み潰されて飲み込まれるのではないかという印象を受ける。カメラの光が届く範囲内で視覚補完された景色も、乳白色一辺倒で色の種類が無いのでモノクロかと見紛うほど殺風景な景色だ。
「ここから後十分程進む。カメラはとりあえず五十メートル先に半円状に四台展開、後方には二十メートル空けて二台展開、フローターは温存する」
「了解。ちびるなよ」
「飲ませるぞ」
さーせん。
因みに、カメラ含め、無線等の機材は触覚操作しない。こめかみに指を持ってって通信とかカード状のものを受話器替わりにとかバカな事もしないのはちょっとしょんぼりだ。
憧れるだろ?近未来映画で出てくる、あの片手潰す不用心な通信手段。
ファージ接続は出来ないが、視覚と音声である程度細かい操作ができる。
ただ、無線接続なので、電波の届きにくい百メートル以上の距離だとAIの自律制御になってしまい、リアルタイムの映像やら情報が確認できなくなる。
俺の場合、自重が殺し屋の四倍近いので、足の踏み場に細心の注意を払うのが最重要な役目だ。
踏み抜いた時のリカバーも常に考えておく。
ワイヤーアンカーもアシストスーツと連動させてある、練習はそれなりにしたが。これは最後の手段だ。
アシストスーツの接地部分は面積が自分の足裏の四倍近く有るので、地面への単位面積当たりの荷重は力士より全然少ないだろう。斜面で滑るかと思ったが、底部の質が思った以上に高品質だ。
あれ?
「なぁ、これ、アシストスーツの足裏の耐熱温度何度なんだ?」
殺し屋が動きを止めた。
「考えてなかった」
まじでー。
「でも、月面で活動できる耐久性だと言っていた。熱湯でもドライアイスでも大丈夫な強度だ」
それ以外はグリップがヤバいってことか。月面て温度差どんくらいだっけか?あまり無茶はできないな。
休憩になったら、滑った時用に、ベルコンの片手をアンカーにしとくか。
現在の気温は四〇度、これからどんどん暑くなるのだろうか。スーツのお陰で体感温度は逆に少し肌寒いくらいだ。
「よし、十分間休憩」
見通しの比較的良い丘の上で一休みとなった。
丘と言っていいのか、天井までは五メートルも無いから、圧迫感が半端ない。
喉は乾いてないが、少し水分補給をする。
顎の前にねじ込めるソケットが付いていて、取り付けて捻るだけで外気から遮断された状態で軽飲食出来るようになっている。
口の前に出たチューブを咥えると、冷たい飲料が喉を沁みわたり、思ったより乾いていたと実感する。
「やっぱ相棒のバッテリー、減りが早いな」
「ん?おお」
確認したら、スタートから三十分、歩くだけで殺し屋の二倍近く消費していた。チャージ量から見れば数パーセントだが。
「暴れた時の消費量、細かくデータ取っとけば良かったな」
緊急時にガス欠とか笑い話にもならない。
アシストスーツは装着には多少時間がかかるから、いざって時を考えると外したくないな。
「メンテナンストンネルに出るまでの行程は四十四キロ、現時点で一キロ強。今日中に二十四キロ予定だ。トラブルが無ければこのスピードでも余裕で達成だな」
「ベルコンだけスパイダーに積むか?」
「いや、出来るだけ慣れて欲しい」
「だよな」
ぶっちゃけ、威力出せるようにはなったけど、コボルド相手に立ち回れるほど巧く動かせないんだよなぁ。重すぎて速く動かせないから、ディレイだよな、やっぱ。でも、バリエーションがまだ少ない。そんなぽんぽん使えるネタが出てこない。あいつら、一回見せたら二回目通じないし、面白がって真似してくるからタチが悪い。ネット接続できないのが痛いな。
殺し屋とのスパーリングでは完敗している。アシストスーツ無しならそこそこイケる自信は有るが、アトムスーツの傷が命取りだからノーダメが理想だ。
ベルコンだけで数を捌ける自信はまだ無い。
出来るだけ慣らすしかないか。
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