第23話 生き残るための力

 アシストスーツはすごかった。


 スーツ自体の重さが五十キロ近くあるのだが、最新型の炭素繊維を使い大気圏突入に百回耐える事がウリな強度の骨格にみっちり黒い筋肉が付いている。

 俺らの時代にも炭素繊維は色々あったが、文明崩壊してもこの辺り日進月歩なんだな。

 百七十五キロのベルトコンベアを、ミシミシと人工筋肉を軋ませて振り回す。蛇腹剣を訪仏とさせるが、モノが重い上、重心が安定しないので、背中に背負い、必要な時だけ第三の腕として使うのが良さそうだ。


 殺し屋が、俺の動きを見て苦い顔をしている。


「なんだよ」


「ベルコンは簡単には壊れない。もっとしならせて思い切りよく振れ。それじゃ威力が全く無い」


 重量物はスピード無くとも脅威だろ。反動で自分も危ないし。


「これでも、軽く力入れるだけでコンクリに穴が開くんだが」


「その鈍さじゃ、コボルドにも余裕で避けられる」


 いやいや。いやいやいや。


「これ持って犬とヤッたら袋叩きに遭う未来しかないぞ」


 あいつら反射すごいし、戦闘民族だし。


「ベルコンは、コボルドが束になってかかってきてもちぎって投げられるように持っていく。それ用の訓練をしろ」


 おいマテ。落盤とか滑落のリカバーに使うんじゃないのかよ。

 あいつらの前にコレ背負って出たら、面白がって的にされる未来しかないんだが。


「さらっと危険な出逢いぶっ込んでくるなよ。モンスター退治にいくんじゃねーだろ俺ら」


「地表付近の空洞、メンテナンストンネルからク、鉄道博物館、エヌアール大宮付近沿線は、ほとんどの地域が敵対生物や反社の住処になってる」


 初耳なんだが。


「病原菌や小虫程度ならスーツ着てればノーダメだが、コボルドやナチュラリストに物量で来られると瞬殺される」


確かに、コボルドどころか・・・トンネルとか閉所だと、グレネードばら撒かれただけでミンチになる自信あるわ。

 ナチュラリストって何だ?


「銃は弾が重いしガサ張るしクソ五月蝿い、おまけにすぐ銃が熱くなるから制圧力は一瞬しか無い。これなら、バッテリーさえ有れば金属疲労で分解されるまで対応できる」


「そもそも、あいつらに銃弾なんて当たるのか?」


「コボルドはワザと避けない事があるからまだ当たる方、沿線に生息する野生動物はほぼ当たらないと思った方がいい」


 そこまで?

 あー。まぁ、確かに、俺に遭ったあいつらとかなら、銃の強さ見て威力軽そうだと判断したら、当たっても平気で飛び掛かったりしそうだよな。


「武装した人間の前にヒョコヒョコ出てきてヨーイドンで飛び掛かって怪我しても逃げないのは映画のモンスターくらい。野生動物は、狩るプロと逃げるプロしかいない」


 そういや、昔観たライオンの狩りの映像で、草原で風下の何キロも先から獲物の視線から外れている時だけ”だるまさんがころんだ”しながら少しづつ近づいて、飛び掛かって傷付けて、動きを鈍らせてから逃げ回らせて、弱ってから仕留める映像があった。

 草食獣は視野が広く、電磁波も見えるからその対策で肉食獣の毛皮も進化して電磁波を反射しない材質になって、それでも感知できるよう草食獣も対策をして・・・。

 生き残る力の無いモノは淘汰される世界で生きている生物は、人の想像より遥かに賢く強かだ。RPGのモンスターみたいなアホな生き物は居ない。アホで適応できないとすぐに淘汰される。

 奴らは基本的に、縄張り争いは同族でしかしない。

 なので。出会ったときは、こちらを狩る準備が出来ているときだと思った方がいいだろう。


「先に見つけ、狩る側に回ればいいんだろ?」


 殺し屋はにやりと口の片端を歪めた。


「その前からもある程度は使えるかもだが、メンテナンストンネルからは確実にファージが使える。相棒は得意だろ」


 あれからかなり自由に使いこなせるようになったし。ファージさえ在れば、ショゴスが津波みたいに押し寄せてこない限り、大抵何とかできる自信はある。それに、ファージのネットワークが地上と繋がってればつつみちゃんたちにも連絡できる。


「でも。ぴくぴく虫が四六時中集ってきたら俺でも無理だぞ」


「やめろ」


 殺意が飛んできた。びくっとしたわ。ごめんて。


「似たようなのはいるけど、一部の洞窟だけだ。メンテナンストンネルでは聞いたことがない」


 鍾乳洞出口は誰も近づかない。実質、メタンガス大量なメンテナンストンネルの最深部なんだろ?

 フラグじゃないことを祈ろう。


「あの辺り行ったことあるのか?」


「鉄道博物館跡は何度か足を運んだことがある。付近は九龍城状態で、迷路。外から光は少し入るけど、足場は悪いし、変なもんがいっぱいいる」


 そういうの止めて欲しいんだけど。


「分かりやすく強さ分けして出てきてくんないかな」


 色違いでだんだん強くなるとか、序盤は分かりやすい攻撃しかしない奴とかさ。


「主人公の為に綿密なレベルデザインされるのは良作ゲームの中だけ。現実はクソゲー」


 チートクラスにクソゲー扱いされる現実ってどうよ。




 それから、殺し屋の指導の下、ベルトコンベアの操作に集中した。

 どうも俺の動かし方は癖があるらしく、地面からの力を無意識にインパクトポイントに集めてしまっている。

 これは、鍾乳洞や地盤の悪い洞窟で暴れるには地面を踏み抜くおそれがあり非常に危険だ。多分、瞬間的にアシストスーツの足裏に一トン以上の加重が発生する。

 なので、地面の反力を使わない立ち回りをひたすら練習させられた。

 ファージのアンテナが使えないので、目をつぶってやってる不自由さがある。


「アシストスーツの体軸をもっと信じろ。自分の軸は無いものと思ってベルコンを動かせ」


 言うのは簡単だけどさ。


「しなりと波をもっと巧く使え。ベルコン使えば、右先端から派生した衝撃を最小のエネルギーで左から放出できる」


 原理的には分かるけど。


「ああ」


殺し屋はヤキモキしている。


「構えろ」


 そこでふと、思いついて。ベルトコンベアはアシストスーツの上腕に任せて、自分の腕はスーツから外し、別で構えた。

 足はスーツと一体化してるので、一つの軸から上半身の軸が二つある状態だ。これなら、自分を動かすのに違和感が出ない。


「ふん。まあ良い。ベルコンで殴りかかってこい」


「かざっただけで痛いぞ?」


「良いからこい」


 ったく。ケガしても知らないからな。


 一呼吸置き、ストレートを打つ。


 ジャコッと鈍い音と共に殺し屋の眼前にベルコンの先端を置くと、殺し屋はそれをジャンプ中に片手の平で受け、もう片方の掌底で俺の顎を狙ってきた。


「ふぉ?!」


 なんとか偶々前に出してた両手で防いだが、想像以上の衝撃にアシストスーツごと後ろに尻もちをついてしまった。肩が抜けるかと思った・・・。

 アシストスーツのオートバランサー以上のエネルギーって事か?!

 自重とアシストスーツとベルトコンベアで二百五十キロ以上有るんだが・・・。空中で出せる力じゃないだろ。


「なんだこれ」


「昔からよく言われているだろ。”獣欲業を制す”ってヤツだ」


 全く間違ってるが言いたいことは分かる。


「鞭はしならせると威力が増すだろ?」


 わかる。


「固いとしなりは無くなる」


 わかる。


「ニュートンのゆりかごは知ってるな」


 運動量保存だな。衝突事故で被害を受けた側がぶっとぶヤツだ。


「相棒の右ストレートの衝撃をそのまま受けたら、わたしの腕は壊れる。なので、柔らかく且つ潰れないように受けて、起こりの反動を波にして反対の腕から放出する」


 理屈は分かるが、そんな漫画みたいな事。


「鞭でできる動きは当然、蛇でも出来る。蛇は骨と筋肉で出来ている。関節数と可動域は違うが、人の体でも、物理法則は適用される。頭を柔らかくしろ。余計な力みは力が逃げて威力に繋がらない」


 力みか。力入れないと不安なんだよな。


「相棒の得意な獲物も、初めから腕を力ませてトップスピードだと威力も微妙だろ?」


 ブラックジャックか。確かに。力むのは当たる直前の瞬間だけだな。


「とらすとみー」


 習うより慣れろって事か。

 衝撃を波として流す事にまず集中する。

 インパクトの瞬間自分に来る衝撃を波の初動としてベルトコンベアの反対まで流す。


「競技とは違う。実戦はいつ終わるか分からない。力まない事で体力も温存できるから、継戦能力は格段に上がる」


 継戦かぁ・・・。

 たとえば俺が、人を殴り殺せる力で木刀の素振りが何回できるか。

 相当鍛えても、精々数十回が限度だ。

 腹が減ったり疲れて動けなくなったら相手がやめてくれるなんてことはなく、ここぞとばかりに止めをさしに来るだろう。

 必殺の一撃でバッタバッタとなぎ倒す時代劇の殺陣の再現は、俺には例え日本刀が振れたとしても不可能だと、木刀を振っただけで分かる。そもそも、刀を使ったとしても”バット振り”では人を全く斬れない。

 野生の獣相手に、刃物や銃がどの程度有効なのか。

 連動して滑るように四方八方から迫る獣の群れに対して、俺の技術で毛皮に刃を通して且つストッピングする自信は無い、閉暗所でストッピングパワーのある強力な銃をコボルドにしっかり当てる技術もない。

 この”ベルトコンベア=超硬度重量物の高速運動”は割と有効な手段に思えてくる。


「叩く衝撃だけでなく、突きの衝撃も流せるようにしろ。両方一編に受けても原理上逆に同時に流せる」


 柔よく剛を制すは面白い言葉だ。大昔の中国人は天才だろ。

 強力なパンチは反動も凄い。自分のパンチに耐えられる強靭な体作りも必要になる。

 いくらパンチが強くとも、素手でコンクリの壁を殴ったら自分も大ダメージだ。当然、コンクリでなくとも人体であれ丸太であれ、威力に比例して反動は大きく発生する。

 弱いパンチなら、素手でコンクリ殴っても、被ダメは少ない。

 威力は強く、被ダメは少ないのが理想だ。

 それを体現するのが”柔よく剛を制す”だ。

 自分を柔らかく保つことにより、発生するエネルギーにおいて相手のみにダメージを負わせる。

 戦闘において理想的ではある。

 実際やるのは至難の業だ。


 と思っていた時期が自分にもありました。


「割と楽にできるな」


 ベルトコンベアを水面に見立てて想像すると、キレイに動かせる。

 腕の延長と考えるから腕の動きしかできなかったんだ。

 八十個のパーツを柔らかく保ち、揺らめき、伸縮する水面と化す。


「慣れてきたら、どんな体勢でもどんな位置からでもどんな方向にも出せるようにしろ」


 無茶ぶりすぐる。


「伸縮させるには、ガチガチにさせないである程度緩めとかないとだな」


「そうだ。固くするな。余計な力みは全部無駄だ。そぎ落とせ」


 生き残るために必要な最低限の力か。


 高速で連携して襲い掛かってくるコボルドだったら?

 閉所でスタングレネードの後、突撃銃で制圧されたら?

 遠距離から大人数に鴨撃ちされたら?

 毒蛇の沼に投げ込まれたら?

 至近距離から糜爛性ガスを吹き付けられたら?

 寝て起きたらショゴスが添い寝してたら?


 ぴくぴく虫のプールに沈められて生きてた奴の言葉は重みが違う。


 俺はまだ、生きるために力みすぎている。






 

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