第19話 強制ファンディング
この地下世界には、新しいことを生み出そうとする概念が無い。
決められたことを、正確に継続することに全力を注ぎ、それが基本原理となっている。
今までに何度も、変革や革新を試みた者がいたが、全く上手くいかなかったそうだ。これは、同調圧力とか既得権益保護が理由では無い。
新技術の開発や、生産性の向上は推奨されてるし、専門に研究する施設も五万とあるのに、成果は芳しくない。二度の文明崩壊以降、地上からの技術流入が途絶えたという理由もあるが。単に、世界規模のビオトープ運営が完成された組織と設備で、これ以上改良しようが無いというのが公式見解だ。
恐ろしいことに、ビオトープ運営は都市計画や技術向上による未来設計も含まれていて、二十一世紀の天才集団が作った運営白書に則って着実に進められている。
地上への物資供給による資金流動などの経済活動は、来るべき惑星開発の為の人類保護の側面が強い。計画は千年規模と途方もなく、衛星軌道上における地球周回加速器の建設、月との輸送を増加させるムーンベルト計画、小惑星帯の資源を使い木星を鉄による磁界化でコントロールしていく筑波計画、発電施設を太陽表面に作るダイソンリング計画、最終的には白鳥座などへの人類移住を念頭に置いている。
凄まじいな。
ただ、軌道エレベーターが満足に使えない現在、意見が割れていて、上空にある膨大なショゴスのコントロールを取り戻すのが先か、一旦絶滅させて新しく安全な食糧元を育成させてから衛星軌道開発を再開するか協議中だそうだ。
ショゴスをコントロールするには、誘導因子を活性化させ、既存種に負けないものを衛星軌道で繁殖させなければならず、これはDNA設計は済んでいて、廃棄場における治験段階まできている。
一旦全滅させる方が簡単なのだが、コストが莫大で且つ、食糧供給サイクルが崩れ、地上の人類が死滅してしまう為、事前に地上での自給率増加をさせてからの話になるのだが、地上でのプラント建設にはリスクが山積みで、南極に何基か試作して検証中だそうだ。
地球の資源って、有限なんだな。
使い切るのが先か、宇宙規模の生命になるのが先か。
ショゴスの二択自体、百年単位の規模なので、俺の寿命が尽きるまでに選択肢が実行されてしまうという事は無さそうだ。
この情報は、俺が盗み出したものでは無い。
生体接続できる俺がネットに接続すると何が起きるか分からないので厳しく制限されているだけで、殺し屋が検索する分には全く問題が無いと言われた。 ”情報を出力して、それを俺が見るだけ”と覚書をして、検閲されながら調べた内容だ。
地下の住人が強権的な選民思想家じゃなく、人権を大切にする奴らで良かったよ。
一つ、調べてて残念だったのは、どれだけ科学が進んでも、瞬間移動や量子ポーテーションは不可能だという事実だ。仮に移動地点の設定をするにしても、無線での座標固定は光の速度で無軌道拡張する銀河内で不可能だし、有線で移動するにしても量子化した時点でそれは生命として一度死んだ事になってしまうそうだ。パッと消えてパッと別の場所に出現するのは、ファンタジーだけの特権みたいだ。
恒星間移動も、準光速が限界か・・・。ゲーム好きな俺としては少し残念だ。
俺ら二人はもう地上に出られないし出る気が無い、と見越しての今の待遇なのだろう。
調べていくほど、上に戻って良いのかどうか迷い始めていた。
人権がほぼ無くてサイバーパンクな無法地帯に戻るより、このまま安寧な世界で寿命を全うした方が良いんじゃないか。とか、頭を過ったりする。
そもそも、この殺し屋が何で野放しなんだ?ここは危機管理とかどーなってるんだ?
警備や保安についてどうなっているか殺し屋に聞いたら、既に調べていたらしく、自室でこっそり教えてくれた。交換条件で抱っこさせて髪の匂いを嗅がせろと言われた。
「保安と修繕を兼ねて、巡視官とロボットがランダムで動き回ってる。これは平均値だけど、千人当たり五人と五体で常に人一人ロボ一体がセット。このビオトープには二十四時間四交代制で三十二人が在職。これとは別に、機動隊が四十人以上、救急隊員とかが二百人くらい。緊急時の治安維持ロボットは数える気が失せるくらいある、外部のアクシデントにはロボットは使わないで、あの初めに会ったあいつらが担当だって」
くんくんしている。
「ここで犯罪とか起きるのか?」
「例外はどこにでもある、地上に比べれば犯罪件数は無いようなもんだけど、犯罪者で更生の余地が無い場合、記憶消去後、南極送りがデフォ」
記憶消去かよ。ロボトミー手術でもすんのか?
「私らが出て行くとなっても、止めないと思う。出るルートは見通しが立ってるけど、今ある情報だけだと自殺行為」
「落ちてきた穴を登るのか?」
「あ~、あれは無理無理。足場無いし。外部からの操作不可な自律ミキサーが巡廻してるから今度こそゴミになって落ちてくる」
よく俺ら生きてたな・・・。そんな死に方は嫌だ。
「ふふん」
なんだよ。
「お前が自堕落で怠惰な豚でいる間、私はずっと戻るために情報収集していた」
俺だってなぁ!ネットが使えれば!
「足も手も口も使った。なんならお前がいびき掻いてる間も動き回ってた」
マジで、全然気付かなかった。こいつそこまで・・・。
本当に上に戻りたいんだな。
「早く元の生活に戻りたい」
動機は不純だけど。
「なので、教えを乞え。私に協力しろ。寧ろ隷属しろ。崇め奉れ」
無言でもムカつくけど、口を開いたら開いたで相変わらずムカつくなこいつ。
「おーけー。おーけー。俺の負けだ。奴隷にでも何でもなってやる。ただし、地上に出るまでが条件だし、理不尽な案には賛同しない」
「奴隷はいらない。背中を任せられる相棒が欲しい」
お前それ言いたかっただけだろ。
「そんなに奴隷になりたいのなら、下の世話も任せる」
「やれやれみたいな不憫な目で見るなよ!」
「スリーパーは奴隷が大好き」
「ねーよ!」
正直、俺は情報に飢えているんだと思う。
あの無限とも言える情報の海から隔絶され、脳死状態で堅実に日々生きていくこの仕組みが苦痛なんだ。
人類の繁栄には確実に貢献してるのだろう。
孤独に、昔に触れられない現在に胸が苦しくなる。誰も居ないのはもう我慢できる。だがせめて、懐古くらいしながら生きさせてくれ。
「相棒の戦力が鍵になる。使いこなせそうなモノを選別しておけ」
意味不明なリストを渡された。当然、戦力以前に兵器ですらない。
「建設コンテナ、気球射出装置、ベルトコンベア、自動卵割り機・・・?」
ジャンル様々で妙な機器ばかり羅列されている。
「どう戦力につなげるんだ?」
「相棒単体では、警備ロボ一匹止められない」
あ、もう相棒確定なんだ。
「ここにある機材は全て、人工筋肉をファージによって動かしている」
お?
「そう。空気中に存在しないだけで、使われている物もある。ファージがあれば、相棒はそれを自由に動かせる」
確かに。やったことないが、繋がれば何とでも出来そうだ。だが。
「プロテクトとかされてんじゃないのか?」
殺し屋が頷く。
「電子的にはされてた、でも、ファージの管理はガバガバだった」
俺のネット接続が異様に厳しく制限されてるのもそういう意味があったのか。
「やるじゃん」
「もっと褒めろ」
止めた。
「褒めろ」
顔がマジだ。
それから、何故か俺は奴をヨイショする下らない言葉を小一時間ほど並べる事になったが、なんとか計画を詰めていく。
ビオトープ間の流通や交通は活発だが、地下のビオトープから地上のコミュニケーションは物流と登記、登録者情報関連以外完全に隔絶されている。
地上へは、物流による食糧、建材、生活物資、医療物資等、供給はするが、兵器の供給は厳しく制限されている。
勿論、過干渉厳禁とされていて、上でどれだけ人が死亡しても、不干渉だし、上からは下で何が行われているかよく分かっていない。上下の人の行き来も全く無い。もしかしたら、有るのかもしれないが、俺らが見られる記録には残っていない。
地上に出る道はそもそも南極など特殊な事情の場所以外無いのだが、殺し屋は一つのルートを見つけてきた。
ビオトープ間を繋ぐ極低気圧輸送、これは常に改修と新造が繰り返されており、地震や事故により、廃線となった所も大量に存在する。
その中で、北埼玉ビオトープに比較的近い路線で新造中に頓挫した計画がある。上越ラインという上野から高崎までを繋ぐケーテツに支線としてあったこの何本かの路線計画は、数年前に希硫酸を含む湧水層にぶち当たった為計画を断念した。
この世界の脅威は、分かりやすい形を取っていない。
俺のよく好んだファンタジーだと、”脅威”とは、異界や異国からの侵略だったり、疫病だったり、人が討伐しやすくカテゴライズされた怪物だったりする。
この世界にも、同じ部類の脅威は有る。だがそこに、シネマティックファージ特有の脅威が加わる。
自然現象により、誘発される事象は想像を絶しており、フィラデルフィア現象が起きたり、神話生物の発生が確認されている。
シネマティックファージに蓄積されていく情報、そこから出力される自然現象は人の意志を無視して無作為に発生する。利根川地下を中心として石灰層に形成された広域鍾乳洞には、事前測量により、地上まで人が通り抜けられそうなルートがいくつか見つかっているが、そこには、シネマティックファージの澱みが発生しており、脅威となり得る現象が発見されている。
測量自体が五年前のモノだったが、大規模な地震は起こっていないので、大きなルート変更は無い筈だと殺し屋は言った。
まず乗り越えなければいけないのが、希硫酸の塩湖、これは入り組み枝分かれしながら四十平方キロほど広がっていて、いくつも渡りながら少しづつ登っていく。空気は酸素が無く、気温も安定しない。ファージを大量に含む嫌気性の有毒な細菌で満たされているエリアも多いので、完全密閉のアトムスーツで、移動していく事になる。
石灰層を抜けると、メタンガスが主成分の湧水エリアが始まる。大昔、活断層に沿って作られた取水パイプで、生産性が悪くなり廃棄されたエリアだが、このパイプがメンテナンストンネルと並走しているので、道なりに地表近くまで進める。最悪パイプが使えなくともメンテナンストンネルが崩れてなければそこを通って、”大宮から鉄道博物館跡の間のどこか”辺りに出ていける筈だと言う。
「勿論、映画みたいに行き当たりばったりはしない。事前にワームとフローターでルート選定はする」
当然だ。行き止まりとか、閉じ込められるとかだと洒落にならん。
「相棒には実況動画を見ながら、ルート検証をしてもらう」
「安全なルートなんて分からないぞ」
「地質や構造体の強度はある程度調べられる。落盤や事故を想定して三つ以上のルートで考える」
「それ、俺の検証いるのか?」
「行き当たりばったりで死にたいのなら初見で行くと良い」
「じっくり検証させてもらおう」
機材は全部調達すると言っているが、どうするつもりだろう。トラブルは避けていきたいし、記憶消去で南極送りとかは避けたい。
資金提供しろと、貯め込んでた日当を全部接収された。
おやつ代だけ残してくれた。
畜生。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます