第18話 決意表明
ドヤ声女は、北埼玉ビオトープの環境推進課廃棄物対策担当係長の山口と名乗った。
ここは只の観測基地なので、必要最低限の設備しか無く、正式な手続き等する為に一度ビオトープ内の市役所まで同行して欲しいと言われた。
その後、殺し屋も含め全員で戻る事になったのだが、隣の部屋で拘束布とベルトでグルグル巻きにされてミノムシ状態でぴょんぴょんしている。
「ふんぐーっ!」
ガスマスクで良く見えないが、口にも何か咬ませてある。
何故俺に体当たりする!ヤメロ、引っ付くな。
「このまま引きずっていくのか?」
隣にいたでかいのに聞くと。
「足は拘束を解く。スーツ着てないとたどり着くまでに死ぬしな」
良かった。こいつ引きずっていく拷問やらされるのかと思った。
着替えた後、配管だらけの暗く狭い通路をそこから二時間ほど歩き、熊谷ターミナル辺りの地下であろう線路に出た後、直ぐに北埼玉ビオトープに着いた。着いたといっても、上のジャンクションみたいにモニュメントとかは無く。密閉された線路がある地下鉄の駅だ。
ビオトープ内の地図の一部を見せてもらったら、市役所の区画だけで渋谷ダンジョンくらいの規模だった。
昔のアニメのジオフロントみたいに大規模な空間に移動可能な高層建築が立ち並んでいなくて少しがっかりだったが、地表近くはどうなんだろう、調べる術も今は無いし、こいつらに聞いても不信がられそうだ、殺し屋には・・・、こいつ話通じるのか?
この地下鉄が地下世界のみの交通機関だとしても、完全に隔絶されてるなんてことは無い筈だ。
ん?
「地下鉄?」
この深さで何で?
「その名称は言わない方がいい」
隣を歩いていたドヤ・・・山口係長が囁く。
「今は、地上の交通でもそうは呼ばない」
学校では習わなかったな。
「何て言えばいい?」
「ここの長距離輸送は、極低気圧輸送がメインだ。ケラーマン・トレインが商標で略称は”ケーテツ”って呼ぶ。上は全部一緒くたで、”エヌアール”だ」
地下鉄などと言ったら、おかしな目で見られるし、勘が良い奴ならサーチしてくるそうだ。
「空気中にファージがほとんど無いのにどうやってサーチするんだ?」
可哀想な子を見る目で見られた。
「あんたみたいに、生身でフル接続出来る人間はこの世にはいないんだよ。皆、外部の機器から情報取得するんだ」
そういや、そうだった。
「因みに、接続許可は下りないからな」
詰む。
「接続機器も絶対に渡せないだろう」
ちょっと待て。オフラインで生きろというのか。
「諦めろ」
第三の人生は割と直ぐ始まった。
ネット接続が禁止とか、ファンタジーの村人かよ。
知りたい情報にアクセスできない閉塞感は、上での生活の比では無い。
俺は労働キャンプに送られた。ここはまんま労働キャンプだ。しかも何故か殺し屋と同室だ。訳わからん。こいつ一応女なんだけど。良いのかよ。
全てのスケジュールが管理され、それ以外の行動が許されない。午前中は研修で、生産する食材の育成や管理の仕方について学ぶ。午後は、実地訓練で、これが三年程続いたら、専門職を選んで生産に専念させるという事だ。
上で異様にクオリティが高い食材が好き放題物が喰えるのは、下でこんな事が行われているからなのか。
確かに衣食住は満たされているが、誰も嫌だと思わないのか?
食事の時隣に座った奴にそれとなく聞いてみたら、キレられた。
この安定職に就く為にはかなりの難関を突破しないとたどり着けないらしく、維持できる生活水準もコストがかなり高いそうだ。
どこが不満なんだと。逆に聞かれたが、身の上をバラさないよう固く口止めされている。ネット接続出来ない事以外特に不満点は無いが、うかつにその事は口にできないので返答に困った。
殺し屋は、いつもニヤニヤして俺に異様にくっ付いてくる以外は普通に順応している。頭の回転もかなり早く、俺より物覚えが良い。畜生。
こいつは、ネット接続禁止されて、自由行動も禁止されて、何とも思わないのだろうか。
拘束されてひと月も経った頃。夜、二人して自室でコーヒーを飲んでいる時、なんでいつもそんな嬉しそうな顔をしていられるのか聞いてみた。
「この生活がきつくないのか?」
俺から話しかけることは稀なのだが、レスポンスは直ぐに来た。
「いつまで我慢できるのか、見ているのは愉しい」
このやろ・・・。
「殺す方が愉しいでしょ?たくさん殺そうよ」
嬉しそうに言う事か。
「一緒にするな」
「だって、知ってる。あの時代の人間って、異性を大量に侍らせて、自分より弱い奴に難癖付けてぶっ殺しまくるのが大好きなんだ」
「一緒にするな」
「当時の流行りものは皆そのパターンだった、ちゃんと調べた」
「誰でもハーレム好きだと思うな。それに、人を殺しても何も解決しない」
こいつ職業殺し屋なんだから、否定してもどうしようもないな。
奴は片眼を瞑り、顎に指をあて首をひねっている。
ヤメロヤメロ。そういう無駄な悩み止めろ。
「わかった。んじゃちゃんとわたしと殺し合おう?そしたら解決!」
お前は何を分かったんだ。
油断はしていなかったが、コーヒーの残りをかけられた、シミになるだろ!
避けずに見てたらやはり、テーブル越しに平手で目突きが飛んでくる。椅子ごと仰け反った顎に前蹴りが来て、避けて倒れ込んだ所にもう片方の足で首を踏みに来た。転がって避ける。ギリだった。ワザとか?
「うんうん。それそれ」
肩と腰をうねらせながらニヤニヤしている。
こいつは兎に角、運動神経が良すぎる。コボルドたちも反射が狂気染みてたが、こいつの場合、理路整然と反応してくる。しかも軽そうな攻撃の一手一手が全部致命傷クラスなのが手に負えない。
当然っちゃ当然か、こいつはスポーツ選手ではなく、殺し屋なんだ。相手をキレイに傷つけたり、チャンバラや組み手遊びする術など、こいつには無いのだろう。
ゲームでしか戦ったことのない素人が勝てる相手では無い。どうすっかなー。もう自爆覚悟の一手も油断してないだろうし。
遅まきながら、気付かれないようにバフを起動。大丈夫。ネット接続出来なくても自己バフなら出来る。
油断せず、だがゆっくり立ち上がる。完全に舐めプされ、立ち上がるのを待っている。
狐に狙われた兎ってこんな気持ちなんだろうか。
兎なら俺より巧く逃げるか。げっ歯類は逃げる天才が本能に沁みついている。
俺が逃げようが立ち向かおうが、こいつは躊躇なく俺を殺そうとするのだろう。
俺はこいつを殺せるのか?
「お前を殺して、上に戻る」
口に出して言ってみた。出来るのか?
奴は動きを止めて目を細める。
ああ。見透かされても、もう決めたよ。
俺はきっと、自由に生きたいんだ。
「うん。良いね!」
奴は何事も無かった事にして、シャワって寝てしまった。
油断するのを待っているのかと思って、奴が寝息を始めるまで俺は動けなかった。
何考えてんだコイツ。
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