第17話 白い部屋
蓋の外に出てみるとサーチライトで照らされた周囲には刺股を構えたガスマスクに防疫スーツが五人いて、殺し屋はそれ以外の三人に腕を極められて押さえつけられていた。
話は通じるのか・・・?
「ほら、やっぱ二人じゃんかよ。二足歩行で手が四本のショゴスなんている訳が無いんだよ」
第一声は若い女のドヤ声だった。
「もしもって事があるだろ。あのサーモ画像だけじゃわからん」
一番でかい奴がくぐもった低い声で応える。
とりあえず、動けるうちに聞いておくか。
「俺たちはどうなるんだ」
蓋はまだ空いている。俺だけなら下に滑り降りられる。
ガスマスク共は、小柄な奴、さっきのドヤ声の女を見る。決定権はこいつにあるのか。
「洗浄、それと」
ドヤ声女は殺し屋のパイプを見て。
「治療かな」
ガスマスク共は”ヤレヤレだぜ”と顔を見合わせている。ドヤ声女は刺股を肩に担ぎなおし、ため息と共に歓迎の言葉を吐き出す。
「地下世界にようこそ」
一応助かったらしい。
その後、パイプとコードだらけの暗く狭い通路をしばらく歩かされた後、殺し屋とは一旦別々になった。放水で洗われたのは初めてだ。
刑務所とかで水を浴びせられて拷問される映画とかは観た事あったが。
”そのままシャワー室に入られると危険だし臭いが移るので、一旦これで洗い流した後、防疫検査してからシャワーにしてくれ”と言われた。
水圧で結構痛かった。
身も心も綺麗になった後、治療ポッドにぶっこまれ、空腹以外ほぼ全快した。出てきた後、身体を拭いている時に奴の事を聞かれ、一緒に落ちた。とだけ伝えた。
多分、色々ヤバイ物持ちまくってただろうから、大事になっているのだろう。身から出た錆だ。
俺の方は、ここまで至れり尽くせりで、拷問エンドはまず無いだろうが、ファージが空気中に存在しないのが気にかかる。
お陰で、つつみちゃんと連絡が取れない。知り合いに連絡させて欲しいと言ったら、係長を呼んでくるから待ってろと言われた。
嫌な予感がする。
窓の無い真っ白な部屋で待たされたのだが、鉄パイプの簡易ベッドと折り畳み椅子しか無い、何の用途の部屋なんだここは。その間、担当についてたデカい奴に腹が減ったと言ったら、レーションを渡された。よりによってレーションかよ・・・。しかも賞味期限切れだ。
「すまんな、モノ喰う所じゃないんだ、経口摂取が危険な区域で基本禁止されてる」
そんなにヤバいのか。大丈夫なのか俺ら。ここよりさらに下で傷だらけで動き回ってたんだけど。
二時間近く経って、ようやく来たドヤ声女は少し疲れた顔をしていた。
「何度皆を呼ぼうと思ったか」
俺をベッドに座らせ、自分はその前にパイプ椅子を持ってきてどかっと座る。髪が少し乱れていて、頬に引っかき傷があるが、キノセイだろう。
「一人で面倒見たのか」
俺がそう声をかけると、少し変な顔をした。
「ご家族?」
全く似てないと思うのだが。
「通りすがりでたまたま一緒に落ちただけだ」
「そりゃ災難だったね」
それから、色々衝撃的な説明を受けた。
まず、ここは地下二千八百メートルにある観測基地の一つで、熊谷観測所籠原支所と言うそうだ。
「にせんはっぴゃく・・・」
ジオフロント構想でもかなり上の層だった、SF好きな俺からしても胸の躍る深度だ。
でも、そう考えると、あのゴミ山は色々とオカシイ。確かに蒸し暑くはあったが、人が生きていられる気温と大気だった。長時間いたら確実に死んでいただろうが。
確か、地下深く掘っていくと温度がどんどん高くなり、酸素の確保も難しくなる。なので、三キロ以上地下にある、あんな広大なゴミ捨て場の環境を人が生きてられる環境に維持するコストは天文学的な金額だ。
それを聞いてみたら、あのゴミ平原の下は海水が流れているのだそうだ。流れていると言っても、そのまま水が流れている訳ではなく、粘土層を挟んでその下には厚さ数百メートルの珪藻土層があり、そこを染み渡る感じで何百年もかけてゆっくり対流している。
言われてみれば、空気は蒸し暑いのに、地面や水たまりの汚水は冷たかった気がする。
「空気はどうなっているんだ?酸素は?」
「基本的に空調は無い。ダストシュートの弁が空いた時だけかな」
偶々、周りにショゴスが多かったんじゃない?酸素放出すんじゃん?と軽く言ってくれるが、割と詰んでたんだな、あの状況。
「いつ帰れるんだ?」
ずっと、気になっていた。
ドヤ声女は少し言い淀んで、俺の目を見る
「残念ながら、上に生きたまま戻るルートは存在しない」
おっとぉ?
「データも、物資も、全て籠原サーバーでフィルタリングされてる。例外は無い」
どういうことだ?上の何でも出てくる謎物流と関係あるのか?
「この、北埼玉ビオトープは物流以外で地上とコンタクトを取ることは出来ない。上から発注が来て、下から送る。上からゴミが来て、下で処理をする」
それだけの関係だ。と草タバコを手のひらで器用に巻き始めた。
「吸って良い?」
どうぞ。と手を差し出す。
にこっと一瞬愛想笑いして、美味そうに一服してからまた話し始めた。
ゴウンと音がして空調が強く作動し始める。
「ビオトープ内では、シネマティックファージ接続は禁止されているし、ファージ自体が空気中から除去されてる。地下の他のビオトープとは連絡が取れるけど、ここは、地上とは隔絶された別の世界って考えてもらって差支えない」
そんなことってあるのか?ありえなくはないのか?
現に、俺たちは生きたまま落ちてきたのに。
「あんたらみたいなイレギュラーは年に何度かある」
脇から拳銃を出す。
「無かったことにするか、ここで生きていくか。決めろ」
銃を持った手を膝に置き、タバコの残りを一気に吸い込むと、吸殻を足で潰した。
別に、地上に思い入れは無いが、あのニート生活を放り出してまた一からやり直しというのも寂しい。つつみちゃんは俺が消えて発狂しているのだろうか?箱の皆総出で探しているのかな?
ないな。
俺がいなきゃいないなりに、世界は回っていく。人一人の出来る事はそう多くない。
それに、俺がここでここで生きていく事を否定しても、そう簡単には殺されないんじゃないかと踏んでいる。対応が丁寧過ぎるからだ。どうせ、見た瞬間地下市民登録照会されてるんだから、俺が何かはバレている。殺すならすぐ殺すし、利用したいなら直ぐ無力化して脳だけ摘出するだろう。
あいつの方はどうなったんだろう?んー。何て聞こう。
「もう一人はどうなった?」
返答は無く。無言で数分見つめ合う。
駄目だったか?まぁ、殺し屋だしな。
「彼女は、決定権はあんたに委ねるそうだ」
生きてるのか?それになんだそれ?意味が分からない。
余計な情報は与えたくないが、言わな過ぎて立場が悪くなるのも困る。
ただ、あいつの命もってなると、選択の余地は無い。因みに、あの殺し屋が可愛くて好きになっちゃったとかそういうのでは全く無い。殺そうとした相手に命を預けるってどういう気持ちなんだろうとは思う。
「どうすればここで暮らしていけるんだ?」
ドヤ声女は銃を仕舞った後、大きく溜息を吐き出す。
タバコ臭い。
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