第16話 ゴミ平原 

 痛い。


 地面に、身体がくっついてしまったのか、引きはがそうとするとぶっ壊れそうなほど痛くて、動けない。

 このままだと、確実に死ぬ。右半身の感覚が痛い以外無い。

指の骨が飛び出て、爪が何枚か剥げてどこかへ跳んでしまっている。足は、足首があり得ない角度になっていて、腿から内出血している。

 アバラや背骨は大丈夫だろうか?とりあえず、左手は動く。

 激痛に脂汗を流し、震える左手で内ポケットから緑色の液体が入ったスキットルを取り出す。


 そう。ポーションだ。ヒットポイントが回復する奴。


 勿論、これはファンタジーのポーションでは無い。この間、犬にぶつけられた汚い水風船の中身をつつみちゃんに聞いた所、細胞を活性化させて設計図通りに修復していく組織修復材という液体だと聞いた。高価だが一般的な治療薬だそうだ。

 無いものは治せないらしく、液体が代替できる組織材料で、且つ材料の足りる分しか直らないし、細胞が高速で増殖する為、かなりの熱量とエネルギー消費が発生する。修復速度に値段によって種類があり、熱によるタンパク質の破壊を防ぐために、冷却しながら修復出来る水冷型治療ポッドが救急医療のスタンダードだ。

 これの凄い所は、設計図と照らし合わせながら治してしまうというもので、変なふうに骨がくっついたり、間違って直ったりとかがまず無い。凄くね?!

 粉砕骨折しても、体内で飛び散った骨がちゃんと破骨消化されて血管もリンパ管も神経も筋肉もほぼ元通りに修復される。ただ、こんな逆に曲がった足釘とかは、曲がったままにしておくと流石にそのまま治っていってしまうので、無理矢理定位置に近づける。ぎゃーっ!

 トレーニングで筋肉を破壊し、これでマッスルアップする事も可能だが、高いので金持ちの道楽レベルだそうだ。


 骨を引っ張り、爪を探して貼り付け、早く治るよう可能な限り補助をしていく。激痛は残っているが動かないほどではない。半刻ほどでなんとか動けるようになり、奴を確認すると、心臓は動いているが呼吸は止まっていた。

 左足がひしゃげ、腹から肋骨が飛び出ている。止めを刺しておくか。

 側溝の壊れたブロック塊を両手で持ち、覚束ない足取りで歩み寄る。振りあ上げ、頭に振り下ろそうとし・・・。


 止めた。


 殺し屋を生かしてどうするんだ。バカか?と思う。

 あの頃の法治国家日本とは違う。まず間違いなく、殺されるだろう。

 だが、血の気を失い、弱っていく命を前に、止めが刺せなかった。

 俺の持つ残りの組織修復材で命は助かるはずだ。

 奴の身体を色々引っ張ったり押したりしながら、自問自答する。

 ここで殺されるのか、後で殺されるのか。どうせ死ぬのなら、苦しまずにぽっくり逝きたい。


 奴の鼻を塞ぎ肺に息を吹き込むと、血の匂いが鼻腔を抜けた。何回か吹き込むと浅く呼吸した後、奴は力なく咽て止まらなくなった、肺に血がかなり入っていたな、血煙を吐き出している。

 ひとしきり吐き出した後、口と鼻の周りを真っ赤に染めて、ぼぅっと俺を見て力なく笑った。


「殺すよ」


「喋るな」


 まだ肺の中、治ってないのに。

 案の定またゲホゲホ始める。咳込みながらヘラヘラ笑っていた。


「俺の手持ち分じゃ足りない。お前、修復材持って無いのか?」


「胸の・・・内ポケ・・・」


 あるのかよ。


 治療の為はだけたシャツからノーブラの下乳が見えたのだが、スルーして皮ジャンの内ポケットに手を入れる。


 チクっとした。


 治りかけた爪がまた剥げたのかと思ったが、急激な眩暈が襲う。毒針?!睡眠剤か!?仕込み針があったのか。



「あはは~」


 むくりと奴が起き、俺は距離を取ろうとして足がもつれ、壁によりかかる。かなり強い麻酔薬みたいだ、くっそ。


 朦朧とした俺に、奴は口笛を吹きながら首を絞めようとのしかかってくる。振りほどこうとして、激痛で力が入らず体勢を崩し、壁に手を付いたら、抵抗なく突き抜けた。

 壁ではなく、壁に設置してある押すと開くタイプのダストシュートの蓋だった。コントかよ。

 利かなくなってきた手で、せめてもの抵抗にともみ合いの末、奴を道ずれに二人してダストシュートに落ちていき、何度目かの頭部打撲で俺は意識を失った。




 気が付いたとき、自分が生きているのか死んでいるのか、分からなかった。 夢の中だと思ったりもした。全身の痛みに目が覚め、包み込む悪臭に吐き気をもよおし、目を開けたのだが、目の前が真っ暗で動けない。

 こんなんばっかだな。畜生。

 なんだこれ?埋まってるのか?暗闇の中拘束されてるのか?

 腕に力を入れると、目の前に隙間が出来て少し光が見えた。

 かき分けると、何とか抜け出せる。


 ガンガンする頭を軽く振り、薄赤暗い光の中辺りを見渡すと、俺はゴミの平原に埋もれていたらしい。

 辺り一面、あらゆる種類のゴミだらけで、赤く霧が巻いて見通しは悪い、壁らしきものは見えないが、どれだけ広いんだこのゴミ山。分別大好きな昔の日本人が見たら発狂するんじゃないか?

 この場所は、密閉されているのだろうか?落ちた後運ばれたのか?換気がされている様には見えないが、天井も見えない。この頭の痛みが、脳震盪とかだけでなく、酸欠や毒になる気体の中毒症状だったら即座にここから出ないと詰む。

 そういやあのクソ女はどこいったんだ?

 近くに転がっていた腐りかけた板切れで周囲を引っかきまわしたが見つからなかった。嫌な汗が出始め、眩暈が酷くなったので一息つく。ふと、視線を感じたので辺りを見回すと、ゴミに埋もれたコンテナに背を預け座り込んでいる人影が見えギョッとした。全く動かないので気付かなかった・・・。

 近づいてみると、丸いサングラスは無くしたのか、つぶらな瞳でニヤニヤしていた。ずっと見ていたのか。


「真剣に、何を探している?」


 抑えた腹から錆びたパイプが突き出ていた。貫通してんのか。

 吐血はしていないから、胃へは貫通してなさそうだ。どの道、抜かないと長くない。

 そういや、スキットルが無いな。

 自分が落ちていた場所を振り返るが、あそこは散々引っかきまわした。有れば気付いていただろう。


「周りを見てくる」


「へへ」


 奴は死んだ目で力なく笑った。


 頭痛はどんどん酷くなってくる。これが酸欠だったら、早めに高い所に行かないと。


 見渡せそうな小高い丘に上り、目を凝らす。何度か場所を変え、見渡すと、細い何かが一本見えた。行って帰ってくる時間が惜しい。何故か周りのファージが感じ取れないので、体内のファージを使い、そこにフォーカスする。


 一時的に視力を上げるこの方法は、脳を騙すだけの音楽バフと違い網膜に負担をかける。視力は正常に機能する視細胞の数で決まってくるが、人の目の構造上、その数には限界があり。世界のルールが自由に決められるゲームと違って、ちちんぷいぷいで膨大な視細胞を持つタカの目の真似はできない。

 カメラで、何千万画素とかうたっても解像度がゴミと画素数が増えてもデータが重くなるだけで何の意味もない。一枚当たりのデータがでかくなっただけでは、解像度が荒く拡大するとぼやける質の悪い画像だ。

 なので、肉眼で遠くの細かい所まで見通したい場合、遠方の小さく見える部分に解像度を上げる処理を能動的に行う。その部分の視認に視細胞を振り分け、疑似的にスコープを覗く処理を行う。感覚的には、目の前で指で小さな輪っかをつくるアレだ。

 一瞬だけでも目が痛くなる負荷だが、この際仕方ない。間に合わなければ死ぬ。


「梯子か」


 あれを上った先がどうなってるのかは知らないが、あそこを少し登れば、ただちに酸欠で死ぬ事はなさそうだ。

 戻ると、奴は眉をしかめていた。


「梯子が見えた。歩けるか?」


「何で戻った」


 なんだ。置いてかれると思ったのか。

 奴の傷を確認する。足は問題なさそうだ。腹の傷も、ほぼ塞がっているが、パイプを抜かなくて正解だ。抜いてしまっていたら修復材が足りないから傷口が塞がらずに失血で死ぬだろう。


「立て」


 肩を貸すと、重心が安定せず重かった。見た目以上に消耗していたようだ。

 顔を見たら、白目を向いていた。立ち上がっただけでブラックアウトしたのか?かなり失血していたんだな。

 担架でも作って頭を下に引きずった方がいいのだろうが、その手間が惜しい。

 全身の激痛がぶり返して来たが、一歩、一歩、梯子の方向に向けて進む。

 動いてれば、いずれ着く。

 高い所を歩きたいのは山々だが、安全第一。足場の良い所を選んで行く、汚泥の水たまりがあまりにも冷たくてびっくりして、少し足を取られて転びかけた。


「ふぐっ」


奴も痛むのだろう。びっしょり汗をかいている。


「休むか?」


「・・・いい」


ニヤニヤはなりを潜め、真っ白な顔をしている。

 見てられなくて顔を背けると。小山の向こうに、やっと梯子が視認できた。

 真っすぐは行けないのでまだ遠い。


「あれだ」


「見えない」


 それは不味いな。くっそ。痛くて俺が肩を借りたい。




 梯子に着いた時、俺はもう文字通り満身創痍で動けなかった。奴を梯子にもたれ掛けさせ、少しだけ休むつもりで横に座り少し目をつぶったが、痛くて痛くて、寝落ちする事は無かった。異臭と、耳鳴りと、眩暈からくるマンデルブロ集合の幻視で気分は最悪だ。腹が減っているはずなのに吐き気が止まらず、胃が張っている気がする。


 ぐちゃり。と、肉が潰れ落ちる音で目を開けた。目を疑い、二度見する。


 ショゴスだ。

 

 距離はある。まだ、俺たちには気付いていない。高さは膝丈ほどだが、広さは六畳ほどだろうか、消化しきれてないゴミを大量に纏わりつかせ、蠢いている。

 元気がなさそうだが、光が少なくて活性化していないのか。二酸化炭素濃度が濃すぎて緩慢にしか動けないのか。

 気付かれる前に登った方が良さそうだ。


「上を見てくる」


梯子に手をかけると、袖を掴まれた。


「置いてかないで」


 かなり怯えている。殺し屋なのに、ショゴスが怖いのか?変な奴だな。

 

「見てくるだけだ」


 引きはがそうとしたら、嫌だ嫌だと騒ぎ出し、余計にしがみ付かれた。ったく。気付かれたらどうすんだよ。静かにしろ。

 奴は足に力が入らず、一人で梯子を上れないので、俺が肩車する形で下から押し上げることにした。こんな状況じゃなければ嬉しいのだろうが、ミシリと肩にくる重さに、冷や汗がぶわっと出た。

 真っ黒な梯子からは、二人の加重により、錆びて軋んだ嫌な音が上から響いてくる。

 電柱程の高さまでゆっくり上って行った、腹に刺さったパイプが梯子に触れる度に、奴が押し殺した悲鳴を上げる。暗く、霧が巻いてる所為もあって先は見えない。どこまであるんだ?ちょっと、一休み。

 重苦しい息苦しさからは解放されたのでひと安心だが、これで上が閉鎖されてるなんて事は無しにして欲しい。ショゴスがいた為、向こう側からしか開けられないなんて可能性も考えられなくはない。

 下の景色も良く見えない高さまで上り、三回目の耳抜きをした時、かすかに天井が見えてきた。潜水艦にあるあの丸いハンドルが付いている重そうな蓋だ。手動式だろう。鍵はあるのだろうか。


 やっとたどり着いた時には、俺はもうヘロヘロで全身ガクガクだ。

 奴がハンドルに手をかけ、俺の顔を見る。


「動かないのか?」


 一瞬ニヤっとして、片手でカラカラと回し始める。紛らわしいんだよ、驚かせやがって・・・。


 やがてプシューっと空気が抜ける音がして、ハンドルが動かなくなった。持ち上げようとしてるが、重いのか動かない。

 俺も梯子の反対側に回り、二人して持ち上げると、ゆっくり開いていった、終始梯子から鈍い悲鳴が上がり反動で梯子が落ちたらとヒヤヒヤした。


「あ」


 完全に開き、顔を出した殺し屋は一瞬固まり、その後周りから伸びる手によって引っ張りだされた。パイプが蓋に引っかかり奴が悲鳴を上げる。

 さて。

 また下に降りるよりはマシだ。

 俺も出るか。




 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る