第15話 ハンバーガー対決

 生まれてこの方、反省はしたことあれど、後悔はしたことが無かった。

 だが、今、ハジメテの後悔を絶賛体験中だ。

 用心深くなどと言ってるそばから、危機管理が足りていないアホがここにいる。

 名を、横山竜馬という。

 アホで馬鹿でピンチでもう少しで死ぬ。

 地面に打ち付けられ、潰れて死ぬ。

 ホラー映画で、一見利発的で機転が利く強キャラなのに、実はトラブルメーカーで序盤にサックリ死んでしまう、なんちゃって主人公が俺だ。




 アウトドア派ではないし、寧ろ、社会人時代は休みになると部屋に籠ってネトゲ三昧な趣味なのだが、連日の監禁生活は流石にストレスがヤバい。

 窓から顔を出すのも命がけで、便所の中までフルタイム監視だ。

 つつみちゃんも、“ごめんね。てへ”とか棒読みすぎんだろ!少しは申し訳なさそうな顔しろよ。


「自由だ!」


 駅正面からの目抜き通りと十字に重なる大通りの真ん中で俺は小さくガッツポーズをした。

 そう、自由。縛られないって素晴らしい!

 身分詐称通知が配布された翌日。偽名をさらに転出させて、俺は自分の名前を持ったまま、公式には存在しない地下市民となった。

 これは、つつみちゃんが申請してくれた特例措置に許可が下りた為で、俺の正確なデータは、一部の公務員とつつみちゃん周りの知り合いしかいなくなった。

 偽名で引っ越した存在も数日後に事故死する予定なので、俺はもう堂々と外を歩き回れるって寸法だ。

 顔見られたらバレるんじゃないかと思ったが、“数日前に見た店員の顔覚えてる?”とつつみちゃんに言われてなるほどと思った。

 骨格認証で判断される懸念もあったが、サーチャーを起動して歩き回ると不審者扱いされて直ぐ捕まるそうだ。カメラの有る所は顔認証でばれるが、犯罪を犯さない限りデータのサルベージはされないので、市の職員から露見する事も無いと聞いた。本当かどうかは知らん。元々、日本人は有名人の顔なんて気にしないからな。データさえばら撒かれなければなんとかなるだろう。


 そんな訳で、自由を謳歌している俺は、切望していたジャンクフード巡りに精を出してる訳だが、流石食材の宝庫日本。そこらにある露店や出店の食い物程度でも、どいつもこいつも美味しい。

 これは、ストレスから解放されたのがスパイスになっているとかそういうのではない。

 スミレさんが言っていた”再現率”とかが密接に関わっているのだろう。あれ?ということは、このジャンクフードたちの食材の出どころは地下からの輸送品ってことだよな?

 地域差もあるしらしいし、地下から直輸入出来ない人間も結構いるので、そういう人向けに食材が売っていたりはするのだが。鮮度は産地直送が一番だそうだ。アルコール類などは寝かせると味わい深くなるモノもあるから話も変わってきたりすると思うが、それも正確に再現しているのだろうか。

 短期間で合成した醸造酒が本物と同じクオリティだったらそれはそれで複雑な気持ちになるよな。


 通りに面した小さなカウンターの高めのスツールに腰を掛け、コークで喉を湿らせた俺は、手をこすり合わせる。

 いい匂い過ぎて、つい座ってしまった。

 頼んだのは、照り焼きバーガーだ。

 好きなんだよ。

 肉の焦げる香ばしい匂い。もう色々喰い過ぎて腹は七分目を越しているが、これなら余裕で入る。

 フカフカのバンズには香り豊かな白ゴマがしっかりアクセントとして機能しており内側も焼かれているので生地が潰れずに食べやすい。レタスもシャキシャキだ。マヨネーズは主張し過ぎず、少しスパイスの効いたソースのコクをしっかり引き出している。

 一口目は、どうしてもバンズが口の中に多く入るが、逆に二口目は大口を開けてパテを多く責めにイク。


「あむ」


 はずだったのだが、喰われた。

 後ろからこっそり出てきた丸メガネのサングラスの男に一番美味しい所をがっぷりと。

 動きが止まってしまった。俺の照り焼きバーガーは、“食べないの?んじゃ頂き”と一瞬でこいつのくちの中に消えた。

 もぐもぐした後、俺の口の周りをべろりと舐め。


「ごちそうさま」


 と、まずそうに口だけ笑う。ああ。こいつは男じゃない。あの時の女だ。

 怒りで、頭が真っ白になり。そして、どす黒い怒りで腸が煮えくり返り、殺されると身震いし、最後に食べ物の恨みは晴らさなければならないと確信に至った。

 許さない。俺を殺そうとした挙句、ささやかな愉しみすら奪い。そして挙句の果てに、美食を、照り焼きバーガーを否定した。せめて美味しそうな顔しろよ。

 ゆるさん。


「ひゃは」


 俺の殺意を感じたのか、今度は掠れ声で嬉しそうに笑って、今か今かと俺の初手を待ち構えている。


 こいつは許さない。


 昔読んでいた小説で、日本食否定されて激オコする狭量な主人公とかよくいたが、俺はそういうのじゃないからな。

 殺し屋に食い物を横から取られたら、生き物は怒っていいんだよ。世界のルールだ。

 でも、ここでやり合うのは悪手だ。人目が多すぎて、カメラでも回されたら致命的だ。またお出かけ禁止令が出てしまう。


「ふぅ」


 深呼吸一つ。

 なので、こいつが飛びかかってきたら逃げる。せめて人目のない所まで。

とりあえず、相手にしない。クレバーに、クレバーに。


「照り焼きバーガー単品で、もう一つ」


 追加を頼む。

 俺は、不憫な殺し屋に大好物のハンバーガーを恵んでやった初めての人として、ギネスに登録されるだろう。

 ガタガタ震えている店員は気にせず、財布から金を取り出そうとしたら、凄い速さでスられた。


「ふひっ」


 こいつ!こういう下らない事する奴なのかよ!


 サッと取り返そうとしたら財布は上に後ろに、くるっと回って最後は見せつけるようにウインクしながら胸の谷間にしまった。

 ないないばぁ・・・。と両手を顔の横に添え。長く、柔らかそうな舌を器用に動かしチロチロと挑発する。

 いや、もうさ。殺されるとかそういうのじゃなくて。こいつ。虐めちゃっていいよね。

 即行、音楽バフ起動。漫画と違い、怒りやイライラなど興奮状態はパフォーマンス低下の最大要因なので、この間覚えたホルモンバランス安定化の仕掛けを起動する。

 これは、能動的にホルモンバランスを数値管理していくツールで、感情を数値的にコントロールできる。

 現状、セロトニンをミリグラム単位で生成した。

 大丈夫。俺は冷静だ。冷静に。財布を取り返し、冷静に、こいつを叩きのめす。俺の命は安くないと、しっかり教えてやる。

 そもそも、こいつは何で今ここで俺を殺さないのだろう?

 財布をスるスピードで首を掻き切れば確実に殺せたはずだ。どうせ俺などいつでも殺せると、この間スマートにこなせなかった意趣返しだろうか?

 身長差は二十センチ以上あるので、リーチが違い過ぎる。まずは動きを鈍らせ、財布を返してもらい。しっかりお礼させてもらう。

 首を狙うと見せかけ、ノーモーションから目だけ見てローキックで骨を狙う。脛の外側の痛い所だ。当たれば動けなくなる。当たったのだが、金属音がした。今日は脛まで鉄板入りなのか?!この間のがそんなに悔しかったのかよ。

 その後、ナイフを出すと想定し、フェイントで胸の財布に手を伸ばしたのだが、奴はワザとらしくバク転で距離を取り、両腕で胸を抱えてゆっさゆっさと挑発する。

 そんな自慢するほどの胸でもないくせに!


「む」


 俺の考えてることが分かったのか、表情に出たのか。面白くなさそうに唸ると、踵を返し全力疾走を始めやがった。


「逃がすかよ!」


 人ごみをかき分け、高らかに笑い声を上げて走り去る。

 追うに決まってる。実は、中身はそんな大金ではないが持ち金は分散させてなかったので、アレを失ったらまたうちに帰らなければならない。なにより、あの財布は仕舞い易くてお気に入りなんだ。

 ルートを予測し、掻い潜り、すり抜け、見失いそうになったら、人の崩れている所を目指す。こういうのは超得意だ。

 人ごみでは撒けないと思ったのか、脇道にするっと入っていった。

 曲がった直後の出会い頭に喰らうと嫌なので、少し遠間から覗くと、窓枠やエアコンの室外機を足がかりにして上に登っていく奴が見えた。

 同じルートで追いかけると何かされそうなので、大通り側から電灯を伝って登り、日除けシェードの骨組みに飛び移る。

 通行人たちの奇異の目を向けられるかと思ったが、日常茶飯事なのか、チラ見程度だったのでひと安心だ。二階の窓枠に手をかけ、雨どいから一気に飛び上がる。


「チッ」


 屋上に設置してあるボイラーの影から軽い舌打ちが聞こえ、奴は逃走を再開する。

 やはり、待ち伏せて何かやる気だったな。

 屋上に落ちていた小さな瓦礫を走り様に拾い、奴がビルの隙間を飛び越えるタイミングで投げつける。サイドスローで回転させながら投げたその平たいコンクリの欠片は少しカーブしてしまい着地直後の奴にではなく隣の貯水槽に当たり、プラスチックの鈍い打撃音が辺りに響く。

 ビクッと横に飛び退り、一瞬こちらを振り返る。

 俺の顔を振り返り嬉しそうにゲラゲラ笑うと、財布の小銭をばら撒きながらまた走り出す。

 クッソむかつく。


 俺は、小学生の頃から、鬼ごっこが大の得意だったが、陸上の短距離走とかでは良い成績が出せなかった。何故速くないのか、世界が物理法則に従っているのだから、理由も当然そこにあると、ガキの足りない頭で考え、足のストローク、回転数、力の方向、スタミナ。その四点のポテンシャルを上げるという理屈に至る。

 ストロークは足の長さに最適解があり、大きすぎても回転数に無理が出てくる。

 回転数は上げれば上げるほど良いのだが、関節への負担が結構酷い。

 力の方向、これが一番の問題で、蹴り足が上方向の力を持つと、身体が浮いてしまい、力強く前へ踏み出せない、足が地に付かなければ次の一歩が始まらないので結果トップスピードが落ちてしまう。スパイクを履いて運動場を走れば話はまた違うのだが、ランニングシューズで速く走りたかったので前方への推進力のみに重点を置く妙な筋肉の使い方をすることになった。

 スタミナに関しては、短距離なら、無呼吸で走りきるだけの酸素をため込める身体、長距離なら、効率よく酸素と糖を筋肉に送り込み、筋肉の温度を下げる方法。


 確かにある程度は速くなった。だが最終的に、筋肉量に比例して限界がある事に気付き、成長期に、身長に不適切な筋肉量だと骨格が壊れると知って、速さへの興味が薄れてしまった。

 ゲームでは方向キーを押すだけでトップスピードを維持できるが、俺らの現実は高難易度の物理法則に支配されている。人が二本足である以上、チーターどころか、豚にさえ、走る速さでは勝てないんだ。


 障害物ありなら、この身体でも負ける気がしない。追い着いたとして勝てるのかとかはその時また考え、ひたすら奴を追う。

 発熱している太いパイプを潜り抜け、腐りかけた屋上を踏み抜きつつ駆け抜け、なぎ倒されたアンテナを蹴り飛ばす。

 一歩、また一歩、近づいていく。

 逃げているのか、誘いなのか、転がっているモノを適度に投げつけ、油断せずに付いていく。

 ちょっと高めのビルに飛び移るのは一旦躊躇したのだが、バカにするように向こう側でステップをかましたので、イラッときて勢いよく齧りついた、ギリ指がかかり、壁に叩きつけられた反動で一瞬身体が浮く。玉ヒュンしたが、壁を蹴った反動でなんとか乗り上げた。

 寿命が縮んだわ。

 奴はステップしながら待っていた。軽く口笛を吹き、隙だらけで不安定な体勢の俺に、ツーステップ後斜めから目に突きを入れてきた。

 のけ反ると落とされる。無手だと信じ、払いながら体当たり気味に懐に入る。

 開いた革ジャンの隙間から、奴の熱気と汗の匂いがむわっと香り、臭くないのがなんかムカつく。

 顎をカチ上げる為に全身運動で掌底を狙ったが、接していた為か動きはバレバレで、首を反らしてうふふと嗤う。そのまま指で目つぶしを狙ったが、口を開けたので噛みつかれると思い蹴り飛ばした。距離を空けただけなのでダメージはほとんど無いな。

 なんだろう。

 殺す気は無いのか。俺の隙は今まで何度もあったはずだ。目的はなんだ?おちょくり足りないのか?

 ガチガチと歯を鳴らし荒い息を吐きながら、俺の財布からなけなしのお札を取り出し。

 放り投げやがった。

 風に流され、飛び散る俺のお小遣い。金額的には痛くないが、高らかに笑うのを見ると逆に冷静になった。

 大丈夫、ホルモンバランスはいじらなくて良い。

 息を整えながら、そっと歩み寄る。

 また逃げようとしたので問いかけた。


「何で逃げる。何がしたいんだ」


 ガキをおちょくって、殺すでもなく。鬼ごっこして、そしてどうするんだ?


「ふぅーっ」


 ワザとらしく息を吐き、奴は足を止めた。

 カツンと踵を鳴らし、軽く構える。


「スリーパーなのに強いねぇ、ちゃんと殺してあげる」


 やっぱ依頼受けた殺し屋か。


「張り込んでたのか」


「住所変更で足取り消えたと思ったけど、見つけたのはタマタマ。同じ店でわたしが先にエビカツバーガー齧ってたの気付かなかった?」


 バカすぎる。何やってんだ俺は。

 またゲラゲラ笑い、構えを低く踏み込んできた。


「死んじゃえ」


 細く息を吐き、しならせた腕で横から目を狙われた。

 受けにくかったので、また胴を蹴って近寄られるのを防ぐが、俺の方が軽いので飛ばされる形になる。間髪入れず踏み込んできた膝を前蹴りで止め、空いた脇腹を殴ろうとしたが余裕でスウェーされた。

 くっそ。まともにやられるとやっぱ勝てる気がしないな。

 つまり、まともにやらなければ殺されずに殺すことも可能だろう。

 どうせ、負ければ死ぬしな。

 バレないように立ち回らなければ。チャンスはどうせ一回だ。同じ手はこいつには通じない。


 奴がよく狙うのは、目、喉、脇腹だ。どこも軽い一撃で致命傷だ。多分、耳や金的も隙あらばやってくるだろう。何故か武器を出さないが、俺がブラックジャックを出したら対応してナイフ出してきそうな気がする。リーチも力も分が悪いが、こいつ相手だと無手同士のがまだ勝てそうなので、あえて出さない。

 まず、”負けそうなので逃げたい!けど逃げるのを頑張って誤魔化してます”的な素振りをする。

 届かない間合いで周囲をチラ見し、半歩斜めに下がる。ちょっとワザとらしかったか?踏み込んで来い!


「あれれー?」


 かかった!

 気付かれてない振りをしつつ、屋上の天端に近づいていく。

 奴はニヤニヤしながら、俺との距離を保つ。

 間を空けると怪しまれる、次の半歩で即行動に移した。


「逃すかー」


 身を翻し飛び降りようとした俺の足首を両手で掴み、引っ張りこもうとした奴の顔を・・・蹴る。当然避けられる。首に足を引っ掛けた。運よく皮ジャンにも靴が絡まり、奴は体勢を崩す、俺は外壁のひさしに背中から叩きつけられたが、そのまま奴の重りになる。

 意図に気付き、一緒に落ちると慌てた奴は、俺の足首を離し、皮ジャンを脱ごうとするが、もう遅い。離してくれた足で壁に力を入れ突っ張る。


 勿論、二人して落ちる。

 一瞬の浮遊感の後、奴の間抜けな顔がマジうける。

 大満足。

 永遠に感じたポジション争いの後、俺と奴は地面に激突した。


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