第14話 ダメな生き方

「はっきり言おう」


 つつみちゃん、俺、決めたよ。


「・・・はい。何?」


「なんか、仕事したい」


 このままでは、ダメ人間になってしまう。


  つつみちゃんは藪睨みで自分のモニターを見つめながら手を止めた。

  あれ、空気がピリッと・・・。俺、なんかヤっちゃいました系?


「今やってる事で稼ぐのはダメなの?」


「だって、これ。働いてる気がしない」


「ふん」


 データ検索し、出力、保存。感想言って、飯食って風呂入って寝る。

 これで銭がアホみたいにもらえるのが心苦しい。

 俺の知っている異世界転生テンプレとかだと。

 苦労せずに初回特典でもらった高レベルスキルで、小まめに装備や薬を製造して売ったり。無駄に高いコミュ力と素敵な弁舌でコネクション構築しながらネットで調べた知識で野良仕事や六次産業に手を出したり。何故か著作権がしっかり保護されたファンタジー世界で、実用新案的なアイデアの二番煎じの権利だけで安全に稼げて、ハーレム生活送れたりするのだが。

 俺の現実はもっと甘かった。

 でも、これを続けてたら絶対にダメになる。デブって、イモとかもっちゃもっちゃ喰いながら、ベッドから動けなくなってつつみちゃんにブタの鳴き声で甘える未来しか見えない。


「過去のヒットチャートなら、誰でもアクセスできるけど、今ヨコヤマくんに探してもらっている曲はあなたにしかできない事なの」


 分かってる。重々、承知してる。


「これも大切な仕事なんだから、肉体労働だけが仕事じゃないの」


 でもでも、頭脳労働の欠片もないよなこの作業。不労所得者とどっこいの楽ちんブリだ。


「このままでは、俺は自堕落で怠惰な豚並みのクズになってしまうんだ」


 由々しき事態だ。


「なるほど。デブるのが嫌なら、運動しなさいよ」


うん?トレーニングって今の世界で意味あるのか?


「しなくても、ファージ使えば体型維持は自由自在なんだろ?」


「無駄な時間消費がしたいんでしょ?」


 ご立腹のようだ。


 人の体は、ゲームとは違い、鍛えれば鍛えるほど強くなるという訳ではない。ガキではないので、当時、義務教育で覚えた事は忘れてないつもりだ。


 二次性徴が終わる前、身体に無駄に筋肉を付ける鍛え方を始めたら、骨格が壊れて怪我しやすい構造になってしまうし、脳の構造が完成していない幼少期に善悪の観念など植えつけたら、歪んだ心の人間が出来上がってしまう。


 現実では。学び、鍛えるのに最適な時期がある。

 俺のこの身体にも、健やかに育っていって欲しいのだが・・・。


 そもそも、この身体の肉体年齢はどうなっているんだ?身長は中学二年生の時と同じくらいなのだが、脳みそまで若返ってたらやだなぁ。数日毎に剃らないと鼻の下に薄く髭生えてくるし、謎だよな。

 何故か、俺の眠っていた棟のデータは十年ほど前に消失していて、どういう経緯で眠ることになったのかは、探すことが出来なかった。探し方が間違っているのだろうか。俺のデータも、欠片も無い。実はこの記憶にある名前が間違っているのか?


 「いつまでこの暮らしをすればいいんだ?つつみちゃんは何を焦っている?」


 もしかして、俺は長く生きられない・・・とか?

 健康状態で自己診断しても、”最良です”しか出てこない。

 だが、本当に良いのか?問題ない?

 アンチエイジング成功して、そこから老衰まで生きられる?そんなうまい話あるのか?

 俺が起きていた当時、まだアンチエイジの技術は開発されていなかった。

 細胞の分裂回数は決まっていて、ガン化率も決まっていて、増殖させても、老化か癌化の2つの道しか無かった気がする。不老不死は生き物である限り不可能だ。

 俺が眠った後に技術開発されたとして。肉体年齢停止ではなく、若返ってしまって、この後俺に何が起こるんだ?

 恐怖。寒気が、身体を襲う。

 よくある設定みたいに、時間が急速に経過してあっという間に老人になったり、臓器が機能不全起こしたりするのか?癌が増えまくってどんどん進行して、ショゴスみたいになってしまうのか?


「すぐに、死ぬのか」


「この世の中で、老衰まで生きられる人はほとんどいない」


「答えになってないな」


 そうだ。聞きたかった事がある。


「サン=ジェルマンは今どうしてるんだ?」


 「それは。・・・改革の後消えた。データ通り」


 どのみち、長くないのだろう。


 「本当にそいつはスリーパーだったのか?若い女性だったんだろ?」


 つつみちゃんは器用に片眉を上げる。


「その顔で若い女性とか言うと変な感じね」


仕方ない。中身は三十代のおっさんだ。たぶんな。


「当時は凄かった。現在の教育水準であの年齢であの偉業を達成できる人がいるのかっていうと。まず、無理だし」


 そう、そこも気になってた。


「この世界で教育とかどうなってるんだ?学校とか」



「昔みたいな義務教育は無いよ。ほとんどの子供は、生後二週間以内に養育施設に預けられるの。人種によって発育曲線に差が有るから、預けられる期間は四年~二十年くらいで差があるけどね。わたしは十六年入ってた。ヨコヤマくんだったら十二年かなぁ」


 おっさん懐古定番の学園モノは存在しないらしい。

 少し調べたのだが、養育施設はかなり本格的な物で育児から教育まで、全てシステム化されている。個別で育てる家族もいるが、養育施設に同居して施設運営に参加するか、丸々預けて時々会いに行くか、が大半だ。生み捨てとかも多いそうなので一概には言えないが、ある意味理想的な環境なのだろう。


「コミュニティごとに特色はあるけど、基本は変わらないと思う。ゴールデンエイジとかも計算されてるし」


 金色の年代?よくわからんが、最適化された育成なんだな?


 「あの、一時期集ってた注射器もってる子供たちは何だったんだ?」


「あの子たちには地下市民権が無いの。自己責任においてフリーダムに生きてる快楽主義者とか、自然主義者たちの子供とかいろいろ、法を守らないし、法に守られてない子たち」

 そんな奴らに情報筒抜けのまま外歩いて、よく俺生きてたな。


「早く、偽造身分証欲しいな」


「身分詐称通知ね」


 ?


「どこが違うんだ?」


「身分証は偽造すると重罪、しかも、映画と違って直ぐばれるからね。身分詐称は、有名人とか重要人物が、サーチされないようにセキュリティ・クリアランスを上げてもらうの、んで、代用データが配布される」


 待ち遠しいな。


「話戻るけど、サン=ジェルマンって本名じゃないよな?」


「詐称ね。本名はなんだったかな、サワグチヒマリだったかな?昔、一時期有名だった詐欺師がそんな名前だったんだって。元ネタのおっさんは自称タイムトラベラーのホストでかなり荒稼ぎしたらしいよ」


 職業が自称の奴って結構詐欺師多いよな。


「祭りの主催はこの籠原ジャンクションなんだけど、この街で見たのが最後だったから、死んだ事にして慰霊地の熊谷としてあやかりたいってのがあるのかもね」


「何で消えたんだ?」


「当時は大騒ぎで色々憶測がトンだけど」


「つつみちゃんの考えは?」


 よく聞いてくれましたとばかりに。にやりと、悪い顔で笑う。


「どこかに潜伏してる」


 まぁ、その方が面白いよな。


「根拠はあるの。まず、死体が存在しない。得した者が存在しない。数日前から身辺整理がされていた」


「それが全部事実なら、把握してる人が一定数存在するんだろ?」


 それに、誘拐されて監禁されたとかもあり得る。こっそり街を抜け出して、凡ミスで犬に喰われたとか普通にありそうだ。


「関係者は、“聞いてない“か、”彼女の意思を尊重する“ってコメントが大半ね」


 それは・・・、逃げようとして殺されたんじゃないのか?


「もし、生きてたなら、会ってみたかったな」


「そうね、ヨコヤマくんと逢ったらどんな化学反応が起こるのかはすごく興味ある」


 せいぜい俺は、誘拐されて監禁され“シュートミー”しか言えない生き方にならないよう、用心深く生きていこう。

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