第20話 無駄に毟られる
金を毟られつつ半年ほどが経過したある休日の土曜日。殺し屋が台車に大量の金属ブロックとアトムスーツ二着を載せて来た。
「なんだこれ?」
「この強度のマレージング鋼を確保するのは至難の業だった、わたしは褒められていい」
「素敵」
「ふふり」
金属ブロックはマレージング鋼で出来たベルトコンベアだった。
ヒンジ部分が蛇腹になっていて、末端はシャベル状の透明なプラスチックが取り付けてある。
「ソケットは金属に換装可能。これはポリカーボネイトだから強度はそこまで無いけど、ファージを網目状に織り込んである」
おお!
「やるじゃん」
ドヤっている。ぷちムカだが、この行動力は称賛されるべきなので放っておく。
試しに持ってみたのだが。
「重っ!」
蛇腹ブロックは内部にチューブが何本も通っていて、細かい操作ができるようになっている。この中にファージ入りの人工筋肉がみっちり詰まっている。先端に触覚があるので、頑丈な拳が増えた感覚だ。だが・・・。
「重くて持ち上がらないぞ」
床に這わせれば動かせるが、そうやって使うのか?
「一片二キロ強ある。全部で八十個作ったから百七十五キロになった」
俺の体重何キロだと思ってるんだよ。オリンピックのリフターでも無理だろ。どうしろと。
「仕方ない、許可出るか分からないが、アシストスーツも頼んでみる」
出来たら練習するつもりだったらしいが、そっちは先送りだ。アトムスーツの試着をしてみる。
殺し屋はシャワー室で着替えたのだが、俺は目の前で着替えさせられた。
「ちゃんとパンツも脱げ、気密するから肌に密着させないと危険」
このやろう。
「安心しろ、おこちゃまには興味ない」
「俺が恥ずかしいんだよ!」
俺のスーツは少しきつかったので、再発注する事になった。ここでの健康で文化的な生活のお陰で、少し筋肉が付いてしまったらしい。ウェットスーツ並みにピチピチなのでかなりエロい。殺し屋はスタイルが良いのでもっと超弩エロだ。
「毛細状に生食とエアーの管が入ってるから、汗でそんなにべた付かないし、皮膚呼吸も疎外されない。生理現象の大小はどうにもならないから考え中」
生食って生理食塩水か?便利な時代だな。バックパックも、ランドセルの半分ほどの薄いサイズで、ワンタッチでボンベ換装でき、一回で六時間持つのだが。確かに、一日で走破できる距離じゃないし、エアロック無いと危なくて脱げないからな。
そだ。
「減圧症とかどうなんだ?」
「アトムスーツは内圧管理も兼ねてる。多少の温度変化には対応できるし、宇宙に出ても強度的には問題ない。ただ、放射線は防げない。今回は必要ないし、重くなるから考えなかった」
放射線防ぐには金属で覆うしか無いもんな。地上でそれは、機敏に動けなくて自殺行為だ。
「穴が開いたときは?」
「損傷部分の内圧が変化してエアーが吹き出る構造になってる。ボンベが空になる前にテーピングする」
その後、実際に乱暴に動いたり、ワザと傷をつけて素早く補修する訓練を行う。刃物で本気で襲い掛かってくるのヤメロ。あと、何言ってるかわからん。
何度も、もう十分と言ってるのに、余計にスピード上げて襲い掛かってくる。部屋の中がぐちゃぐちゃだ!
「インカム付けよう、表情とハンドサインじゃ意思疎通に不便」
殺し屋は、十分愉しんだらしく。満ち足りた顔でヘルメットを外し爽やかにお気持ちを表明された。
むしろ、何故それだけでいけると思った?
マッピングも含め動画も撮り始めていると言う。こいつすっげーアクティブだな。こんな優秀なのに何で殺し屋なんてやってんだ?
「俺らがやってる事ってバレバレなんだろ?ロボトミー手術されて南極送りになる危険は無いのか?」
「ロボットミーは分からないが、探究心は止められないと言って、空き時間に探検隊になる設定。熱弁したら、支援者がたくさん付いた」
ちょとまて。
「それ、俺からなけなしのおやつ代奪い取る必要あんのか?」
「気分の問題」
ヘルメット無しでバトルの第二ラウンドが始まる。
奴が笑い過ぎて動けなくなるまで続いた。
ダンジョンに潜る描写がよく有るが、ご都合主義の最たるものだ。
洞窟やトンネルで重要なになってくるのは、明かりではなく、落盤への注意と、吸気確保だ。閉鎖され植物が存在しない環境に空気が都合よく呼吸できる割合で存在する可能性はゼロだ。
だが、そんなの表現しても面白くないし、絵面が最悪なので、大体スルーして物語が進行する。
洞窟やトンネルが長ければ長いほど、空調の為の設備と維持コストは膨大になる。
この、ビオトープ維持の為に使われている空調エリアはひっくるめると可住エリアと同規模になる。空気中に含まれる窒素の量が少し変わっただけで人は生きられないのだから。勿論、安全性は何百パーセントにも設定され、”こんなこともあろうかと”の対応策が幾重にも施されている。
ちょっとトラブっただけで区画ごと廃棄する映画的な展開は無い。
だが、これから俺らが通り抜けるエリアは、いつ崩れるか分からず、人体に有害な物質で溢れている。人が通りやすいよう舗装されてもいない。
いつどこが何が原因で崩れるか分からないので、細心の注意は払うが、非破壊で進めるに越したことは無い。
アリの穴からダムが壊れるのが実際に起こる環境だ。
それから一月は平穏な日々が続いた。
殺し屋もほとんど帰ってこなかったので、実質一人暮らしだ。暇つぶしがオフラインのコンテンツのみなので若干退屈ではあったが、平和が一番だ。
「相棒、鍾乳洞エリアの探索がひと段落したから、鑑賞会するぞ」
もう、隠そうとしていない。
ルート検証じゃなかったのかよ。
見始める前に殺し屋からご高説があった。
「正直言って、思ってた以上に変性が酷かった。心して見るように」
怖がらすなよ。俺、超常現象とか大好きなんだから。
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