第11話 スタジオBOX
「リフがしょっぱいなー、聴いててもじもじするねこれ」
このシンプルさが良いんだよ。
「この曲は、リズムが心地良いから、何回でも聴いていられるんだよ。メロディが暑すぎると聴いてて疲れるだろ?」
「心地よさか・・・。シンコペーション扱いなんだね」
「俺は歌詞には全くこだわらない派だからな。楽曲構成がテンプレがっちがちだと、聴いてて恥ずかしいんだよ」
「耳が痛いなー」
「大丈夫か?」
「例えだよ」
「知ってる」
つんと、額をつつかれた。
「ヨコヤマくんは、ナマイキな少年だなぁ」
中身おっさんですまんの。
ここは、テルミット・スパーカーズの下の階にあるレンタルスタジオの一区画。一人用なので、クッソ狭い。シンセの前にあるボロいパイプ椅子一つに、二人して肩を寄せ合ってヘッドホン片耳ずつ分け合って、半ケツで座ってあーだこーだ言い合ってる。
スタジオ内は無菌状態で遮音性も最高レベルだ。これは、うるせーからとかではなく。音によってシネマティックファージが反応してしまい、何が起こるか分からないからだ。
ド素人が少し音を垂れ流したところで、そうそう反応は引き出せないが、大規模な騒音罪は結構な重罪だそうで。そうでなくとも、非人為的なアポカリプティック・サウンドで環境異変や災害が起こりまくり滅んでしまった街もかなりあるから、念には念をって事なんだろうな。
因みに、反応を引き出すのは、音だけではない。文字だったり、絵画だったり、オブジェだったり、存在するだけでファージに影響を及ぼす生物もいる。
二百年近く経つのに。未だに、何がどう影響するのか、体系立って説明できる段階に無いというのは、厄介すぎない?
何曲か聴きながら感想やら話したのだが。音楽全然分からない俺の意見が必要なのかって聞いたら、当時の人間のフィーリングが生で聞きたいらしい。記録は所詮記録なのだそうだ。
確かに、経験や文化によって、同じ曲を聴いても感じ方は違うのだろう。江戸時代の人がどんな気持ちだったのか生で聞けるとしたら、俺だって喜んで聞くだろう。
リクエストに合致した曲を何曲か聴かせた後“一人で集中したいから外で待ってて“と追い出された。
でも、危険だから施設外には出てはいけないらしい。終わるまで待っててくれと言われた。仕方ないので、廊下に設置された待合ソファーでコーヒーをチビチビしながらデータ検索に耽る。
今の日本ではかなり下火になったが、つい十五年くらい前までは人種差別がすさまじかったらしい。それはもう、奴隷大好きなテンプレファンタジーもドン引きのカオスっぷりで、流石に、ラ行多用した上フォンが付く名前の自称高貴な族が出てきたりして、魔女狩りや人狩りが横行し、希少価値のある遺伝子は軒並み狩られて数を減らしていった。
十六年前に起きた、スリーパーの自称“サン=ジェルマン”が、この流を変える。
たった一年で弱体化した種族たちをまとめ上げ、組織化し、人権を求めて街の一つを占拠したのだ。占拠されたのは上州の要所、高崎ターミナルだったので、当時の統一政府には激震が走った。高崎ターミナルに呼応するように、付近の太田ターミナル、熊谷ターミナルが支持を表明、その流れは上州全体へと広がっていく。
現在では地下市民登録と、未登録者の区別は有れど、この籠原ジャンクションに市民同士の差別はほぼ無いと言っていい。
大宮ターミナルを著名代表者として、さいたま都市圏群が統一政府と和解交渉、それから法整備が進んだが、州法ではなく、都市自治法の範囲内に留まったので、場所によってはまだ差別が根強い所もあるそうだ。
地下登録者と未登録者の、資格有無の区別は、大まかに分けて、言葉が通じるかどうか、に尽きる。
なので、コボルドのあいつらみたいな闘争と繁殖以外頭からすっぽ抜けてる連中は、基本、市街地の外で生活し、未登録となるらしい。
と、ここまでざっくり調べて。向かい合いに立つ人物に気付く。廊下の壁に背を預けるその線の細い男は、丸メガネのサングラスをかけており、俺を見てにやにやしながら神経質そうに貧乏ゆすりをしていた。
いや、違った。骨格が女だ。
「こんにちは」
ぬるりと、歩み寄ってくる。
「あ、どうも」
ぺこりと、頭を下げると。目の前に影が差す。
「死ね」
無意識に、手首裏に仕込んでいた砂袋ではねのけると、そいつの握られた拳の小指側から、小型の黒い刃物が見えた。カランビットか。
危なかった。素手で弾いたら指が飛んでいたかもしれん。
「はぁ?!」
めっちゃ驚いてる。俺もびっくりだよ。店内は安全地帯じゃないのかよ。
驚きながらも首筋に刃を突き立ててくる。
勿論俺も、殺される気は無いので、つつみちゃんにこの間かけてもらった音楽バフを即行起動する。
どうやるのかって?コンソールだよ言わせんな恥ずかしい。
まさかここで襲われるとは思ってなかったが、いつかやられるとは思っていたので、ログから眼と脳の変化具合を調べて、いつでも対応できるようにかなり練習していた。
いきなり頭を吹き飛ばされたり、熟睡している時を狙われたりしない限り、一発殴り返すくらいの気概はあるつもりだ。
こいつの動きを、体感FPS六十から二倍の百二十まで引き上げて細かく目視できるようにする。
まだ、見つけてないだけなのかもしれないが。よくあるSF設定みたいに、神経の伝達速度を上げるコマンドとかは、存在しなかった。肉の枷から逃れてサイボーグ可しない限り、伝達速度には限界があるそうだ。それに、普通に身体が耐え切れなくてぶっ壊れてしまう。
この仕組みも、網膜を半分ずつ使い、倍の細かさで信号を送る処置だけで、負荷は最小限に抑えられていると、つつみちゃんから聞いた。脳が自動補正するから、視力は落ちないし、長時間使っても問題なかった。
手首から滑らせた袋を軽く握り直し、一度くるりと回して先端に中身の砂を寄せる。
偶々なのだが、俺の仕込み砂袋はしっかりカスタマイズしている。
カランビット・ナイフと同じように、リングを親指に引っ掛けて使えるようにしてあるし、丈夫な炭素繊維の外袋だ。
女は、ぐねぐねとキモい手さばきで急所をガードしながら眼と鼻と、脇にフェイントを入れてきて、続けて順手から腹と見せかけて、もう片方の手で脇腹に一本拳を入れてくる。
脇には引っかかったが、あばら骨狙いの拳には払いが間に合った。ヌンチャクの要領で遠心力をつけ丁寧に弾く。
脇が本命だったら死んでたな・・・。
顔をしかめて、下がり様につま先で金的を蹴ってきたので、慌ててよけたら、椅子に足の小指ぶつけたようで、ざまーみろ。
だが、椅子から転げ落ちて、ちょっとまずい体勢になり。そこを奴が踏み込んで来ようとして、痛みの所為だろう、一歩遅れた。その踏み込んだ足をブラックジャックで潰そうと手首をしならせた時。
けたたましい音で入口の回転灯が回り始め、制圧スモークが廊下全体に吹き付けられた。
ヤメロ!こういうの!畜生、マスタード入ってやがる。
少し吸い込んでしまって、咳込みながら煙に沁みる目で見たら、奴はしっかりガスマスク付けて煙の中に消えていった。
くっそ、声も出さずにナイフ振ってくるし、暗殺者じゃんかよ。消え方もカッコ良すぎて憎たらしい。
奴が入口の方に消えていったっぽいので、裏口に向かおうとして、嫌な予感がしてやっぱ入口に向かった。十部屋ほど入っているこの店舗は、何組か客がいたらしく、ドアを開けて逃げようとして、スモークを吸い込んでしまい悲鳴を上げ転げまわる者や、直ぐ様出口に駆け出す者や、開けたドアをまた閉める者もいる。
俺が入口から出た時、丁度、衝撃が背中に来て前の道路に頭からつんのめった。
やっぱ、裏口にグレネードでも仕掛けてたのだろう。
路地で少し顔を擦った。
踏んだり蹴ったりだ。
つつみちゃん大丈夫か?
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