第10話 歴史

 誰しも一度は、自分の出自が気になった事はあるだろう。自分は、だれからどうやって生まれたのか。いつから自分として記憶があるのか。

 今の俺みたいに途中で記憶が途絶えてまた一からなどというのは、ほぼ病気扱いで、若年性健忘症とかに当たると思う。十代からまた人生やり直しする人生経験三十代くらいの経過年数二百五十代の気持ちというのは、フィクション好きな俺でも考えたことは無かったな。

 異世界転移とかに該当するのか?ただ、同じ世界で寝てただけだし、神様的存在からチートスキルを授かった訳でもないので。若返りのみ、記憶持ち越しでニューゲームって感覚だろうか。


 つつみちゃんと契約した後、欲しい情報の絞り方についてコツを軽くレクチャーしてもらい。まずは数日かけて歴史関連の書物にアクセスしていく。俺の起きていた頃の文明が、その後二回滅びたというのは、本当だった。

 一度目は二千四十五年、月のチタン酸化物の大規模鉱床の領有権を巡り、イギリスと中国が戦争に突入、香港を中心に二年程小競り合いの末、中国が大規模核攻撃に踏み切り、イギリスも即座に報復。イギリスはロンドンとフェリックストー、中国は北京と上海が地図から消えた。台湾と鹿児島にも向けて発射され(戦後、誤射ということで処理されたが)、台湾は本土半分が不毛の地となり、鹿児島は撃ち落としに成功して爆弾自体は不発だったが、日本と中国は国交断絶となり。そこから世界的に軍拡競争が加速する。

 軌道エレベーターは二千四十八年にシンガポールに一号棟が完成、続く四十九年に二号棟がマレーシア、五十二年に三号棟がブラジルの大西洋沿岸に完成した。

 この軌道エレベーターは、よくあるSFの建造物みたいに、スタイリッシュなアリーナとタワーの合体した大規模建造物が空高く伸びている、とかではなく。赤道上の高度三十キロ地点に浮いて存在する。

 世界中からジェット機などにより高度十キロにあるハブ空港まで人や貨物が運ばれ、そこから高高度気球で高度三十キロまで上昇、三千ヘクタールの敷地から千二百本のエレベーティングテープが静止軌道の三万二千キロまで伸びているそうだ。

 地球の重力へのカウンターウェイトは貨物重量でバランスを取り、長さはコンパクトに抑えたと記述があるが、これ、文明がほぼ滅びた今残ってるのか?バランス取れなくて落下してそうだな。日本の空からは見えないが、当時は地球を取り巻くダイソン球状の骨格も衛星軌道上の加速器と同時進行で建設が進んでいたらしい。

 因みに、軌道エレベーターにアースポートが建設されなかった原因だが、設置国のクソ共の利権争いと度重なるテロでぐだぐだになっていつまでも完成しなかったので、先にアースポート以外全て完成してしまい、そのまま使い始めてしまった事に起因する。


 確かに、テロが小躍りする標的だよなぁ。


 このエレベーター完成により、宇宙進出は加速する。太陽光発電所や核融合発電所が衛星軌道上に乱立し、そこから数年で地球と月のラグランジュ点に日米共同で輸送ステーションが完成。

 だがその翌年、新生ロシア共和圏により一時ラグランジュ点が占拠され、要塞化される。

 日本からJAXAと宇宙作戦隊、アメリカからNASAとアメリカ宇宙軍が共同組織され。五年の激戦の末、辛うじてこれを奪還。この時の奪還総指揮をした長浜一佐の名前を取り、長浜ドクトリンが、宇宙戦の基礎となった。

 五年間ロシアがただ占拠してるはずが無く、こっそり他の拠点の建築を進めていた為。それからラグランジュ点の勢力争いに発展する。


 ロシア、中国、欧州連合を中心とするRLP(ロシアラグランジュポイント)同盟。アメリカ、イギリス、日本を中心とするSPK(宇宙平和維持軍)。二つの勢力の戦いは地上にも伝播し、世界的な戦争へと突入。

 核保有国の飽和攻撃から始まり、軍備、物資フル投入の大戦争となった。

 直ぐに各国の首都機能が麻痺、欧州連合がナイジェリアに大規模シェルターを建設したらしいが、核攻撃からは守れても、衛星軌道兵器のピストン爆撃に歯が立たなかったらしい。

 二年間、戦争は続き世界中がボロボロになった後、なし崩し的に停戦合意したが、この時、地上のケーブルネットワークが寸断されてしまっていた事で、ケーブル通信に依存していた国は原始時代に逆戻りしてしまう。

 ゾンビ映画によく出てくるあの状況だ。殺し、略奪し、喰う。

衛星通信網が発達していた日本やアメリカは、辛うじて国体を維持できた。


 それから数十年は緩く文明が再構築されてゆく時代が続き。約二百年前、二度目の文明崩壊が起きた。


 原因は、シネマティック・ファージだ。


 この、分子機械ナノマシンはバクテリオファージを基幹とし開発されたウィルス性の人工物で。まるで映画のように、環境に物理的影響を及ぼす性質があった。

 散布されたシネマティックファージに働きかけると、風を吹かせたり、光を乱反射させたりした。

 応用技術が続々と開発され、動植物にも影響があることが分かると、そこからの流れは混迷を極める。犯罪や遺伝子改変に使われ、法整備も全く追い付かないまま、一気にシンギュラリティ《技術特異点》に突入した。

 シンギュラリティは。本来、技術の大幅な進歩が有った時期を指して言うのだが。俺の生きていた当時は、人工知能が人間を追い越す時期の事を揶揄して言われていた。何をもって追い越したと判断するのかは未だに議論が分かれている。生命の定義に入れば良いのか、ボトムアップ可能なプログラムが人間の能力を超えた時か。 まあ、一番多いのは。


 自己認識したとき。


 自分の無い自我は、只のプログラムで、自我ではない。というのが通説だ。


 シネマティックファージによる全世界規模のニューラルネットワーク構築に関して、フランスの研究所が論文を出した直後、中央アジア付近を発生源とする謎の致死性の病気が蔓延しだした。

 その病気に対して“羊の団”と名乗るアカウントから六六七個のIPアドレスを使って犯行声明が出され。愉快犯なのか便乗犯罪なのか世界規模で捜索の途中、ネット上に自らを”神”と名乗るモノが現れた。


 “羊より生まれた私は。ただ、そこにあり、見続ける”


 当時の事は想像でしかないが、自我のある全ての人間に視覚や聴覚を通じてメッセージとして、そう届けられたそうだ。ありえなくない?体験してみたかった・・・。

 一部の科学者は、謎の病気は、シネマティックファージをネットワーク化したのは、ネットワークに自我を持たせる原因だったと提唱し、人類は喉元にナイフを突きつけられた、と悲嘆した。

 宗教家たちがこれに呼応し、終末論を振りかざして全世界にテロ行為が激化。敵も味方も分からない乱戦が始まる。

 日本人として想像がつきにくいが、宗教を心の支えとする人は人類の大多数を占める。彼らを殲滅、または融和させる為、文字通り“無益な”戦争だった。

 文明は完全に崩壊し、衛星通信網は破壊され、月との連絡も取れなくなり、宇宙進出の技術を失った人類はシネマテッィファージ頼りの社会構築を迫られる。

 ファージのネットワークは生物の脳と同じ機能を持つとされ、サーバーの機能も果たしており、データは無尽蔵に記録、引き出しが出来た。

 いつしか、機能の一部を、昔のオカルト作家が提唱した概念に則り、アカシック・レコードと呼び、今ではネット全体を指してアカシック・レコードという呼び名で定着している。

 結局、それらしき現象が観察されるだけで、ニューラルネットワークが自我を示した決定的な形跡は無かった。


 現代の亜人種は一回目の文明崩壊直前辺りからインテリジェントデザインの一環として、生まれてくる子供の遺伝子改変がトレンドとなり、その後の混血、淘汰による名残だそうだ。

 混血や淘汰に関しても様々なドラマが最近まで有ったようだが、ここでは割愛しておこう。調べてるとキリが無いからな。


 俺の、契約上の主な仕事は、この膨大なデータの中から、つつみちゃんのインスピレーションの元になるデータのサルベージをする事。どうやらこの身体は、既存の検索エンジンにヒットしない最深部へのアクセス権が生体付与された特異個体な為、権利消失している情報に限らず、ほぼなんでも引き出せる。

 云わば、“金額書き放題の小切手が服着て歩いてる“と言っても過言ではない。


「この先生きのこれるのか?」


 有象無象でも生きる難易度高い世界なのに。選ばれしもの状態だと、やっぱ即解剖ルートくらいしか想像できず、暗鬱としてくる。

 ちょっとくらい腕っぷしが強くても、ここはゲームの中ではない、寝る暇もなく何日も追い回されたり、飽和攻撃でもされたらすぐにゲームオーバーだ。

 つつみちゃんに拾われて、今のところ人間らしく生きているのは相当幸運だ。

 あの並んでいた水槽(まんま“冷凍睡眠ポッド”という名前だ)の中にいた人たちも。破壊され無理やり取り出されたとか、五体満足で起きられたとしても、“コロ・・・シテ・・”状態でアクセス権だけ利用されたりなのだろう。

 そういや、つつみちゃんがサンジェルマン祭りとかなんとか言ってたっけか。十何年前に起きたそいつは、今も元気なのだろうか?そいつの現在の状況にロックがかかっていて閲覧出来ない。バレたら命の危険があるから当然か。

 せいぜい、見捨てられないようにあの子の役に立って、少しでも長くまともに生きていきたいものだ。

 俺はひとしきり絶望すると。過去の楽曲の中から、指定されたコード進行が活用された曲の検索を開始した。

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