第9話 実年齢と希少価値

 それから数日は、身の回りのモノを揃えたり、住む場所を確保したりであっという間に過ぎ去った。一緒にやってくれたつつみちゃんにはマジ感謝。

 だが、先立つものの無い俺は、どうやって生きていけばいいんだ?地下から何でも送られてくるとはいえ、ノーコストではない。つつみちゃんに相談したら、既に決まっていたらしい。


「わたしと専属契約して欲しいの。悪いようにはしないし、ヨコヤマくんの事もしっかり守るから」


 もじもじと、ギターを触る手つきであわあわ空手を動かしている。本物のエアギターだエアギター。


「なんか、プロポーズみたいだな」


 おもいっきり頬叩かれた。

 普通に、労働契約だった。内容を読み込んでいく、口約束ほど信用ならないものはないからな。隅々まで読むぞ。

「そもそも、今の日本って法律はどうなってるんだ?」


「ヨコヤマくんが言ういわゆる“日本”には、州法と都市自治法のみね」


「ひっかかる言い方だな」


「歴史系のデータはあまり詳しくアクセス権取って無いの。音楽系全振りみたいなもんだし。だから、正確な説明はできない。えーっと。確か、昔ロシア圏から樺太取り返した時に都道府県が五つの州に分かれたの。その時に制定されたのを州法。で都市とそのテリトリーのみに適用されるのが都市自治法」


 つっこみが追い付かない。


「ただ、法が適用されるのは、地下登録された市民だけ」


 なんだと。


「それって?」


「そう、未登録者は何しても何されても法は守ってくれないの」


 俺はとんでもない時代に起きてしまったようだ。


「ヨコヤマくんの登録は即行済ませてきたから、詐欺とかからは守れるけど、このジャンクションから一歩出たら。この間のコボルドみたいな未登録人種に、法だのなんだの言っても、全く意味ないからね」


「この、市街地には未登録者はいるのか?」


「居ないことになってる」


嫌な返しだな。


「人口はどんな感じなんだ?」


「戸籍上は籠原ジャンクション自体は二万人くらいかなぁ?上州の人口は五百万人ちょいで、未登録人種は、不明ね。百~一千万人て、ざっくり見積もられてる」


 未開拓地域や汚染区域が多すぎて、誰も正確な統計は取っていないらしい。


「市街地でも、誘拐と詐欺には十分気を付けてね、スリーパーは希少価値が天文学的で何されるか分からないから」

 で、この契約に戻るわけだ。

 読んでみた処、つつみちゃんの創作活動に協力する対価として俺の生命の安全と人権の尊重に配慮する云々が表記されており、創作物の登録マージンも発生するそうだ。


「創作活動って音楽の事?」


 つつみちゃんは表情を硬く上目使いで頷く。確かに、この契約は俺を守ってくれるだろう。だが、拘束時間や裁量権、あと契約破棄に関しての記述が曖昧だ。そのあたりを聞いてみると、泣きそうな顔で練り直してくると言われた。

 口約束で契約するのはお子ちゃまのファンタジーだけだ。


「ここでいじり直せばいんじゃん?」


 無言で首を振る。ため息一つ、生暖かい目で俺を見る。

 なんかやらかしたのか?


「ふぅ。子供だと思ったのに。ヨコヤマくん何歳?」


わからん。


「二百九十歳くらいか?冷凍睡眠になった過程が思い出せないんだよな」


「コールドスリープ引くと?」


「三十半ばかな?あれ、マジで思い出せない。何でこうなった?」


 科学的に記憶を消されるとか、フィクションにはよくある話だが、いざ自分がその立場になると。起きた当初は軽く考えたていたが、本当に思い出せないので焦る。


「見た目、十代前半だよ?」

 

 それな。


「二十歳以上アンチエイジングされてる個体は、ほんと終末期の終わりの方でモニター募集された形跡があるだけだから、記憶が本当なら同じタイプでアンウェイク成功した人はヨコヤマくんが二人目かもしれない」


「今の天然記念物の扱いって?」


「愛玩か研究」


 両方嫌だぁあああああっ!!



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