第8話 地下
無機質なコンクリの階段を抜け地上に出ると、騒々しい活気に溢れた、ほぼほぼ思った通りの光景が広がっていた。
素直に感動した。
ポストアポカリプスのゲームで飽きるほど見た、あのバラックやら廃材の山やらの中で暮らす人たち、いわゆる人間はほとんど見当たらないので“人”と言っていいのかは分からないが。あの小さな畑は、アスファルトを引っぺがして作ったモノだろうか。洗濯物なのか仕切りなのか分からないものが無数に干してある隙間を、武器だの荷物だの持った住人が忙しなく歩き回る。
廃駅前のラウンドアバウトを中心に、店なのか住居なのか、判別付かない建物が所狭しと並んでいる。上の遊歩道も軒並みバラックが並んでいて、はみ出したり妙な建てつけで隣のビルとくっついてたり、地震きたらやばそうだな。
「すげぇ」
つつみちゃんが両手を腰に当ててドヤっている。ちょっとかわいい。
ただ、少し景色に違和感がある。なんだろう。
「どうしたの?」
う~ん。
「まぁ、いいか。わたしの所属してる箱に行こ。こっち」
“くもーぬ“と親指を回転させ歩き出す。
人と建物の隙間をすいすい進んで行くつつみちゃんに、割と必死でついていく。
覚えようと思ったが、道順とかわからん!昇ったと思ったら降りてたり、地下かと思ったら屋根にいたり、どうなってんだここは!?ん?登り棒も道なの?!
しばらく歩いた所にある狭く急な螺旋階段を上った二階に真っ黒なドアがあった。
赤いスプレーで殴り書きがしてある。血かな?血じゃないよな?黒ずんでるけど。
「テル・・・、テルミット・スパーカーズ?」
すごく暑そうな店だな。
「オーナーに挨拶したら、直ぐ休んでもらうから、もう少し頑張ってね」
ああ、なんか、言われたとたん疲れがどっときた気がする。
入ると、中は普通のライブハウスだった。
普通の基準が曖昧だが、隅に積んであるテーブルの数からして、収容百人くらいまでだろうか。
正面にステージがあり、その左右にバカでかいスピーカーが阿吽像の如く鎮座している。高い天井にはスポットライトがごちゃごちゃに備え付けられ、壁や床、天井にも勿論スピーカーらしきものが見え隠れしている。
ライト自体は、バーカウンター前の薄暗い一つしか点灯しておらず、そこで数人の男女がグラスを傾けていた。
つつみちゃんの靴音が全く反射せず、部屋は広いのに何故か閉塞感が一瞬襲い身震いした。
良い遮音材使ってるな、ここ。
「ツツミ、おかえり。わん公に襲われたって?」
低く、艶のある声の女性がカウンターの中から声をかけた。
燕尾服のバーテンダーらしき、コスプレなのか?
赤を少し差した長い黒髪を軽くウェーブさせ後ろに流している。俺と目が合うと軽くウィンクが返ってきた。
「お疲れさまです。一応無事です。」
「そう」
女性は頷いて俺に目を向ける。自己紹介しろって事か?フォローしてつつみちゃんが口を挟んでくる。
「満身創痍だから、手短にお願いします。丸一日コボルドに鎖に繋がれたの」
合い向かいに座っていた二人の男が目を見開いた。そのうちの傷と髭の多い方がドスの効いた声で唸る。
「んん?あのバトルジャンキーどもに気に入られたのか?今度のスリーパーはすげぇな」
つつみちゃんは、尚も続けようとする男を遮って“話は後で”と俺の紹介だけすると、強引に引っ張ってステージ裏の廊下に連れ込まれる。
「あの三人話し始めるとすんごい長いんだから、よこやまクンも気を付けて。てか、死にそうな顔してるんだもん、早く休んで欲しい」
あ、うん、はい。確かに、汚いし臭いし、あちこち激痛でボロボロで、無事なのはさっき着させてもらったパーカーくらいだ。
案内されたのは、くたびれたマットレスのシングルパイプベッドが窓際に置いてある、六畳ほどの部屋だった。
部屋の半分は音響機材で埋まっており、実質、ベッドと機材以外の足の踏み場がほぼ無い。
「先月、シャワーにショゴスが詰まってまだ捕りきれてないの。拭くもの持ってくるから、そこで寝て待ってて」
聞き間違いだと思うが、クトゥルフ系のパワーワードが出てきた。気のせいだよな。そもそも、言語どーなってんだ?同じ日本語なのだろうか?このシネなんとかファージがテキトーな自動翻訳とかしているのか?
持ってきてもらった鍋の水とタオルで身体を拭いた後、落ち着いたせいか急激な眠気が襲い、吸い込まれるようにベッドに倒れ込みそのまま眠ってしまった。
起きた時目の前真っ暗で、ここがどこなのか、どういう状況なのか、思い出すのに数瞬を要した。会社行かなきゃ、と時計を探し、ベッドから手を伸ばすと、ガラガラと機材が崩れ落ちる。ああ、そうだ。ここは俺の知らない世界。 冷凍睡眠で二百五十年ほどリープした未来の日本だ。
「全く」
若々しいガキの声が自分の口から洩れる。ゲームの中と言われた方が真実味がある。
幸い、この身体は回復力が良い様で、怠さも痛さも大分和らいでいた。
どのくらい寝ていたのだろう。窓の外も真っ暗だ、薄っすらと隣のビルの壁が見えるような気もする。ズシンズシンと、時折振動が来る。
気になって外に出ようとドアを開けると、爆音が全身を叩き、冷や汗が噴き出した。
そうだ。ここはライブハウス、今はライブ中か。
爆音に引き寄せられて歩き始める。冷たいこの廊下は、材質不明で、ゴムっぽいアスファルトの質感が足の裏から伝わってくる。
近づくほどに、熱気が波となり、全身の骨と肉が振動した。
通路終わりのバックステージから覗くと、爽やかなツインドラムに乗って、ギターとベースが主導権を争いながらかき鳴らしている。
その全てに負けず、張りのある声を通しているのがコボルド・・・ではないな、狼男?
歌詞は、死んだ友を悼む無力な自分と、その自分に対する怒りだった。
知らない単語や言い回しが多く、全ての歌詞は分からないが、聴いているとふつふつと怒りがこみあげてくる。爆発して全身を振り回したくなってくる。
俺、こんなストレスため込む体質だったっけ?
客席を見れば、拳を突き上げてリズムをとっているのは少数で、他は皆、殴り合いやどつき合いをしていた。なんだこれ?錯乱しているのか?それともこういう楽しみ方なのか?壁際には黒スーツでムキムキのガードマンが等間隔で控えていて、客同士のどつき合いは止めないが、店の備品に手を出した客は、彼らに即座につまみ出されていく。
バーカウンターの内側には、あの声も見た目も美人な女性が、細身のシガーを片手に、煙に目を細めている。目ざとく俺に気付くと、小指でちょいちょいと、呼ばれた。
乱闘の隙間を縫い、時々来る拳を避けながら、なんとかノーダメでたどり着いた。
指示されたスツールに腰掛けると、金属製のオシャレな耳栓を二個渡される、付けろという事か。
見ると、女性もSPたちも、同じ物を付けていた、爆音の中ではあれでコミュしてるのか。
耳栓をすると、怒りは嘘のように引いていく、なんであんなに怒りが渦巻いていたのか、少し恥ずかしくなる。
「あまり効かなかった?あいつの歌」
ステレオで聴こえる甘い声が、耳元で囁かれている。ゾクゾクする。マイクも兼ねてるのか?これ。
「怒り?なんか、聴いてて妙にイライラしたけど」
骨伝導なのか?インカムらしきものは無いが通話できるようだ。
「一応効くのかしらね。とりあえず、何か食べなさい。お腹空いたでしょう?」
メニュー表がカウンターに浮かぶ。
う~む。読める。全部日本語だわ。ジャンクフードやファストフード、酒のつまみ系が揃っており、マジでこれ出るのか?こんな流通悪そうな土地で?
「ここはお酒メインだから。あまり品ぞろえが、食べ盛りの男の子向けではないかしら、何か元気の出るもの作ってあげようか?」
覗きこまれて年甲斐もなく恥ずかしくなる。オカシイ。俺はこんなキャラだったか?
「照り焼きバーガーにオニオンリングセットで、飲み物は烏龍茶」
っと、頼んでから焦る。
「待って、金持って無い」
「お姉さんのおごりよ。」
素直にごちそうになるとしよう。これからどうするか考えると絶望しそうになるので、とりあえず、何か腹に入れて、それからだ。
作るのをカウンターで見ていて、まず始めに思ったのが。
この世界では、料理チートが意味をなさない!
バーカウンターの後ろは広めシステムキッチンになっているのだが、開けた時チラ見した隣の冷蔵庫には調味料しか入ってなかった。
食材はほぼ、シンクの隣のダストシュート?から出てくる。食材が出てくるのでゴミ捨て場では無いな。下からエレベーターで上がってきているのだろうか?肉も野菜も、冷凍品も冷蔵品も、順番ずつ出てくる食材を手際よく調理していく。お姐さんが細やかな手さばきを止めた時には、ジャンクフードのセットメニューが俺の目の前に完成していた。ファストフードほど早くはなかったが、こんな丁寧に作られた照り焼きバーガーセットは初めて見たぞ。
「おあがりなさい」
俺のきょとんとした顔が面白かったのか、くすくすと笑っている。
「いただきます」
胃が受け付けないなどという事は無く、食べだしたら止まらなかった。美味い。空腹は最高のスパイスと言うが、そういう事ではない。この料理には作った人の癖が出ていない。美味しく完成されたレシピそのままに正確に作った味がする。何故そんな事分かるのかというと、食べながら教えてもらってるからだ!
「今日のこれは、レシピ再現率コンマ二十七パーセントとどかなかったわね。バンズの過熱が四秒ほど足りなかったみたいだわ」
カウンターテーブルに表示された評価表に子細に分析された結果が数値化されていた。この世界には、過去の蓄積された遺産に対して再現者という資格があり、その再現項目は多岐に渡っていて、彼女の場合は調理再現者のB級だそうだ。
B級とか聞くと、冒険者ギルドのランクみたいだが、高ランクだから優遇されて黄門様プレイしたりとか、低ランクだから馬鹿にされたり薬草採取しか仕事がなかったりとかそういうファンタジーではなく。普通に、俺が冷凍睡眠する前にあった資格制度と同じ立ち位置みたいだ。
調理のB級は有資格者全体の上位一割の中に入っており、全てのジャンルで九十五パーセントを安定して出せないと降格・・・って厳しくないか?
「全ジャンル?凄」
「そう、アイルランド料理から河南料理まで。ただ、スリーパー君には勘違いしないでほしいのだけど、パンを焼いたり、麺を作ったりとかは、また別の資格なのよ。詳しいこと知りたいなら、関連項目で検索すれば色々出てくるんじゃないかしら」
なるほど。
と、検索かけようとしたら。
「禁止!そういう誘導尋問禁止です!」
真後ろからつつみちゃんの声が聞こえた。
「あらそんな、人聞きの悪い事いわないでくれないかしら」
後ろを向いたが、いつの間にかライヴは終わり、人やらモノやら、散らかった会場を片づけるガードマンやスタッフがいるだけで、つつみちゃんは居ない。
「盗み聞きは禁止じゃないの?ツツミ」
「ちがいます。モニタリングしていただけです」
それって盗み聞きとどう違うんだ?
「ほら、リョウ君も浅ましいって」
「ヨコヤマくんはそんな事言いませんー。・・・!? なんでスミレさん名前で呼んでるんですか?!」
「だめかしら?」
流し目で言われるとドキッとする。
「いいけど」
「そう、自己紹介がまだだったかしら、この箱のオーナー兼店長のスミレよ」
つつみちゃんがなんか喚いていたが、急に音量が絞られて遠のいていく。あ、なんか叫んでる。
「あの子は今、急ぎで市役所まで地下市民登録に行ってるの。対面じゃないと地下に正式登録されないからね」
「地下?」
「そう、これの繋がっている所、衣食住ほぼ全て、供給の大元は地下よ。いつでも全てのモノが手に入る訳ではないけど、食材とかはさっきみたいに、割と融通きくの」
地下と言っても、地下数階とか、地下鉄並みの数百メートル程度ではなく、地上の人間がだれもたどり着けないそうだ。
「それ、地下なのか?」
「漠然とね。地下に大規模プラントが生きているって場所がいくつかあるの。そこの地上が供給地として機能するから。自然と人が集まって、こんな市街地ができるのよ」
俺が今食べたバーガーセットは、全て籠原産の食材ということだろうか。地産地消なのか、ある意味。
誰もたどり着けない所から送られてくる、選り取り見取りの食材・・・。オカルトすぎない?!
「誰が作ってるんだ?」
「さあ。そういうものなのよ」
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