第12話 肉

「説得力無いけど、そんなにドジじゃないよ?」


 あの後、気付かず創作活動してたつつみちゃんに回収された俺は、上のテルミット・スパーカーズで手当てを受けている。

 幸い、軽い打ち身と擦過傷で済んだのだが、安全が無いという現実にストレスが半端ない。眠ってる時殺されたらどうしようとか、トイレにいる時グレネード投げ込まれたらどうしようとか、ロクでもない考えが堂々巡りしまくる。


「気付かないとか、致命的でしょ。ボディーガード付けなさい」


 俺の手当してくれているのはスミレさんで。手当ぐらい自分でできると言ったのだが、無理やり座らされて薬塗られたりパッド貼られたりしている。手つきがエロいのでドキドキするはずなのだが、もやもやとストレスの沼に沈んでしまって素直に喜べない。


「リョウ君の事考えなさい。映像見たけど、偶々生き残れただけで、普通死んでるわ」


「ヨコヤマくん強いから大丈夫」


 つつみちゃんがむくれている。


「俺の契約は別に構わないが、百人とかに一斉に制圧されたらどうするんだ?」


 百人と言わずとも、寝ているとき狭い部屋の中に五人押し入ってこられただけでも、余裕で瞬殺される自信がある。現実は無双ゲーではない、か弱い少年の肉体では限度がある。


「ほら、リョウ君だって不安がってる」


「傭兵は信用できない」


「組合から狙われてまで信用落とす人はいないでしょ、救出の時だって、お金の分ちゃんと働いてくれたでしょ?」


「ヨコヤマくんの正体が分からなかったからだよ」


 困った子ね。とため息一つ。スミレさんがポンと平手を打つ。


「リョウクン。私の所で一緒に暮らしましょうか」


「だめぇーっ!!」


 スミレさんと一緒に住む案は、つつみちゃんに全力で否決され。

 結局、三交代制で六人の警備を付けることになった。スミレさんのガードマンの伝手から警備会社を紹介されたので、信用はそれなりにあるという。

 この籠原ジャンクションには、百人からの暴力を抱える利益追求団体は一つもないそうだ。稼働人数は多い所で三十人が良いとこだという。

 その中で、俺を狙いそうな団体はどれくらいいるのかスミレさんに聞いたのだが。


「この街の人間は誰でも、少なからずあなたに興味があるわ。今、一番の有名人だもの」


 との事。金の生る木は、植える場所に困らないらしい。


「どうこうしようという人たちを統計で出したりはしないわ、わたしも監督するし、半径二百メートルの人の動きは全て監視してあるから安心してちょうだい」


 観測機器やシネマティックファージが届かない所は無理だそうだが、全て監視されるというのは、それはそれで思うところがある。

 俺の時代でも、ゲームの中では一挙手一投足、言動全て運営に筒抜けだったし、そう思えば、ダークゾーンあるだけプライバシーはマシか。



 などと思っていた時期が俺にもありました。


もう居場所がバレてるので、街を歩けば壺を売りつけられ、握手を求められ、血や髪の毛を採取されそうになる。

 悪意無く注射器ぶっ刺してくるなよ!

 ふと、アフリカで子供のスリに集られた時を思い出した。

 あの時は、ワラワラ寄ってきて何をするのかと思ったらいきなり全員で身ぐるみ剥がしだして、ガイドが現地語で喚きながら銃振り回さなかったら肉すら喰われて残ってなかったんじゃないだろうか。

 護衛が優秀過ぎるので、当時よりは全然ましだ。ガタイの良いおっさん二人で制止を無視する輩は老若男女問わず殴り倒している。


「坊ちゃん、ひと月もすれば落ち着くから、用事は俺たちに言いつけて引きこもってなよ」


「そうそう、ぶっ飛ばされるこいつらも可哀想だろ?」


 マフィアの親分とかこういう気持ちなんだろうか。

 露店を見て回りたいと言って連れ出してもらったのだが、この街の民度はどうなってるんだ?

 小さい子がボコボコにされても無表情で向かってくるのを見て、外に出るのは諦めた。

 こういう子たちは誰かに脅されてやらされてるのか?

 “身分詐称の準備がひと月もすれば整う“と、つつみちゃん言ってたし。その頃には人気も下火になるそうなので、それまで引きこもることにする。



「シャワーが使いたいです」


(迫真


「俺ら掃除は契約内容に入ってないからよ」


「業者来るまで、拭くだけで我慢してくれや」


 こいつら・・・。

 十階建ての最上階がスミレさんのプライベートフロア、以下四階までが居住フロアで三階が倉庫、二階がテルミット・スパーカーズ、一階がレンタルスタジオで、地下一階がボイラー室と電源室だ。

 俺はそこの四階の一部を住居として貸してもらっているのだが、未だにシャワーだけ使えない。八階で浴室用の水道管にショゴスが詰まっていて、汲取り業者が予約待ちだからだ。

 いい加減、キッチンで頭を洗うのも苦痛になってきた。


「この間の破片落下位置は、ホテル前の噴水ドンピシャだったからなぁ、掃除いつ来んだっけ?」


「三ヵ月待ちだから、九月の中頃だなぁ」


 ローテーションで来るこいつら六人とは、割と打ち解けてきて、軽口程度なら叩く仲になってきたが、暴力以外の仕事は全くやる気配が無いな。

 因みに、ショゴスは無論、あの正式なショゴスではない。

 水の中で活性化し、不定形の肉の塊というのはまあ合ってる。

 奴らは年に数回、不定期に空から降りてきて、あらゆる有機物や水分を吸収しながら大半は地下に吸い込まれていく。

 史上最悪と言われた、三年前の伊勢湾肉嵐。丸一日降り続いたショゴスの動画は 凄まじかった。

 潮岬から上陸を開始したこの肉嵐は、上空から風神が吹き付けるが如く、全てをなぎ倒し押し潰し消化しながら日本列島を縦断し、中心地が通った後は文字通り、不毛の地と化した。十七の街が飲み込まれ。膨大な死傷者と被害を出した。最終到達地の栃木県日光では、未だ地中に吸い込まれない肉の海が蠢いているという。

 この肉の雨は、宇宙からの侵略者や、古きモノのメイドなどではなく。れっきとした人工生命体だ。

 ショゴスは、食料事情解決と菜食主義者のテロ行為根絶の為。低軌道衛星として建設された。

 先駆けはオーストラリアの精肉企業だった。

 自社牧場をテロで破壊されまくるのに業を煮やし、シアノバクテリアにヘリウムを吸収させる機構を組み込んだタンパク質で構成される人工培養肉を高度二十~二十五キロに浮かせ、光合成で増殖。育成後屠殺、精肉まで成功させたのを皮切りに、日本企業との合弁会社が大幅な黒字化と量産化に成功、全世界で一気に需要が広まった。

 だが、二度目の文明崩壊でコントロールを失い、野生化した肉の一部が生き残り、別の企業のグループと合体、分離を繰り返し、収穫できぬままの肉は大量に空を埋め尽くしている。

 地球の遠心力の為か、その生息域は赤道付近の低衛星軌道が主な分布地だが。

 時折、偏西風に煽られて日本上空にも到達する。


 そして、渦を巻き、落ちてくる。


 血中酸素は、酸化鉄の為。無論、血肉は赤い。

 構造上、酸素を大量に生み出す為、放置しておくと爆破事故を起こしやすいので非常に厄介だ。

 除去するには、タンパク質が固まるくらいの高温の炭酸ガスを吹き付けて、且つ引火しないよう細心の注意を払いながら解体する必要がある。

 そして、これが一番厄介なのだが、奴らには生きようとする“意志“がある。

 捕食、攻撃してくる。

 過去の人類はなんと素敵な負の遺産を残してくれたのだろう。

 俺にとっては、未来人か。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る