第6話 狩りのセオリー

 慌ただしい物音で目が覚めた。時間を調べたら、午前四時頃だ。全身バキバキに痛くて、筋肉が凝り固まってしまっている。

 獲物を持ち、犬の内二匹がビルの暗がりに素早く消えていく。かすかに、音が聞こえた。音楽が聴こえた!つつみちゃんか?生きてたのか!?



 残ってその場を片付けていた一匹が俺の顔を見る。目が合った。



 そいつも直ぐに、駆けて消えていった。



 音楽が大きくなってくる。少しずつ近付いてくる。はっきりと聴こえてきた。ギターだけでなく、ドラムやキーボードの音もしている?どういうことだ?

 幹撃の音や爆発音が周囲の空気を揺らす。ここにいて大丈夫か?俺を捕まえに大勢やって来たのか?

 鎖を引っ張る。おもいっきりねじる。鎖じゃ駄目だ!直接鉄棒を揺すったらコンクリの足場ごとぐらぐらと揺れた。錆び足りていない。折れる気がしない。



 遠吠えが思ったより近くにで聞こえ、三匹が躍り出てきた。全員傷を負っている。内一匹、ナイフ持ちが鎖を留めてある南京錠にとりつく。手を出して吠えると、一番遠いところにいた奴が、ポッケから鍵を出して放った。ナイフ持ちが受け取ろうとした所で、鍵が高い金属音と共に弾け散る。



 なんだ!?



 こいつらが逃げてきた方を見ると、黒革コートの人影が暗がりからデカいハンドガンでこちらを狙っていた。



 俺は横の犬を見た。



 犬も、俺を見た。



 ナイフに手をかけ、頬を歪め、また手を離し。

 滑るように暗闇に消えていった。

 他の二匹ももうとっくに居ない。



 一瞬の静けさの後、ギターの爆音が場を満たし、不協和音が冷や汗出るくらいの轟音を撒き散らし高速で鳴り響く。耳を塞いで見上げると、野球ボール大の黒い玉が何個か浮いていた。音はそこからしている。あれ、スピーカーか?お、止んだ。



「ヨコヤマくんっ!大丈夫!?」



 全身汗まみれでロングシャツの上乳がちょっと透けたつつみちゃんが棒状のギター片手に駆け寄ってきた。素直に、喜んでいいのか?これは。

 後から黒革コートがゆっくり歩いてきて、目の前の廃墟と化した高層マンション何階か上の方にはライフル持ちとスポッターも顔を覗かせている。他にも何人か潜んでいそうだ。



「おやおや、ケツの穴は無事か?少年」



 黒革コートは浅黒い肌の女性だった。真っ黒なスモークサングラスを少しずらして、アメジスト色の瞳で俺をキモチ悪そうに見ている。



「下品ね!ちょっとこの鎖何とかして!」



 つつみちゃんが鎖に悪戦苦闘している。迷わず銃口を向ける黒革コート。



 割りとデカイ乾いた音が二発。つつみちゃんが悲鳴を上げた。



 あ。耳キーンときた。



 鎖の一部が割れて。俺は晴れて、自由の身となった。はずだ。



「犬は始末し損ねたが、目的は果たした。規定通り振り込んでもらうぞ」



 黒革コートは辺りを見回しながらマガジンを差し換える。



「言われなくても分かってる。でも、無事に市街地に戻れたらだからね!」



 リュックから取り出したピンクのパーカーを俺の肩にかけ、つつみちゃんが頬を膨らます。ハイハイと黒革コートはへの字に口を曲げ。もと来た方へと戻っていく。



「行こ」



 つつみちゃんが俺の肩に手をかける。俺は、動けなかった。

 着いていって良いのか?これ。

 もっと状況が悪くなるんじゃないのか?

 何かを察したのか、黒革コートが振り返った。

 何で銃に手をかけてんだよ。



「大丈夫だよ。わたしが何とかする」



 つつみちゃんは泣きそうな顔で呟いた。

 俺に言ったのか。両方か。

 肩をすくめて黒革コートは暗闇に消えていった。







 獲物無しで歩くと、護送されてる気分だな。一時間ほど歩けば、安全なコミュニティに着くそうだ。このスピードだと五キロくらい歩くか?直線距離ならもう少し近いだろう。今歩いている道は元は商店街のモールだが、至るところが崩れているし、頭上は木が生い茂り、緑と土の濃い匂い鼻を突く。鬱蒼としたジャングルの中を歩いている気分だ。



「他の人たちは?何人いるんだ?」



 今ここを歩いているのは、俺とつつみちゃんだけだ。一定距離を置いて囲みながら全員が移動しているのだろうが、全く見えない。



「コボルドたちに聞かれてるかもだから人数は内緒だけど。ちゃんと守ってるよ」



 あ。やっぱあいつらコボルドなんだ。



「俺の知っているコボルドと違うんだが」



 つつみちゃんは器用に片方の眉だけ上げる。



「ヨコヤマくんはコボルドを知ってる人なんだね」



 ゲーマーで知らなきゃニワカだな。



「厳密には、コボルドじゃないよ。本来はファンタジーの生き物だもん、この間言ったけど、遺伝子改造が流行った時に、ファンタジーな外見も一通り流行ったの。もう、遺失技術だからかなり淘汰されたり雑ざったりしてるけど、あのタイプの人たちはコボルドって呼ぶんだよ」



 なるほど、話しとしては納得出来るが、何か腑に落ちないような。でも、何がどうなってあんな外見を選んだんだ?



「後で歴史の授業でもしよっか」



 そうだな。すごく、気になる。



「よろしく」



 つつみちゃんは、軽く鼻歌を歌っているが、常に俺の横に着いて、ギターに手を掛けていた。俺を警戒しているのではない。

 多分、市街地ってとこに着くまでにまだエンカウント有りそうだな。







「あの水路渡ればあと一キロくらいだよ」



「あ」



「ああ、やっぱ靴持ってくるんだった・・・」



 因みに、俺はずっと裸足だ。

 そして水路には車一台通れるくらいの小さい橋がかかっているのだが、辺り一帯にガラスの破片がまかれている。



 「散ってもらったのが裏目に出たね」



 つつみちゃんは例の不協和音を小さく鳴らし始めた。スピードは変えずに歩く。

 ああ、しっかり俺狙いで待ち伏せじゃん。これ、止まったとたん襲ってくるやつか。



「呼んだらフォーメーションに穴が開いちゃう。走り抜けられる?」



 マジで?足ザクザクになりながらあそこ走んの?

 死ぬよりましだし、治せるんだろうけど。もっとマシな方法ないのか。このパーカー千切って巻くか?

 助走をつければ、なんとか橋の欄干に乗れるかな。そこさえ走り抜けられれば、向こう側はそうひどい事にはなっていない。



 覚悟を決めて頷く。



「おーけー。ちゃんと治すから我慢して」



「市街地の場所聞いといていいか?はぐれた時の為に」



「わたしと居ないと開かないから、はぐれたらゲート付近で隠れててね。真っ直ぐ行って、大通り出たら右、大きい公園が見えるから、その向こう側だよ」



 真っ直ぐ行って、大通りを出たら右の大きな公園の向こう。おっけ。



「りょーかい」



「っし、行くよ!」



 俺が少しずれて助走していくのに、つつみちゃんは驚いて一瞬止まってたが、直ぐに理解して斜め後ろに着いて走る。



 俺たちが走り始めたら、銃声が始まった。結構遠くから聞こえる。

 止まらないとみて、襲撃開始したのか?

 もう、遅いんだよ。

 助走をつけて近くにある廃車を足場に一気に欄干に飛び乗る。

 足を着く瞬間、油でも塗ってあったらどうしよ。と思い。飛び乗れて滑らなくてホッとしながら走り抜けようとし、橋半ばまで来て嫌な予感がした。



 ルートこれしか無いよな。



 向かいの橋の影から空気読んだかのように、ひょっこり犬が顔を出して、振りかぶっている。ああ。もう投げた後か。



「きゃっ!」



 ナイフは回転しながら飛び、つつみちゃんのギターの弦が切れてばらまかれた。

 もうひとつ投げられる。俺に向かって風切り音と共に飛んでくるそれは、よく見た形だ。ブラックジャック?!



 そして、二つつながっている。ブンブンと音を立て飛んでくる。



 ボーラか。



 紐の両端に重りが付いたその投擲物は、走る獲物を無力化させるのに効果的だ、高さ的に跳ねてよけられず、しゃがんだら絶対滑って落ちる。下は淀んだ灰色の、どう見ても下水路だ。あれに絡まったらどのみちガラスまみれでのたうち回るか下水まみれで溺れるかだ。



 どっちも嫌だ!どーすんだこれ。



 目の端に、ログが出る。



 視力を加速するか聞かれている。

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