第5話 犬

 喉が苦しい。冷たい。後頭部が痛む。耳鳴りが酷い。



 薄く目を開ける。ここは暗い広場?ビルに囲まれた公園の廃墟だろうか。雑草の中で砂をなめて横たわっている。首に何か巻き付いている。動かないで状況を確認したい。



「オンッ」



 すぐそばで低い鳴き声がした。俺の頭の近くに一匹しゃがみ、覗きこんでいた。ばれてーら。

 動けない振りをしながら、各部位に力を入れてみる、一応、全部位動きそうだ。首に巻き付いているのは鎖か?

 ギチギチに巻き付いている。絞めすぎだろ、かなり息苦しい。

 こいつを刺激しないようゆっくり起き上がる。じゃらりと首が引っ張られ、かなり重く太い鎖だ。ぐおお、頭が割れるように痛む。実際、割れてんじゃないのかこれ。

 後頭部を触るろと、髪がドロリと濡れていて、手が血塗れになった。痛って!かなり腫れている。外傷からの出血自体は収まっているようだ。内出血とか大丈夫か?



「オンッ」



 同じ声でまたそいつが吠えた。手に持っていた緑色の水風船をこちらに投げる素振りをした。構えたら放ってきた。避けられず、庇った手に当たり、割れて中身がはじけ出た。緑色の粉っぽい液体だ。毒物?!



 そいつは、自分の後頭部を指す。何だ?塗れってのか?殺すならこんな事しないか。どのみち生殺与奪権はこいつらにある。



 そっと塗ったら白い煙が勢いよく出た!痒い!熱?!これ、治るやつか!?

 白い煙が収まると、頭の痛みは完全に引いていた。便利なもんだな。

 で、これは何だ?拷問エンドか?この後どこかに連行されるのだろうか。このまま、動けるうちに首絞めて死ぬべきか?



 そいつの動きを、外見を観察する。見た目は、ファンタジーで雑魚として序盤に登場するコボルドそのものだ。

 ファンタジーだと、だいたい一刀の元切り捨てられる、ゴブリンと並ぶ雑魚モブだが、こいつは熱気とともにアメリカの海兵隊バリの威圧感を放っている。よくこんなのに向かっていったな俺。



 そいつは無表情に俺を見つめていたが、ふと、隅っこの暗がりに目を向けた。そこからはさっきの二匹がのそりと出てくる。音全くしなかったな。こいつらやべえ。



 一匹は、握っているコンバットナイフに血が着いていた。俺の視線に気付き、ズボンの腿で拭き取り、腰のホルスターにしまった。



 つつみちゃん、殺されたのか?



 あの子が、こいつらに非道い目に合わされたのを想像して、ふつふつと怒りが沸き上がる。



 いや。真相は分からない。何が正しいのかも分からないが、状況がこれ以上悪くならないうちにここから逃げ出したい。ぶち倒して逃げるとか、不可能だろう。隙をつけるか?懐柔とか効くのかこいつら。



 コミュニケーションは似通っているっぽいが、言語で意志疎通できそうにない。犬っころたちは低く唸りながら視線を交わしている。



 そういえば、金属棒を持っていた奴は、今は手に別のモノをいくつかぶらさげていた。不器用で無骨だが、俺がさっきまで使っていたブラックジャックを真似して作ったのか?



 どういうつもりだ?



 俺の意志が通じたのか、そいつは持っていたそれらの内一つを足元に放り投げてきた。



 なんだよ。そういうこと?



 鎖につないだ犬を虐めて遊ぶ的な?



 コンクリ片にビニール紐でメチャメチャに巻いてあるそれは、俺の死刑宣告だ。

 サバイバルナイフの奴が俺の前で抜いて構えた。まだ、錆びが血で赤く濡れていた。畜生。

 俺が動かないでいると、そいつらは顔を見合せ、なんか勝手にトーンダウンして。肩をすくめる。



 構えた奴は、容赦なくナイフを首に向け突き立ててきた。

 しゃがみ、拾い、跳ね上げる。視線はそいつから動かさない。睨み殺したくなるのを抑えて、無表情に観察する。全身が震える。ああ、こんな死に方するなんて。

 鼻にシワを寄せ、その三匹は同じ表情で笑った。くっそムカつく。

 分かったよ。やってやるよ。吠え面かくなよこの野郎ども。

 前に出ようとして鎖が張り、慌てて後ろに下がる。



 どこから出てるんだこれ。目線でたどると、草むらの中に鉄棒だかブランコの囲いだかが見え、そこに巻き付いていた。ご丁寧に南京錠で固定されている。引っ張ったらガタガタするので、錆びついているのだろう、頑張ればもげるかもしれない。鎖の長さは、十メートルあるか?少し遊ばせてこれも武器にすっか。



 最近まで、というと語弊がかなりあるが、俺がはまっていたゲームでは、鞭やフレイル、ブラックジャックが俺のメイン武器だった。ファンタジー系のゲームではかなり近接戦闘の完成度が高く。ピッケルやエストック、フレイル等。ガードを掻い潜って攻撃する武器がそのままのイメージで使えた。



 剣で殴っても盾で防がれるだけな所を、フレイルやピッケルをうまく使えば盾の外から頭ブッ刺したりできたし。腕でガードしても、重り部分で顎を砕いたり、装甲の隙間を的確に突いたり、鞭をしなりらせ一方的に攻撃したりというのが再現されていた。



 ファンタジー系ではかなりの長寿ゲームで、度重なるアップデートで二十年近く大人気な部類だ。



 カッコいいし、装備の供給も多いので、俺も始めは剣を使っていたが、剣道有段者たちにはどう転んでも勝てなかった。



 まともに剣で相対すると、神速で打ち込まれて、一本喰らったら後はなすすべもなくボコボコにされる。



 カテゴリー武器、片手剣や両手剣でトップランカーは全部剣道やってる奴らだった。そのゲームには様々な武器や防具があったし、ゲーマーたちは色々考える。運営もバランス調整をかなり細かくしていた。



 俺の使用頻度が一番高かったのは、ブラックジャック。



 握りと、重りさえあればどこでもすぐ出来て、リーチも自在なこの武器は、かなり汎用性があった。一度など、曲がり角に潜んでいた奴を、限界まで伸ばした重りでクリーンヒットさせて倒したこともある。それは、まあ。只のラッキーパンチで、俺も相手も驚いたのだが。



 数分後、荒く息をつきながらよろける俺の、腹をかっ捌く直前でナイフは止められた。奴も俺も、全身傷だらけだ。そして、俺は倒れて青息吐息。奴は全身から湯気を出しながらも立っている。

 体力差が、圧倒的すぎる。積んでるエンジンも筋肉も、質が段違なんだろう。

 満足そうにむふーっと息を吐き、離れていく。三匹でごそごそ吠えている。

 内一匹が俺の真似をして、余っていたブラックジャックを振り回している。それを見ながら他二匹は腕組みしながら話し合っている。



 この、戦闘民族が。



 疲れて腹減ってヘトヘトで、動けずにいたら、いつの間にか眠ってしまっていた。

 起きたら空は星が見えていて、少し離れた所で三匹は夕食の時間みたいだ。プラスチックを燃やした黒い煙で何か炙ってかじっている。肉の焼ける香ばしい匂いがする。



 何の肉だよ。それ。



 コンバットナイフの奴が俺に気付き、手に持ったそれを突きつけてくる。いや、ムリムリ無理だよそれ、ふざけんなよ!

 と、よく見たら四角く加工された乾燥肉だった。ひき肉の合成っぽい。手に取り、かじる。熱い。肉汁が溢れて見た目より柔らかく。羊肉の味がした。よく噛み。飲み込む。石油臭い。そういや、起きてからの初。食事。だな。ちょっとむせた。



 旨いな。これ。



 涙が、自然に流れた。



 目の前の犬っころは、口をひん曲げ、後ろから金属製のスキットルを取り出す。飲めってのか?中身なんだよ?

 俺が手に取らないでいると、自分で開けて飲んで見せる。犬の口でこぼさず器用に飲んだ。



 毒じゃないって?分かった分かった。くれ。



 飲んでみたら、ぬるまったい只の水だった。少し甘く感じた。

 スキットルを返すと、そいつはバーナーの方に戻っていった。

 俺、このまま弱るまでここで鎖につながれて生きるのか?

 いずれ、飽きたら喰われるんだろうか。

 こいつらも俺の価値を知っていて。どこかに売り飛ばす算段なんかな?

 消化器系に血が行き渡り始めたのか。また眠気を催してきた。素直に目を閉じる。

 なるようにしかならない。



 きっと、足掻くのは今じゃない。


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