第4話 ファーストエンカウント

 場所移動こそ少ないものの、嵐のような怒涛の展開だった。

 ふと、思い立ち。自分の手を擦り合わせる。乾いた音。爪の甘皮の部分がささくれ立っていて、引っ掛かって少し痛い。

 目をつぶり、手の匂いを嗅いでみる。汗と埃の匂い。仄かに手の熱も感じる。

 指を舐めたら少ししょっぱくて苦かった。うえっ。埃が・・・。

 くそっ、こんなの、いくら進化した五感体感型ゲームでも表現されねーよ。


「くっ」


 涙が、出てきた。

 ここに・・・、俺は、一人なんだ。

 親や友人はとっくの昔に骨になっている。たぶん、俺の後ろにあるのは冷凍睡眠施設だ、何らかの理由で眠って、文明崩壊しても奇跡的に稼働してて。

 昔見た映画で、こんなのあったよな。確か、宇宙開拓から帰ってきたら時間軸ずれてて、文明崩壊してて絶望の中登場人物が次々死んでいく話。

 せめて、誰か他に、同じ境遇の人とかいないのか?孤独ってこういう絶望感だったのか?

 見てきたケースは全部壊れてたが、あのはじめの部屋を奥に行けばまだ動いてるケースがあるんじゃ無いのか?

 ぎゅっと、心臓が締め付けられる。人は群れないと生きていけないってのはホントだよ。経験者になっちゃったよ。さみしすぎる。


 苦しくて、縮こまってしばらく震えていた。


 ここ、寒いな。もう少し廊下の奥に入っていよう。

 非常口から一つ目の部屋に入った。壊れたケースが嫌でも目につく。壊れたってより、壊されたのかもな。もし、俺の現状があの子の言ってた通りだとすると、睡眠中無理やり取り出された人もかなりいたはずだ。そしてそれは、凍った肉でしかない。たぶん、適切に解凍されないと、細胞が水分で破壊されて、死ぬ。

 気づかないうちに死んで、嫌すぎるだろ。その方が良かったのか。起きてから絶望するのとどっちがましなんだ?

 そもそも、何で今さら俺は起きたんだ?

 検索すれば分かるか?


「・・・」


 ダメだ。エラーしか出ない。

 条件が具体的じゃないってことか?またあの文字のカーテン出まくっても嫌だな。あれも読み方とか訳し方があるんだろ、あの子が戻ってきたら聞いてみるか。


 戻ってきたら?


 戻ってくるのか?

 もし本当なら、俺の情報だけで、莫大な財産が手に入るんじゃないのか?

 普通なら、情報売るよな。ケース壊して中身取り出すような考え方だもんな。

 もし、これがサバゲーで、生存最優先で考えたら。あの女の子は監視要員で、運良く起きてきた俺みたいな平和ボケした馬鹿をローコストで捕獲する為の罠だ。


「だよな」


 すんなり想像できる。このまま捨てられた子犬プレイしてると、捕まって監禁されて情報を取り出される為だけに生かされるんじゃないのか?

 ボケっとしてる場合じゃない。早くここを離れないと!

 空は、白んできている。逃げ道は目の前の一本だけだ。あの子がここで待っていたとしたら、中には逃げ道はまず無い。リスクを犯して足跡残しながら中で脱出口探すのは愚策だ。

 そこまで考えて。

 あ、まだ生きたいんだ。と気付いて笑えた。

 一歩踏み出し、少し震えた。二歩目は自然に出た。とっととずらかるぞ!


 早く、静かに、油断はしない。隠れて監視されてたら終わりだが、付近の構造体に人影は見えない。壁面に手を付き、慌てて放し、足元にも注意して崖っぷちの小道を歩く。

 怖え、下に吸われそうだ。落ちたら赤いシミになってバッドエンドだ。

 この、壁面や足元には罠やら感知器があると思った方がいい。

 あの子の動き方とか踏んだ場所しっかり見て覚えておけば良かった。そんな余裕なかったし、後悔しても仕方ない。自分のゲームセンスを信じる。

 ここだったら触りそう、歩きやすそう、と感じる場所は避ける。

 気を付けるべきは紐、いや、細いナイロン糸。隠されてるであろうボタン、レーザーや赤外線での指向性感知器。トラバサミとかも設置するかもしれない。

 反応して伝達したり拘束したりするものは多いだろうが、負傷させたり危険なものは少ないだろう。殺したら意味無いもんな。

 この危険な小道に、拘束系のトラップはまず無いだろう。落として殺したら意味無いから。

 くそっ、赤外線センサーとかは外見で判別するのはほぼ無理だ。絶対分かるような形はしていないだろう。知識として分かってはいても避ける手段が無い。裸一貫の持たざる者スタートだからな。

と、ここまで考えると、勝手にコンソールが起動した。


「ん?」


 可視域変更するか、選択肢が出現する。俺の思考に自動レスポンスあるのか?

 もちろん、イエスだけど!変わるのこれ?ゲームじゃ無いんだろ?


「あ」


 ズキンと頭が痛み、認識できる光が増えたのが分かった。後で考えよう。よく見ると赤外線スコープみたいな単色光線ではなく、鮮やかな光がところ狭しと照らしている。


「うおお!」


目と鼻の先がライティングされてて、止まった瞬間体制を崩して落ちかけた。この小道にも何ヵ所もある。おっかねぇ。やっぱ、そういう事だよな。ガタガタ震えるほど寒いのに全身汗びっしょりだ。

 可愛い女の子が救ってくれるなんて幻想は現実ではありえない。ちょっとキュンとしたじゃねーか畜生。中年ゲーマーの純真返せよ。


 小道の終わりにぽっかりと開いている壁の穴から隣の高層ビルに続いているが、ライトに当たらずに通り抜けられるのかこれ。

 壁面や床材はのたくった木の根やツタに被われていて、人が五、六人並んで歩けるスペースはある。踏みしめると足の裏がめっちゃ痛い。ツタって痛いんだな。

 窓が大きかった為、割れた隙間から植物が入り込み放題だ。窓際を這って移動すればなんとかいけそうだな。

 匍匐すると大切なトコロが傷だらけになりそうなので、簡易ブラックジャックを握りこみ手のひらをつかないように四つん這いで這っていく。ツタの下には虫がウジャウジャいて、嫌だ。キモい!ああ、プチプチいってる!刺す?噛む?潰したら火傷とかしないよな!?カーテン破いて巻き付けて来ればよかった。

 這っていると案の定、目の前に極細ワイヤーが張ってある。丁度足首ほどの高さに三十センチ間隔で三本。普通に歩いてたらどれかに引っ掛かる寸法だ。それを越えると階段とエレベーターの残骸が見えた。階段はなんとか通れるな。ライティングもされてない。

 トラップが多いのはたぶん、ここまでと、各階の出入口、この建物付近だろう。多すぎても管理が大変だし、誤作動の確認がかなり面倒なはずだ。監視カメラは、ありそうな場所を避けるしか手がないな。

 降りていくと、植生が変わってきた。土に生える雑草も混ざり始める。そして、あと数階で地上という所でギターの音が聞こえた。

 微かに、だが間違い無い。戻ってきた!ヤバいヤバいヤバい。なりふり構わず音と逆に逃げるか?

 まだ降りて来たのにバレていないはずだ。隠れて通りすぎたの見てから逃げても良いと思う。運悪く大勢で来られて、近場に見張りが張り付いたら、どうすっか?ありえるな。

 サイレントキルなんて出来ない。リアルでは勿論そんなの未経験だ。

 このブラックジャックで気づかれずに音もなく無力化出来たとして、そいつから装備剥ぎ取ってそれで逃げる?

 ゲームの中なら良い案に思えるけど、平和な世の中で生きてきた無力な裸のおっさんが取るべき選択肢では無い。

 さっきから。音はすれど、近付いて来なくないか?ガリガリ引っ掻く弾き方で時々乱れている。近くの葉をむしり取り、顔を隠しながら窓際から音の方をゆっくり覗く。


 見えた!


 かなり広めの十字路が百メートルほど先に見える。その真ん中でつつみちゃんがギターを弾きながら慌ただしく舞っていた。


 月明かりで分からなかったが、つつみちゃんは肌が若干緑がかっていた。

 そして、襲われてる?水色とネズミ色のヌメった人型が三体。棒だか刃物だかを振り回しながら距離を取り囲んでいる!

 状況は拮抗してるように見えなくもない。ブラフか?もうバレてて、誘き出す作戦とか?

 三人の内一人が飛び出し、振りかぶらずワンアクションでギターを弾き飛ばした。他の一人がすぐさま駆け寄りギターを踏み潰す。

 三人が一斉につつみちゃんに襲いかかった。

 ブラフじゃないだろあれ!

 間に合うか?!

 ライトなど気にせず残りの階段を駆け降りる。

 建物を出たら、三人がかりで組み敷いているとこだった。つつみちゃんはジタバタしてるけど、一人ズボン下ろしてんぞ!?


 残り半分まで近付いた所で、気付かれた。気付かれはしたが、全員動きが止まっている。まぁ、そりゃそうだよな。俺だって裸のおっさんがブラックジャック振り回しながら全力疾走してきたらびっくりして思考停止する自信がある。

 ズボン下ろしかけの一人が俺を指差し何か叫んだ。残り二人が俺に向かって直ぐに走ってくる。


「ダメッ!逃げてっ!」


 泣きそうな声で叫ぶ。組み敷いてる奴がつつみちゃんの顔を殴った。

濁った悲鳴が上がる。そいつが二回目を振り上げたのが目の前の二人で隠れた。畜生!


「犬?」


 近くでよく見ると、ヌメって見えたのは鱗だった、所々鱗の生えた青白い皮膚をしている。犬の頭が載っかっているが、首から下はムキムキの人型だ。ほころびたジーンズで上半身は裸。鉄板入ってそうなアーミーブーツを履いてる。良い靴だな!くれよ!

 近付いてきた奴らは、右が重そうな警棒紛いの金属の棒。左の奴は肉厚の錆びたコンバットナイフだ。ガタイ良いな、力じゃ絶対敵わなそうだ。俺も、奴らの方も、様子見で距離測ったりはしなかった。

 ナイフの奴の脇を駆け抜けながら、振り上げられたその獲物に勢いを着けた紐付きブラックジャックを絡ませる。もげろ!


「ガゥん?!」


 肩にくる衝撃とともに、俺の右手にはブラックジャックに絡まったサバイバルナイフが残った。すぐさま持ち替える。考える隙など与えない!手を押さえてこちらを見ている犬に二度、ナイフを振り威嚇する。重いな。今のヘロヘロの俺では、もって一分だろう。三回目の振りは隣で金属棒を構えた犬の手に向かって切りつける。

 反応されて退かれた。間合いが思ったより短いな。くそっ。

退いたその隙を畳み掛ける。ナイフを振りながら低めの体制でタックル気味に突っ込む。本命はこの慣れてるブラックジャックで足狙いだ!

 見えていないが、たぶん頭上で金属棒が振り上げられているだろう。臆せず、脛辺りを狙ってブラックジャックをぶち込む。

 鈍い音と犬の悲鳴が上がり、重石にしてた計器がバラバラに壊れて外れた。後ろに熱を感じる!横に跳びすさり腰の最後の一つのブラックジャックを外す。ワンテンポの差で、風の唸りとともに後ろから前蹴りがとんできた。音がする蹴りってなによ!?当たったらどうなるんだそれ。切れるかどうか分からないが、その脚に、腿内側の広い部分を狙ってナイフで殴りつけた。


「グォ!」


 吠えろ吠えろ。確認などしない。盛っている犬目掛けて走る。後から雄叫びがしてブンブン音が近づく。

 勘で横に跳ぶ。金属棒が目の前に飛んでいく。

 組敷いて盛ってる犬も、つつみちゃんも、目を見張って俺をみていた。あいつは獲物を持っていない。

 俺も吠えるぞ。


「おおおおおおっ!」


 威嚇して、走りながらナイフを腰だめに構え、ブラックジャックは後ろに隠して遊ばせる。

 ナイフを警戒させて、狙いはブラックジャックで頭。駆け抜けながらおもいっきりぶちかます!

 余裕で当たると思ったら、スウェーでさらりと回避された。

 駆け抜けて振り返ると、そいつはもう、構えて立っていた。ボクシングスタイルで、踵を上げ手が軽く開いている。これは、近付きたくない。

 俺に意識が向いた瞬間、つつみちゃんがぬるっと起きて、犬の股間に手のひらを叩きつける。

 情けない悲鳴を上げて崩折れ、のたうち回った。ざまぁ。


「逃げるよっ!着いてきて!」


 迷う暇もない。よろけて走り出すつつみちゃんに着いていこうとして、後頭部に衝撃を感じた。

 そうだよな。そんなうまくいくはずないよな。

 悲鳴とともに走り去るつつみちゃんを二匹の犬がすごい勢いで追いかけていく。

 俺は、薄れる意識でそれを見つつ、もう一度後頭部に衝撃を受けて、それで終わりだ。

ゲームエンドだ。

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