第20話 地下探索参加へ

 地下探索の情報公開から三日経った。会議室で行われるドローンで発見した生物の詳細の発表会に田中は参加する。上層のダンジョンよりも危険度が低いものばかりだったなというのが彼の感想である。蝙蝠みたいなものは蜘蛛など虫を食べる生態だったためだ。


「更に下の情報も公開します。下っていくと広い空間が見えるようになります」


 前回の情報公開と同じく、進行役は永江が行っている。マイクを使っていないにも関わらず、はきはきとした声が会議室に響く。彼の操作により、ドローンが撮影したものが映し出される。奥に水面、細い草、手前に黒くてゴツゴツしたものが見える。岩の洞窟のようなものかと田中は感じた。


「あれってスライムだよな」


 鋭い誰かが生息物の存在に気付いた。聞こえていたのか、永江は拡大機能を使う。RPGでよく見かける、ぷるぷるとしたゼリーのような生き物。無色透明であることは誰にでも分かる。


「見た目はそれに近いでしょう。しかしどういったものかは不明です。採取をしてもらいましょうか。研究部門も気になっていることでしょうし」


 永江は微笑みながら否定しなかった。そして研究部門の心を読むような発言をした。永江の纏う空気が真面目なものに変わる。それを感じた探索者達は息を呑む。


「これで判明している分の公開は終了です。今から地下探索に参加する探索者を発表します。五人編成で行います。呼ばれた者は前に出るように。新井蓮。王天佑。千葉尊。菊池ヒカル」


 ダンジョン探索の最前線によくいるメンバーだなと思いながら、田中は聞き耳を立てる。


「田中琥太郎」


 最後の人物の名を聞いた途端、ガタっと勢いよく立つ。驚いたのは田中だけではない。会議室にいる皆の視線が田中に集まっていく。


「何故という疑問を浮かぶでしょうから。理由をいくつか述べさせていただくよ」


 永江は丁寧なものからフラットな口調へと切り替える。全てが想定済みだと言わんばかりの冷静な顔だ。


「君をより広いところへ行かせるためだ。けど君は探索者として一年半のブランクを持つ。だからこそ小さい仕事を食堂の運営の合間にしたんだ」


 田中は料理人だが探索者でもある。時代が異なれば、英雄に慣れる狙撃の腕を持つ。それを知っている上層部は定期的に鍛える計画を立てていた。そして当初よりも鈍っていないと分かり、探索の最前線に立つ機会の検討も考え始めていた。田中はああそうかと気付く。調理師免許を獲得し、一年以上の料理の修行を経て、奥多摩のダンジョンに戻って来た時、書類に探索者としての活動もすることを承諾していたな……と。完全に自業自得じゃねえかと思う反面、さり気なく小さな字で書いているのも悪いと思ってしまう田中である。


「はあぁ」


 それでも労働契約を交わした時点で細かい所まで確認してこなかった自分が悪い。探索者の上層部の意図を読めなかったところで詰んでいた。田中は心の中で呟いた。ならばせめてもの報いを。どれだけ小さくても言う権利ぐらいはあるだろうと。永江に笑われても構わないという思いで田中は伝える。


「……永江さん。汚い。サイテーです」


 音が無かったからか、小さい田中の声でも会議室にいる人なら聞き取れる。力強さはない。ボソリと言った程度である。しかしそれが永江に効く可能性は普通に低い。


「ははっ。やれることならなんだってやるさ。法と倫理に背かない限りは」


 永江は女性が惚れるようないい笑顔で反応した。彼の反応を見た何人かは危うく吹き出す。田中が色んな点で勝ち目ないなと実感した瞬間でもあった。永江は口調を変えて、選ばれた人達に伝え、閉会の言葉を告げる。


「地下層の探索は土曜日に実施します。事前の打ち合わせは明日、金曜の午前十一時、場所はここでお願いします。それでは閉会としますので、各自解散!」


 探索者の資格を持つ者達は立ち、各自の持ち場に戻り始める。普段なら新井達が田中に絡んでくるが、珍しく立ち寄ることすらもなかった。


「んー……」


 久しぶりの探索の最前線。田中にとって誤算のものだった。だからこそ気付いたことがある。気になった永江の言葉を出す。


「広いところへ行かせる……か」


 何を意味しているのだろうか。上の考えは分からない。田中は思考を止め、会議室から出て行った。

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