第17話 五月一日 昼休み 地下の道の報告

 朝も昼もトラブルが起こることなく、新しく入って来た鈴岡と辻だけで出来ていた。どちらもブランクがないためだろうと田中は推測をしながら、彼らが働く様子を見守っていた。


「ごちそうさま」

「ありがとうございました」


 午後一時四十五分。最後の一人が食堂から出て、食堂の従業員の休憩が始まる。自分達の賄いの準備をする。余った分のご飯と味噌汁。定食の余った材料で適当に炒め、漬物を小鉢に入れて完成だ。因みにAIの計算があるため、賄いを想定したものだったりする。窓付近にある席で三人はのんびりと昼食タイムである。田中は二人と向かい合うような位置にいる。朝より緊張感はなく、ほぼいつも通りのものだ。二人も新しい職場に慣れてきたのか、楽しみ始めている節がある。


「いやー静かなところで休められるというのはありがたい」

「ええ」


 鈴岡の言葉に辻は同意した。田中も確かになと思っている。調理師免許を取った後は様々な飲食店で修業を重ねてきたが、どれも騒がしい場所にあった。身体を休むことは出来ても、周りの環境が理由で心はそう簡単にはいかなかった。


「それに自然豊かなところだものねぇ。いいわよねぇ。そういえば田中君は探索者の資格を持っているのよね?」


 辻の質問に田中はギクリと身体が固まる。


「ええ。まあ」

「どういうことをしてきたの?」


 田中は言える範囲で伝える。


「あーそうですね。研究部門から依頼されたものを狩ることが多いですね。あとは上の階層の探索とかも。調理師免許を取ってからは回数減りましたけど」

「おー」


 鈴岡と辻は感心するような声をあげた。大体こういう反応だよなと田中は思いながら、ふとタブレットを見る。数字の一が出てきている。新しい連絡が入って来たのだとすぐに分かった。この時間帯で連絡となると研究部門からの依頼だろうなと思いながら、田中は新しい連絡をタップする。しかし何故かパスワードを入れての閲覧可能というものだった。


「早速依頼か」


 鈴岡が楽しそうに聞いた。


「どうでしょう。この場合は多分違うと思います」


パスワード解除をした田中は連絡の詳細を見る。開かずの門の解除完了というのがお題だった。すぐに席から立つ。


「いえ。探索者のみの通知です。すみません。ちょっと席を外します」


 同じダンジョンに勤めているとはいえ、これは探索者のみが共有すべき段階だと田中は判断し、人気のない食堂の控室に入る。薄暗かったので灯りを付けて、続きを読んでいく。二階に昇れる階段の近くにあった蓋を閉じた正体不明のもの。数年前から研究部門が少しずつ解読をしていたことを思い出す。地球上のどこでもない文字の羅列を解くことが鍵だろう。誰かが言っていたことも。


「マジでやりやがったのか」


 ボソリと呟きながら、更に下を見ていく。地下に通じる道だと書かれている。ドローンを使い、先に調査をしてから、探索者を送る予定だと記されている。明日からドローンを送り、情報収集しながら上部が探索の方針を決めていく。この辺りに関してあまり関係ないものだと田中は思っている。


「流石に……ないよな」


未知の領域に行く長期探索となると、食堂の運営に支障が出てくる。奥多摩ダンジョンの上司がそういった判断はしないだろう。田中はそう予想しているためだ。


「ん。研究部門から夜食の注文か。てか。夜通しぶっぱする気かよ」


 粗方読み終えたタイミングで研究部門から連絡が来ていた。実験が長引くから五人分の夜食プリーズというフランクなものだった。苦笑いした田中は頭の中でスケジュールを修正しながら、鈴岡と辻がいる席まで戻る。


「お。どうだったんだい」


 鈴岡からの質問は無難に答える田中である。


「新しい情報が来ただけでした。あ。それと研究部門から夜食くれというわけで、午後七時に作り始めます。五人分です」

「あらまあ。大変ねぇ。研究者も」


 辻の言った通り、大変なのかもしれないが、情熱だけで動く側面もある。こういう時は夜通し飯抜き上等となる。体調管理をどうにかしろというのが田中の本音である。


「いやどうかな。人事部の腹の方が痛くなるもんだよ。時間管理とかうるさいから。仲の良かった奴、人事にいたけど愚痴ってたからね。没頭するのは構わんが、タイムカードを忘れるなって」


 化粧メーカーの食堂スタッフを務めていた鈴岡が穏やかに笑った。なるほどと辻は縦に頷く。


「えーっと詳細は作りながら説明します。暫くはゆっくり休んでください」


 田中はタブレットの電源を切って、食堂の外に出て背伸びをする。まだ昼休みだ。決められた時間に休むのも従業員の仕事である。少し変則的な勤務時間だが、田中も休む時は休む。そういう人である。

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