奥多摩ダンジョン 地下探索

第16話 五月一日 午前 簡単に研修を

 五月一日。奥多摩のダンジョンの食堂に新しい二人の仲間が勤務してくる。一人目は鈴岡一郎だ。黒髪をオールバックにした若々しい四十代の男だ。二人目は辻香織だ。黒髪を一つに纏めた三十六歳の女性だ。平野翔平も候補として取り上げられていたが、諸事情で辞退の連絡が来たため、消失した。


「おはようございます」

「はい。おはようございます」


 午前六時四十五分、人事部から説明を受けた新入りの二人が中に入る。本来は初めて勤務する人が緊張し、前からいる人は優しく受け入れることが多いだろう。しかし田中の方が緊張していた。辻と鈴岡が暖かい目で見るぐらいに。


「ここだと君の方が先輩なんだ。よろしく頼むよ」

「あ。すみません」


 田中は今まで下っ端の立場が多かった。上に立つという経験が少ないため、どうしても緊張してしまうのだ。


「えっと改めて自己紹介します。田中琥太郎です。たまに探索者として、ここにいないこともありますが……よろしくお願いします」

「鈴岡一郎です。よろしく」

「辻香織です」


 人の顔と名前を確認した後、田中はタイムスケジュールを映しているタブレットを見せていく。


「朝六時半にはここに来てください。開店の七時までに準備をしていきます。この時間帯ですと基本予約制ですので人数は決まっています。ただし途中で注文してくるパターンもあるので気を付けてください」


 鈴岡は右手を挙げる。


「少し良いかね」

「はい。鈴岡さん、どうぞ」

「多分だけど探索者の子かな。来てる」


 田中は入り口付近を見る。新井の目力が強い。田中達の邪魔にならないように、不良座りで待機していた。ずっと外から見られるのも集中が切れてしまう。そう感じた田中は許可を出す。


「入っていいぜ」


 新井は静かに入る。田中は続きを言っていく。


「それでは続きを。朝食の予約の確認はここで確認するようにしてください」


 タイムスケジュールから奥多摩のダンジョンの従業員の名簿に変更する。


「十二は少ないね」


 説明がなくても、鈴岡は読み取っていたようだ。辻はタブレットの画面を見ているだけで、表情に変化は見られない。


「朝はこんなもんですよ。昼からが多いですね。あ。この画面ですので操作について説明します」


 このように田中は二人に説明をした。タブレットの操作方法。ランチタイムの準備。夜の準備。次の日の準備。料金の支払いのシステム。食堂に関することを午前七時になるまで伝えた。


「マニュアルもあるので参照してください。今日はフォローに回りますので実際に二人で回してください」


 田中は何処かからの視線を感じたわけではない。七時になったため、外の様子を見ようと身体の向きを変えただけだった。迷彩服を着ている黒い髪とちょび髭のおじさま、探索者育成機関で教師を務めている雪村と目が合う。


「あ。雪村センセー。お久しぶりっす」


 新井が呑気にご挨拶をする。幸村はにこにこと「久しぶりだね」と返しているが、視線は田中に向けたままだ。


「雪村さん。いらっしゃいませではないですね。予約になかったですし。そうなるとどういった用件でここに」


 凄く嫌な予感がすると思いながらも、田中は幸村に質問した。


「研修を手伝って欲しい。狙撃の良い手本になるからね」


 思ったよりもハードではないもので、田中はホッとした。しかし今日は新入りの二人のフォローに入ることが仕事だ。人事部に先に伝えておくべきだったかと田中は後悔しながらも、恐る恐る発言する。


「あのー……俺、今日は無理だと思うんですが」

「ああ。今日は無理なのは知っている。詳細はメールで送っている。確認次第返事をしてくれ」


 雪村はくるりと回り、背中越しに手を振って去って行った。新入りの初出勤日ぐらいは平穏に手伝いをしていきたいなと田中は思いながら、彼の姿を見ていた。

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