第15話 休日 栄沢てんとの出会い

 開けた者の姿が確認出来るようになった。田中は出てきた者を上から下まで見る。女性だなとすぐに分かった。身長は百六十㎝を超えている。浅黒い肌。眉は薄めなのか、白く塗っている。白い肩まで付かない短い髪。露出度が高めということもあり、臍を出し、太ももから下まで肌が出ている。パーカーとズボンとスニーカーという格好で、活発的な印象が強いだろう。


「依頼か。依頼だな」


 女性は田中の上から下まで見て発言した。やや低めの声だが、嬉しそうに言っていることが田中に伝わる。


「いや。残念ながら違うんです。これを渡しに。サクットの店主から頼まれました」


 田中は新宿にいる友人の店主から頼まれた物を渡す。


「代わりに届けに来てくれたのか。ありがたい。中に入ってくれ」

「あーはい。お邪魔します」


 女性が入室の許可を出した。田中とジョセフは中に入る。十畳の広さだ。白い空間の中に低いテーブルと二つのソファー。ソファーは互いに向き合う配置となっている。奥に電気ポッドと籠がある。


「座ってくれ。茶を出す」

「あーありがとうございます」


 田中とジョセフは窓が見える位置にあるソファーに座る。女性は謎の文字が書かれたコップに湯気が出ている茶を出してきた。


「名乗り忘れてた。栄沢てんと言う」


 やっぱり彼女が栄沢てんだったと田中は思いながらも、名前を言う。


「田中琥太郎です」

「ジョセフ・ホワイトだ。よろしく」


 栄沢てんと対面する形で握手を交わす。栄沢はじっと田中の顔を見る。


「田中はサクットとどういう関係だ」


 サクットは田中の友人の店の名前だ。友人の名だと言いづらいとかそういう理由なのだろうと田中は推測しながら答える。


「友人関係ですね。料理人繋がりで仲良くなりました」

「そうか」

「そういう君は何故田中の友達と知り合ったんだい? 池袋にいる君と料理人の彼と上手く結びつかないんだ。仕事の関係じゃないようだしね」


 ジョセフの指摘は鋭い。池袋は治安が悪い犯罪都市と認定されたが、いくつかの企業は池袋を拠点としたままで、電車が通っている。そのため近付く人はある程度いる。しかし積極的に池袋の住人と交流することはない。仕事以外では話さない人の方が大多数である。ジョセフは詳しいわけではないが、推測ぐらいは出来るのだ。


「そうだな。サクットは恩人だ」


 栄沢は微笑みながら答えた。


「恩人」


 田中とジョセフは復唱し、栄沢は頷いた。


「ああ。ご飯を与えてくれた。手伝ってくれた」

「えーっとそれはつまり」


 田中は必死に考える。「ご飯を与えてくれた」はそのままだろう。「手伝ってくれた」というのは様々なことを指しているのか、一つのことなのか。ひょっとしたらあれかなと思った田中は言葉にする。


「ここの事務所建てる時に手伝ってもらったんですか?」

「そうだ。私は物を探すのがとっても上手いからな。人を探すのも出来るぞ」


 フンと鼻息を出し、どや顔をする栄沢である。


「……池袋にある企業は認定される以前からある。いずれは池袋から真っ当な企業はなくなる。何処かに移転するからだ。新しく立ち上げる時の拠点は犯罪都市以外を選択するだろうね。ネットという手もある。けど君はしなかった。何故だい」


 ジョセフの質問に栄沢はすぐに答えようとしない。目をギュッと瞑ったり、傾げたり、口をもごもご動かしたりする。察したジョセフは気を遣うように言う。


「いや。無理に答えなくていい。犯罪都市という性質をある程度理解しているからね」

「そこまで躊躇するようなものではない。ちょっと考えていただけだ。そうだな。不法滞在者だからというのが理由だ。正式な手続きを得ていないから、もし他のところで起業何てしたらバレる。あとネット上だと数が多くなるのが面倒」


 田中は疑問に思う。池袋は特殊なところだ。不法滞在者がいてもおかしくないことを理解している。しかし本当にそれだけなのだろうかと。眉が少し動く。


「よくあるんだよ。何も持たない人が起業するとなると、無法地帯と化した犯罪都市ぐらいしかない。一部の必要な許可貰ってないから色々とchaosだけどね」


 心情を読み取ったのか、ジョセフが解説を入れた。ジョセフのイメージ図としては、既に存在しない香港の九龍城塞である。


「そ……そうなんだ」


 なるほどと田中は納得する。


「ただいま! 戻って来たわよー!」


 突如勢いよくドアを開けて入って来た。予想していなかったことなので、田中とジョセフはびっくりする。眼鏡をかけ、金髪の中に黒髪が混ざっている。ジャケットと細くて長いズボン、胸元を開けたような恰好をしている、妖艶な女性。何故かハイテンションだ。


「あらまあ。お客様?」


 目が合ったので田中は無言でお辞儀をした。栄沢はすぐに否定する。


「違う。サクットの友達。届けに来た」

「そう。初めまして。ウォッチャーTENのオーナーをしてます。後藤と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。田中と申します」


 後藤と名乗る女性はさり気なく胸元ポケットからカードを取り出した。


「探し物があった時は是非ご連絡を。予約優先ですので」

「どうも」


 カードにはメールアドレスとオーナーの後藤の電話番号が書かれている。受け取った田中は財布に入れる。


「それとてんちゃん、二十分後にはお客様が来るからね」

「分かってる」


 これは邪魔になりそうだなと田中とジョセフは察した。


「それじゃ、俺達は行きますよ」

「ありがとう。田中。ホワイト」


 田中とジョセフは建物から出て、真っすぐ池袋駅に戻る。誰もいない駅に入り、電車に乗り込み、奥多摩まで帰ることが出来た。その途中だった。ガタンコトンと揺さぶられながら、席に座っている時のこと。


「ランチだけじゃなくて、犯罪都市にも行けるとは思ってもみなかったよ」


 ジョセフが楽しそうに笑った。田中はずっと気になっていたことをようやく口に出す。


「やけに犯罪都市詳しいと思ってたけど。おい。行ったことあるのか。他のとこ」

「ああ。ヨハネスブルグとカラカスは行ったことあるよ。大学の長い夏休みを使って、ボランティアで色々と」


 田中は素直に凄いと思った。


「すげえ。俺はそこまでやらなかったよ」

「大丈夫だよ。田中なら仕事で外に行くよ」


 ジョセフの返しを聞いた田中は、「そう言えばランチの時も似たようなことを言ってたよな」と思い出す。


「……根拠は」

「ない。直感だよ」

「おい」


 根拠ゼロという予想外のものだったので、田中は思わずペシっと手でジョセフを叩いた。休日はランチだけではなく、犯罪都市の池袋まで行き、新たな出会いをした。こういう日もある。

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