第14話 休日 犯罪都市池袋へ

 ごちそうさまと小声で言い、少し冷めたコーヒーを飲む。店主が空になった皿を回収しながら、何かを田中の前に置く。植物性の白い袋とピンクの蛍光色のリボン。何かが入っている。傍には二つ折りの白い紙がある。田中はそれを取って開く。


「池袋にいる栄沢てんに渡してくれ」


 短いメッセージながらも、田中は眉間に皺を寄せた。この時代の池袋はかなり治安が悪化している。それでも世界的に有名なヨハネスブルグ等に比べれば可愛いものだが、反社会的勢力の巣窟だ。そのためか、世界の公的機関から犯罪都市という認定を受けている。通勤を除き、一般人はあまり入らない地域のため、田中の反応は当たり前のものである。


「田中。どうしたんだい」


 感じ取ったのか、ジョセフは心配そうに言った。田中は苦笑いしながら伝える。


「ああ。いや。大丈夫」


 本来なら誘うべきではない。解散するべきだろうと田中は考える。しかし彼の意志を確認してからの方がいいことも理解していた。覚悟をしてジョセフに聞く。


「これから犯罪都市認定されてるとこに行くけど……大丈夫か?」

「お。ここで犯罪都市を聞くとは思わなかった。いいよ」


 あっさりとした回答に田中は目を大きく開かせる。


「いやちょっと待て。それでいいのか!?」


 店内なので田中の声量は控えめだが、それでも慌てていることが伝わる声だ。


「うん。ヨハネスブルグとカラカスに比べれば、まだ安全なとこだからね。だって悪化するの夕方から夜明けまでだし」


 HAHAHAとジョセフから笑いが出て来そうなものだった。アメリカ人は強いなと田中は思った。彼も大丈夫ならすぐに出発しようというわけで、コーヒーを飲み終わった後、現金で払いながら、店主に栄沢てんという人物の詳細を聞く。


「で。渡しには行くんだけどよ。池袋にいる栄沢てんはどんな見た目だ」

「身長は百六十超えてるよ。浅黒い肌で髪の毛脱色してる。それと露出度高めの格好をしてることが多いぜ」


 田中は携帯電話のメモの機能を使って覚えていく。


「連絡先とかはあるのか?」

「いや。ないよ。けどここに行けば確実に会える」

「お……おう」


 簡易的なマップを入手した後、店から出て池袋へ目指す。地下鉄二十分程度で着く。


「Oh! ここまで静かとは思ってもみなかった。ここ本当に東京かい?」

「間違いなく東京だよ。あとここでも朝と帰りのラッシュの時間帯は多いよ」

「でも昼ならもうちょっと歩いてもいいんじゃないか」

「外食だと安心できないから、オフィス内で食べるって奴多いからまあ……こんなもんじゃね?」


 都内の駅とは思えないほどの静けさなので、二人の会話が響く。駅構内に駅員らしきものはいない。AI搭載型の人型ロボットすらいない。天井の角に防犯カメラが配置されているだけマシではあるが。


「とりあえず行こう」


 店主から受け取った地図を頼りに池袋駅から出る。日差しが入り、眩しく感じながらも、電化製品を扱う有名な店の建物を眺める。治安が悪化したことにより、ほとんどの店が撤退している中、どうにか残っているものだ。まずはそこへ向かう。そして公園の前を通り、ガラスで反射して眩しい東京芸術劇場に沿うように歩く。


 車が通るところだが、コンクリートに穴が開いていたり、注射器や空薬莢があったりと、治安が悪化しているからこそ見られるところもある。劇場がない向こう側に渡り、小さい道に入ってすぐに栄沢てんがいる所に到着した。三階建てのもので、いくつもの小さいオフィスが入っている。薄暗くて冷たい。すぐ見つけた階段で上がり、二階の一室の前まで行く。


「かなり清潔だね」

「ああ。これに関しちゃビックリだよ」


 衛生面も悪いのだろうと田中とジョセフは予想していたが、中は清潔に保たれていた。埃はあるが、ごみらしきものが見当たらない。観葉植物が枯れることなく保っているため、管理人がきちんと仕事をしているからだろうなと田中は推測する。


「ここだな」


 白いドアに紙が貼られている。「ウォッチャーTEN」と黒い太字で書かれており、その下に小さく「何でも探せます」と宣伝文句のようなものがあった。田中はノックする。ドアノブが回る。誰かが近づいてきたため、二人は後ろに下がった。この池袋でどういう人が出てくるのだろうと田中はごくりと飲んだ。

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