第13話 休日 アメリカ人と共に新宿へ 

 採用試験後に人事部と話し合った。田中は採用する立場に立つこと自体、初めてということもあり、たどたどしいものだった。恥ずかしいものだったと彼自身感じていることだ。人事部四人とかなり少ない人数の会議だというのに、声が震えており、喋る順序がぐちゃぐちゃになっていた。笹尾が上手い具合に理解してくれていたため、人事部ならでは視点と料理人からの見方を合わせた結論を出し、メールで結果の通知を出した。


 その翌日、田中にとって貴重な休みの日に突入した。アメリカからやって来たジョセフと都合が良かったので、一緒にメシを行くかということで都心部に赴く。本数が増えた電車に乗り、新宿まで行く。朝の田園の風景を眺めながら、田中は知り合いにメールを送る。ジョセフは目を細めながら、風景を楽しんでいる。


「新宿に着いたぞ」


 二時間程で新宿駅に到着。そこから歩くことで繁華街と歓楽街とビジネス街に辿り着く。しかし今回はそこまで行く予定はない。目的地がすぐ近くにあるからだ。改築されたコンクリートで出来た建物に入る。入り口の近くにフロアマップがある。一階から五階まである。フリーランスが仕事できる部屋。フタバという有名なカフェのチェーン店。東南アジア風の痛そうなマッサージ店。その他にもクリーニング店や携帯電話ショップなどがある。


「二階のとこに俺の友達がやってる店があるんだよ」


 その中に田中の友人が営む飲食店がある。イタリア料理を軸としたものだが、他の料理も取り扱っているところだ。エスカレーターで二階に上がる。そのすぐ右側にある。サクットという名前の店だ。店の前に東南アジアやオセアニア地域の先住民のグッズ、ヨーロッパの有名な石像を模した置物などが置かれ、初見だと雑貨屋にしか見えないものとなっている。


「Oh……何故こうなった?」

「あーその友達の友達から出張先で買った土産を受け取った結果としか」


 とりあえず入ろうと田中はドアを開ける。鈴の音が鳴り、店主の姿が現れる。朝顔模様の布を頭に巻き、ギャルソンエプロンと呼ばれる腰からくるぶしまであるものを使っている。髭が似合う二十代前半の男である。


「空いてるとこへどうぞ!」


 明るい笑顔で出迎えてくれた。田中は店全体を見渡す。十二時となり、人々が利用し始める。対面形式の二人席は既に埋まっている。四人席に行くという手もあるが、少し躊躇してしまう田中である。


「しょうがない。カウンター席にしよう」

「賛成です。作れるとこ見られますし」


 そういうこともあり、田中はカウンター席を選択した。ランチタイムのメニュー表の紙を見る。今日のパスタはミートソースを使ったもので、今日のピザはツナを使った創作系のものだ。ピザは自力で作れる環境じゃないしなという理由で田中は即決でピザを選ぶ。


「おーい。ジョセフ、決まったか」


 同時に注文した方が楽なので、田中は左隣にいるジョセフに話しかけた。


「ナポリタンにしてみる」

「おう。そんじゃ頼もうか。すみません! 今日のピザとナポリタンで! あ」


 すぐ近くに友人の店主がいるため、田中は注文をした。しかし途中で思い出す。そういえばランチタイムはコーヒーか紅茶か頼めるのだったことを。察したジョセフはすぐ答える。


「ああ。コーヒーでいいよ。ナポリタンと一緒で」

「分かった。俺もコーヒー、ピザと一緒で」


 三十分程度で頼まれたものが来た。出来立ては熱い内に。


「いただきます」


 田中はいつもの食事前の挨拶をして、ピザを専用のものを使って切っていく。とろりと伸びているチーズをどうにか千切る。そして口に入れる。口の中が熱くなる。チーズとツナの旨味が混ざり合って、美味しく感じる。堪能している田中はジョセフの様子を窺う。彼にとって未知のものなのか。具を一つずつ食べてから、麵と一緒に絡むようにして口に入れていた。ナポリタン自体、イタリアの発祥ではなく、日本オリジナルのものだ。丁寧に慎重に挑戦するのも無理はなかった。


「美味しい。イタリアにはないって聞いてたから興味あったんだよ」


 ジョセフはナポリタンを最初から知っていた。いや。知っていたからこそ、注文したのだと田中はそう考えた。


「あ。知ってたんだ」

「ああ。ネットでイタリアのフレンドがいるからね。何となくは知っているよ」


 インターネットが発達しているからこそのものだ。しかし田中にとって縁のないものだったりする。


「へー。海外の友達か。俺はそもそも日本から出たことないからなぁ」

「いつかは仕事で行くかもしれないよ?」


 ジョセフの台詞に田中は困っているような、笑っているような、複雑な表情になりながら返答する。


「どうかな。俺はジョセフみたいに特殊なの持ってるわけじゃないからな。まだキャリアとかだって考えてる途中なわけで」


 料理人で探索者でもある田中はまだ若い。色々と模索をする時だってあるものなのだ。いやいや休みの時に何考えてるんだと田中はまだ熱いコーヒーを飲むのだった。


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