第12話 採用試験官 田中さん 後編
十一時半に調理試験開始予定だった。それは田中一人で準備を行う予定であったからこそだ。しかし人事部の二人が手伝ってくれたため、十一時前に終わった。誰もいない町の役所の台所……つまり食堂の調理場に必要な材料と作る予定のものを書いたホワイトボードがある。
「生姜焼きの定食か。そんで制限時間ありか」
人事部の笹尾は興味津々にホワイトボードに書かれているものを読んでいた。田中は説明をする。
「ええ。労働者相手ですと、早く出さないといけませんからね。けど今回はオーバーしても問題はありません。一定の力量さえあれば俺としては合格を出しますね」
「緩くないかね」
「確かにそう思われるでしょう。けど俺はまだ経験を積んだベテランってわけじゃありませんし、スピードに関しては慣れが要りますから」
「そういうもんか。風見に連絡を入れた。あとは君に任せるよ」
そう言えばここからは自分が進行するのだった。それに気付いた田中は身体を固くする。笹尾は笑いながら、田中の背中を叩く。
「頑張れ。俺達は何も出来んから」
「笑わないでください!」
嘆いていても始まらない。そもそも既に人が来ている。後ろを振り向くと、にこにこと笑う笹尾と、下を見ている仕草の人事部の女性だ。腹を括ろう。田中がそう思うものだった。面接で会った人たちが入って来た。息を吸って吐いて、進行役として務める。
「今から決められたものを作ってもらいます。制限時間はありますが、技量を見るための試験でしかありません。作ってもらうのは生姜焼きとキャベツの千切りとキュウリの塩もみです。手順は慣れたもので構いません。制限時間は二十分です。疑問等はありますか?」
手を挙げたり、声を出したりする様子はない。田中は確認し、合図を出す。同時にタイマーを起動して開始である。
「それでは始めてください」
静かに始まった。各自順番はバラバラで、調味料の選択や配分が異なっている。普段から調理場で立っているからこそ、非常に滑らかに工程を進んでいる。調理をしている様子を見ている田中はこれなら問題はないだろうと判断する。実際、時間制限内に終わらせていた。流石に簡単すぎたかというのが田中の感想だ。
「あっはっは。まあ最初はこういうものだろ。それでこの後はあれを持っていくのだろ?」
笹尾の問いに田中はすぐに進行役として動き始める。準備していたご飯と味噌汁をお椀によそって、彼らのところに持っていく。採用試験に参加している者達は困惑している。
「勿体ないのでここで食べましょう。丁度良い時間帯ですしね」
作ったのに捨てるのはけしからん。そういうわけで作ったものをそのまま昼食として食べるプランを田中は立てていたのだ。元々どこかで食べる予定だった人達は嬉しそうにし、家で食べる予定だった者達は連絡を入れていた。
「あれ。でも田中さん達はどうするんですか?」
平野からの鋭い指摘に田中は珍しく不敵に笑った。
「大丈夫ですよ。自分達の分も用意してますから」
「田中くーん、もう温めていいのかね?」
待ちきれないらしく、笹尾は既に行動を取っていた。田中は声を大きくして返事をする。
「はい! お願いします!」
そして安心させるように、採用試験を受けた者達に伝える。
「だからまあ……気にしないで先に食べてください」
こうして採用試験は終了した。団らんのような食事をして、あとは解散するのみだ。採用試験となると、競争の部分がかなり強い。しかし試験が終わった後で、なおかつ、食事となるとほんわかとした雰囲気が出る。受けた者同士で会話をしている場面が何度もあった。食事をしながら田中はこれからのことを想像していた。明日には人事部と共に二人を選ばなくてはいけない。何を感じたのか。どうしてそう思ったのか。料理人としての視点。慣れない事をやるため、不安しかなかった。
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