第9話 アメリカ人と交流する

 ダンジョンの五階は倒木が所狭しと置かれ、茶色や白色など食用として使えそうなキノコがいる。湿気が多く、涼しい空間である。光るキノコの生息地であるため、幻想的だと感じる探索者もいる。


「げ」


 田中は途端に嫌そうな顔をし、草木に隠れるように膝を曲げて低くする。五メートルぐらいの黒色のカマキリみたいなものが徘徊しているためだ。何でも攻撃する気性が荒いもので、かつ、雑食で鳥も人間も食べる可能性が高いのだ。タイマンするとなると、身軽な恰好で武器を持つことが必須。今の田中では到底できないものである。


「……」


 それ故に息を潜めて移動するしかない。ターゲットとして狙われた時に逃げることも考慮しながらである。カサ。カサカサ。五階層に生きるものはどうしても音を出してしまう。周囲の警戒を怠ることなく、低い姿勢で六階に行ける階段まで歩く。慎重に動いているため、近くに階段があったところで時間がかかってしまう。バリバリと食す音を聞いてしまった田中は背筋を凍らせる。身が固くなる。


「ふー……」


 十数秒後、ガサガサと言う移動する音が徐々に小さくなり、ようやく動ける体勢になった。念のため、田中は例のカマキリに似た何かがいるかどうかの確認を行う。鳥が飛び回り、目の前にある倒木にはネズミに近いものが走っている。安全な時の五階の光景である。今のうちに急げというわけで、田中は全力で走る。木で出来た門に入る。狭い空間で安全なところ。上って下るところ。六階に行けるところまで着いたのだ。ホッとしながら田中は通信の電源を入れる。入り口付近で待つというメッセージがあった。口元が緩んでいる中、了解と返信を送り、上っていく。


「よ。ありがとさん」


 ふくよかな糸目の中年の男が迎えてくれた。彼こそ土井という男だ。隣に田中にとって見覚えのない、顔の彫りが深い金髪の男がいる。


「これ頼まれたものです」

「ありがと。ああ。田中は知らんよな。コイツは」


 田中から荷物を受け取りながら、土井が紹介しようとした時、金髪の男が手で遮る仕草をした。


「いえ。自分の名前ぐらい言いますよ。土井さん」


 少し癖のある日本語の発音だが、やり取りに関しては問題ない。そう思わせるようなものが彼の口から出てきた。


「初めまして。ミスター田中。私はジョセフ・ホワイトです。アメリカのカルフォルニア出身です。あなたのこと、土井さんから聞いてます」

「田中琥太郎です」


 握手を交わす二人である。土井が軽く説明をする。


「此奴は出張研修生として、ここに来てるんだ。五月十日まで滞在予定となっているな」


 出張制度を用いて、たまに海外から探索者が来ることもある。基礎から築き上げた日本から何かを学べという形で送るところが多い。今回もそういったケースである。


「あー出張の」

「はい。ですので食堂に行く時もあるかと思います。その時はよろしくお願いします」


 笑顔のジョセフは何故か腰のポーチに手を突っ込み、探っている。


「あ。それと。こちらをどうぞ」


 田中は傾げながらも、ジョセフから何かを貰った。手元を見ると、コルクで閉めたガラス管。たぷたぷの液体と共に植物が入っていた。藤色のような細い花。柔らかい葉。フジシソと呼ばれるものだ。根っこから全て入っている。研究部門が求める全てがあった。


「おいおい。それいつ拾ってたんだよ」


 把握していなかったのか、土井が尋ねていた。


「四階の時に何となく。アメリカだとなかったものでつい」

「そういりゃ植物の研究をしてるんだったな」

「イエス。なるべく早めに研究部門に回して、データを貰った方がお得ですので渡しました」


 ジョセフは大学で植物を研究しており、アメリカのダンジョン発生の時に積極的に探索者として動いていた。田中はジョセフの経歴を知っているわけではないが、会話で職業柄拾っただけにしかすぎないのだろうと推測する。


「そういえばお前、フジシソを取る任務もあったろ」


 土井は思い出したように田中に耳打ちした。田中は手元にあるフジシソが入っているガラス管を見る。


「ええ。あっさりと終わりましたね」


 視線をジョセフに移す。彼はキョトンとしていた。はてなマークがたくさん出てもおかしくないぐらいのリアクションだった。彼のお陰であとは帰るのみとなった田中はガラス管を腰の鞄に丁寧に入れる。


「えー……ミスターホワイト」

「ジョセフで問題ありません」


 明らかに俺より年上なんだけどそれでいいのかと田中は思いながらも、感謝の言葉を伝える。ストレートでやった方がいい。そういう考えでシンプルに表現する。


「ジョセフ。ありがとう」

「えーっと。あの。えーっと?」


 ジョセフ、ただ困惑する。土井が簡単に説明する。


「ああ。田中は食料配達以外にも仕事があったんだよ」


 このセリフだけでジョセフは理解したようで、


「ああ。フジシソの採取だったんですね」


 納得したように言った。田中は肯定しながら、礼に関することを口にする。


「ええ。お陰で真っすぐに戻れます。お礼と言ってはなんですが、休日にメシを奢りますよ」

「おう。それは楽しみです!」


 互いに笑い、拳と拳がコツンとぶつかる。二つ以上の任務を請け負った仕事中に初対面となると、こういう流れになる時もある。運が強い田中だからこそ……なのかもしれない。

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