第8話 二つの仕事を請け負う田中さん

 四月下旬に入る。田中はいつものように食堂の運営をしていた。午後二時を過ぎ、ランチタイムは終了。この時間は軽食を取ってから、試作品を作ったり、経営に関することを学んだりする。ただし、たまに探索者の上層部から助っ人を頼まれることもある。


「……てなわけで大至急、倉庫から非常食を持って、六階層までよろしく」


 土井という六階層にいるふくよかな糸目の中年の男の声を聞いた田中は急いで探索者の倉庫に向かう。何故か瓦があり、日本風の倉庫である。厳重だ。探索者のみが持つカードで横にあるものにスライドして開ける。重いものを上げるような音を鳴らしながら、シャッターが上がっていく。全てが上がる前に田中は倉庫に入る。時間が惜しい。それだけの理由だ。


「確かレトルトカレーとご飯と」


 数えながらリュックサックに詰めていく。ただ運ぶだけとはいえ、重労働で危険な仕事だ。逃げるしかない。いつも以上に緊張するものだ。


「土井さん、今から行きます。現在地を送ってください」


 パンパンに詰めたリュックサックを雑に置く。田中は探索するときに使う腕時計型の通信に電源を入れ、連絡を取る……つもりだった。反応がない。通信が途切れることもあるため、また後で連絡を入れて、やり取りをしよう。そう思い、田中は出発しようとしていた。


「田中! まだ出発してないよね!?」


 女性の声で田中は外に向く。黒色のセミロングの三十代女性。探索者を支える連絡係を担う人だ。ハイヒールを履いているため、かなり動きづらい。それでも駆けつけてくれたため、汗をかき始めている。


「いますが」


 女性はガッツポーズをする。


「よし! 研究部門から頼みがあるの!」


 ああ。また面倒な奴だ。田中はそう感じた。


「四階層に生えてるフジシソを取って欲しいって! 根っこから!」

「分かりました」


 思ったよりも楽そうなものだったことで、田中はホッとした。


「この中に入れて維持してってのが研究部門の声だから」

「うす」


 液体が入ったコルクで閉めたガラス管を受け取った田中は倉庫から出る。探索者の管理部門に出かける申請をした後、一階から二階に行ける階段へ行く。端から端なので数分かかる。岩で積み上げたような階段に足を置く。もう一度通信機器に電源を入れる。恐る恐る声をかける田中である。


「もしもし。こちら田中です」

「おう。土井だ」


 反応してくれたので、安堵する顔になる。周囲を警戒しながら、田中は階段を上がっていく。


「良かったです。今からそちらに行きます」

「おう。ありがとよ。それで田中。他にも仕事が……あるんじゃねえの?」

「……相変わらず、土井さんは勘が鋭い。ええ。あります。研究部門から四階に生えているフジシソを取るように頼まれました」

「俊敏に動けるような態勢じゃねえんだろ?」

「ええ。渡してから採取するつもりです」

「分かった。今の俺がいる地点を送る。そっちまで行け」

「はい」


 土井からの通信が切れた。田中はそれを確認した後、全速力で三階に行けるところまで走る。二階は岩ばかりの洞窟といった感じだ。肉食性のモンスターがいても、人間の脅威とはなり得ない程の小ささしかいない。小さい者達が住まう世界とも呼べる。そのお陰で全速ダッシュができるのだ。分かりやすく上がれるところの看板があるため、迷子にならずに済むのはとても大きい。


 問題はここからだ。三階から人より大きく、凶暴性のあるものが出現する。普段なら狙撃銃で遠距離から仕留めているが、今は持っていないため出来ない。バレないように移動するしかない。アメリカと共同で開発した最新鋭の透明マントだけでは足りない。音で察知するためだ。そうなると静かに足を動かさないとだめである。クソ面倒なものだが、ダンジョンの探索は基本生き残った者勝ちが鉄則だ。田中は気配を消して、自分よりも大きいモンスターと対面しないように迂回する。


「はあー……」


 階段を見つけ、そこでやっと一息をつく。薄暗くて、固くて、狭いところだが、モンスターが来ないところなので、探索者にとって貴重な休憩場所でもある。田中は自前の水筒を出し、水分補給を行う。休憩といっても、数分程度で終わらせる。二つの仕事を完了させ、食堂の夜の支度をする必要があるためだ。


「行くか」


 階段を上ることで、田中は四階に辿り着く。緑で生い茂る、ジャングルを思わせる温室のような空間だ。日本とは思えないものだが、これもダンジョン特有のものだ。同じダンジョンでも階層によって、環境が異なり、生息するモンスターも異なる。興味深いよねというのが研究者の台詞である。研究部門からの依頼はここで出来るのだが、非常に重い荷物で動きづらい状態のため、今はスルーするしかない。


「例の彼奴はいないと」


 四階には厄介な物がいる。時間的にまだ動かないため、表に出ていない。それを確認した田中は草を分けながら進んで行く。


「あった」


 赤いものを目印に階段がある場所まで辿り着いた。赤くて丸い板の看板の下は探索者が草を引っこ抜いた結果、茶色の土となっている。努力の結果というものだ。土で出来たような階段を上り、彼にとって久しぶりの五階に入る。上がれば上がる程、危険が増すのが奥多摩のダンジョンだ。気を引き締める田中であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る