第7話 女子高生ご来店 後編

 まだ営業外ということもあり、食堂の中は誰一人おらず、暗くて静かだ。しかし新井と女子高生二人が入店することで、空気がガラリと変わっていく。


「ログハウス形式の食堂なんて斬新! 絶対話題になる!」


 感性と相性がいいのか、佐藤のテンションが一気に上がっている。伊津野は佐藤ほどのテンションを持ち合わせていないが、興味津々に周囲を見渡している。田中は準備中の作業の続きをする。特に邪魔をするような人達ではないため、作業に没頭する。


「新井さん。確か食堂は今年の三月からでしたよね」


 どこかに座った音と共に、伊津野が新井に尋ねた。


「おう」

「何故遅くなったんですか?」


 佐藤も気になっていたのか、質問を出してきた。困ったように頭を掻く新井は下手くそながらも答える。


「んー……ダンジョン出て組織作って、探索の体制を作って、まあ色々と落ち着いて福利厚生の施設をってなってだな。大事なとこを粗方やった後に、食堂も欲しいよなって感じで。まあ遅れた理由はあれだな。他にもやることが多過ぎたってのが理由だ。前例がなかったわけだしな。それとメシは自力で作るか調達するかでどうにかなってたしよ」


 ダンジョンの出現は世界に良くも悪くも影響を与えた。世界初の出現国である日本は慌てていた。国会議員などの政府の動きが遅かったことから、一部のところは現場が勝手に進むという滅多にないケースで強引に進めた形となった。自然に役割分担が決まっていたとも言うか。政府が規制等でダンジョンに無関係者を入らせないように対策をしている話は置いておく。ここでは探索に関する事だけを記述する。


 災害救助など自然災害と向き合っていた自衛隊の何人かが派遣され、現地で調査をする者を育成している間に、探索の体制を独自に築き上げていた。ドローンが先に様子を見て、細かい点は人の手で調査をするスタイル。見知らぬ生き物を調べる研究者との契約。探索用の独自のアイテム作成を担う技術者の募集。これらを一年で土台となるものを完成した。数年かけて調整を行い、法律などが作られ、今に至る。


「ついでだ。田中は調理師免許を持っていてな。探索者をやりながら料理店で修業してたんだよ。身近にいるならスカウトするよな。だからした。みたいな感じだ。本当ならもうちょっと早い開店だったが、何度もテストを行ってって感じだよな」


 新井の台詞を聞いた田中は台詞の追加をする。


「ついでにだ。流石に俺一人じゃ回らねえから、二人募集してるとこだ」


 ダンジョン探索は毎日行われる。従業員も毎日いる。そうなると料理人は一人では回らない。人間は休むことも大事。労働環境を踏まえると、二人は欲しいというのがダンジョン探索の上司の考えなのである。


 そう言えば面接と実技で呼ばれているんだったなと思いながら、田中は試作品を可愛らしい紙箱から出す。赤色と緑色のポップな紙袋をいくつもカウンター席に置く。せっかくだからという理由で出したものだ。


「田中これ。新しい奴の」


 新井の目が輝いている。お腹が空いているというのもあるが、新しい何かであることを彼も理解しているからだ。


「そうだ。前から菓子が欲しいというご所望があってな。それの試作品だ。ああ。佐藤と伊津野に言っておく。普通の焼き菓子だから、見た目に関しちゃ期待すんなよ」


 若い女性は見た目も大事だと田中は聞いている。だからこそ釘を刺したのだが……。


「要するに食べていいんですね!」


 黄土色のツインサイドテールの佐藤が元気よく言った。伊津野は静かめだが、視線は焼き菓子が入っている袋に集中している。気になっていることが分かるものである。


「ああ。ついでに感想も言ってくれると……はっや」


 女子高生二人と新井は既に紙袋を開け、クッキーを取り出していた。シンプルなものだ。基本的なプレーンのクッキー。チョコチップを混ぜたクッキー。田中は菓子の経験がないため、種類はこの二種類のみだ。


「ふまいな」

「良かった。けど新井、口に入れたまま喋るな」


 最初に新井が感想を言ったので、田中は女子高生二人にも聞くことにする。


「佐藤。伊津野。どうだ。初めてだから焼き加減とか不安なとこばっかなんだが」


 定食で使う野菜を包丁で切りながら、耳を立てる田中である。


「美味しいです!」

 佐藤の元気な声を聞き、田中は嬉しく感じた。視線をカウンター席に移すと、伊津野が右手を静かに上げていた。


「お茶と合うと思います」


 佐藤が目を輝かせる。


「お。私もそう思ってた。流石にフタバは無理だろうけど、コップの自販機ならいけますよ!」


 そう言えばと田中は思い出す。研究所にある自販機と同じものを設置する話し合いがあったことを。今の時点ではまだ会議途中のままだ。何人か強い要望があったら、自販機の設置がスムーズに進むことだろう。それぐらいは田中も理解していた。


「今度の会議で言ってみるよ」


 田中のその発言を聞いた女子高生二人は嬉しそうな顔をしたのだった。ちょっと積極的に意見を出してみようかな。そう決意をするちょっとチョロい田中であった。


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