出会いの春
第5話 四月一日
四月一日。本格的な食堂運営の初めてのお代回収を確認した日である。月末に登録されているダンジョン勤めの労働者の口座から引き落とす形となる。データで管理されており、きちんとお代回収が出来ているかどうかは田中も把握できるようにしている。もし引き落としが不可能な場合は現金か後日振込という方針になっている。
「とりあえず全員払ったって感じか。そんで今日は育成のとこ、入って来るんだな」
田中はカレンダーを見ながら言った。そう。今日は年に二回ある探索者育成機関の入学式だ。奥多摩の場合は東京都内で募集をして、厳しい審査と試験を行い、許可された者達が初めてダンジョンの一階層にやってくる。田中は試行錯誤の時代に探索者として研修を受け、半年後の試験に合格した身だ。何もかもあやふやなままで、不安定な部分が多かった。そういった意味では今の研修生が羨ましく思う時もある人もいる。
「で。今回は何人、入って来たんですか」
夜の営業の時間。田中は気になったので、探索者育成機関の教師を務めている、黒い髪とちょび髭でダンディな印象がある雪村に聞いた。室内での活動だったため、シャツとズボンという格好だ。カウンター席と調理場という距離の短い位置のため、親しい雰囲気が出ている。
「ああ。三人だな」
田中は思ったことをそのまま口に出す。
「少ないですね。というかどんどん減ってません?」
雪村は茹でた枝豆を口にしながら、田中に答えていく。
「まあ探索者自体、足りてきてるからな。募集人数を減らして、質を良くしたいのが上の望みなんだろうよ」
田中はああと納得したように言う。
「確かに結構いますね。探索できる人」
奥多摩にあるダンジョンで活動している探索者は二十人。日本全国でも足りているというのが現状だ。ドローンやロボットによる技術が発達しているため、大人数による探索の必要性がないのだ。
「あ。でもそうなると……」
田中はふと思いながら、鶏の唐揚げを雪村に提供する。
「試験大変そうですよね」
「いや。そうでもないさ。受験者の数も減ってきている」
雪村の答えに田中は目をぱちぱちとさせる。
「それどういうことですか。探索者って人気あるんじゃ?」
「昔みたいな熱がなくなったってのが正しい表現だろうね。ほれ。ダンジョンが出たばっかの時ってよ。ウェブ小説であるだろ。現代日本にダンジョンが現れて、野郎が大活躍してひゅーひゅー言われる奴の」
田中は数年前、つまり高校生時代の様子を思い出しながら、ピースが繋がったように感じていた。
「そういうのは分かりませんけど……一部の人が騒いでいた理由ってそれだったんですね」
「ああ。科学部門の江平君が言ってたから間違いないよ。彼奴、根っからの読書オタクで雑食だから、何でも読みまくってて把握してたらしい」
たまに変な言葉を使う変人の江平は世界的にも有名なアメリカの大学に留学し、ロマンを求め、ダンジョンの研究部門に入ったぶっ飛んだ二十代前半の男である。食堂の仕事として、何回か会ったことがあるとはいえ、田中にとってはただの研究者という印象しかない。そういうこともあり、雪村の言うオタクと江平が結びつかないのだ。
「そういうもんなんですか。あ。注文したい人がいるみたいなので失礼します。楽しんでください」
「ああ」
田中は雪村から離れ、探索者がいる四人席に行く。ダンジョンの一階の様子が見られる窓側のところだ。仕事終わりということもあり、全員私服姿でダンサーと言われても納得がいくものである。
「田中。定食C」
常連の新井は肉派だ。しかし今日は珍しく魚を主食とした定食Cにするつもりのようだ。田中は驚く表情を彼らに見せる。
「分かる! すっげえ分かる! 肉大好きな新井が定食C!? みたいな感じでよ!」
緑と黒を混ぜた色にドレッドヘアをした厳つい顔立ちの二十代前半の男がゲラゲラと笑う。新井はむっとした顔になる
「タイチ、俺だって別のを選ぶ時だってある。それにカツオは鉄分多いし、筋肉にも良いものなんだ。ある時はこっちにする。それにお前が初めてやるやつっぽいし気になる」
新井の期待をするような瞳に田中は逸らす仕草をする。
「お。なんだ。田中が初めて作った奴か。なら俺もCで」
「俺も同じく」
「右に同じく」
最初は定食AかBのつもりだったようだが、彼らは急遽変更した。全員同じメニューで、急いでメモする必要はないだろう。しかしこれだけ期待されると、精神的負荷が大きいのは事実であった。
「承りました。少々お待ちください」
とはいえ新しいものは料理人にとってよくあるハードルに過ぎない。慣れるしかないと田中は我慢する。人気のレストランのシェフや料理人が受け取る圧に比べればまだマシであることも言い聞かせながら。
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