第3話 昼 ダンジョンの新種を使って

 食堂にはデリバリーサービスがある。メールで注文をして、田中が用意し、お客さんがいるところまでドローンが届ける仕組みだ。機械技術や通信技術が発展したからこそ、田中一人で食堂の運営が可能となっている。とある有名なRPGみたいに叫びたいものである。


「野菜カレーとトンカツとサラダです」


 通信の技術者に言った後、田中はタブレット端末の画面に触れる。受信されたらしいと判断した田中は内容を見る。時間的にお昼を頼むので、慣れたように作るものをメモする。二人前のサンドイッチとジビエ。少しペンの動きが悪くなった。ジビエはメニューに存在しないためだ。


「おーい。田中くーん?」


 用意をしようと田中が思った矢先、外からお客さまが入って来る。白衣を被ったリーマンみたいな、眼鏡をかけた糸目のやせ細った男。両手で白い箱を持っている。


「これで作って欲しいんだけど」


 これは田中の経験上、面倒な案件である。下手したら探索するよりも。だからこそ、身体が少し硬くなってしまう。


「その箱の中身で……ですか?」


 恐る恐る聞いた田中の疑問に答えることなく、白衣の男は箱を静かに机の上に置く。蓋を開けると、たくさんの保冷剤がある。その真ん中に薄いピンク色の塊、皮を剥いだ一羽丸々のものがある。でっかいなというのが田中の感想である。


「そう。これも一つの仕事だ。毛皮の方が特殊な奴だったからね。内臓とかそういったものは普通の鳥と変わらない。勿体無いからお腹に入れる。そういうことだ」

「えーっとこれはあれですね。ダンジョンの」

「うん。サンダーバード。静電気を纏ってる、まあ雉みたいなもんだよね」


 田中はタブレット端末にあるモンスター図鑑を見る。鳥類のデータにないものだった。何か不手際があったのかと思い、田中は傾げる。


「あ。それ五階で見つけた新種だから、そっちには載ってないよ」


 にこにこと言う白衣の男に田中は大きい声で言う。


「それを早く言ってください!」

「ごめんごめん。作り方は君に任せるよ。出来たら研究所に持って来てねー。じゃ。よろしく」


 背中越しに手を振った男のように、たまにこうして無理難題を出してくる。未知の部分が多いダンジョンにいる生物を使った料理を求める。歴が浅い料理人の田中では荷が重い。それでもやらなければいけない。


「ふー……」


 新種のダンジョンの鳥というぶっ飛んだ情報が入ったばかりで混乱気味の田中は整理をする。注文は二人前のサンドイッチとサンダーバードのジビエ。白衣の男が去る際、急ぎではない可能性が高いと考える田中は先にサンドイッチを作る。


指定されたものはない。食パンの耳を切り、白い部分のみを台に置く。カットされたレタスとトマトとキュウリ。茹でた卵を潰したもの。ハム。手早く挟み、植物で編んだような箱に紙を敷き、出来たサンドイッチを詰める。


「これを研究所に持っていってくれ」


 配達用のドローンに頼み、サンダーバードのジビエ料理に取り掛かる。白い箱から取り出す。下処理が済んでいる状態らしいが、研究で色々と取り出しまくったからだろうと田中は結論付ける。


「お。立派なものだ」

「五層で見つけたものらしいですよ」

「ああ。例の無茶ぶりね。あ。唐揚げ定食一つね」


 入って来た青いつなぎ服の禿げたおじさんと軽く会話。本格的にジビエ料理に入る前に、唐揚げ定食を出す。白ご飯と味噌汁と大根の漬物を出す。あとは鳥の唐揚げのみ。醤油としょうがベースの液体に付け込んだ鶏のもも肉が入った袋を冷蔵庫から出す。小麦粉と片栗粉を付けて、やや低めの温度の油の鍋に投入。一度揚げたものを取り出し、熱くなった油の鍋に入れ、二度揚げをする。


「唐揚げ定食です」

「ありがとー。そのでっかいの、どうするつもりだい?」

「丸焼きにします」


 田中は今の自分で出来ることをそのまま言葉にした。唐突におじさんが吹き出す。


「豪快だね」

「完成したら持っていくつもりなので。あとまだランチタイムの時間なので、オーブンを使おうかなと」

「オーブンなんてあったんだ」

「ありますよ。頻繁に使わないだけで」


 このようなライトな会話をしながら、田中はハーブやニンニクなどを用いて、肉独特の臭みを消す。あとはオーブンに入れて、熱を加えて調理をするだけだ。技術者のおじさんは羨ましそうに言う。


「こう言う時って研究所はいいよね。食堂だと出てこないものがあるから」

「でも試作品が残っている時もあるので、運が良ければここでも食べられますよ」

「ほんと?」


 新たなお客様が来ないため、焼き終わるまで皿洗いなどをして、のんびりとおしゃべりをしていく。


「ごちそうさーん」


 その途中で技術者のおじさんは仕事場に戻った。見送った田中は夜の支度をしていく。三種類の定食とサイドメニューの準備に取り掛かる。その途中で丸焼きが完成したため、紙の箱に入れて、研究所に持っていく。コンクリートで出来た建物に入る。


「持ってきましたー!」


 研究所の玄関は薄暗い。頻繁に客人が来ないためだ。田中はいつものように大声で叫ぶ。その数分後、茶髪の二十代の男が迎えに来てくれる。白衣を着た派手なシャツの格好である。


「お。ありがとうございまーす!」


 ホストにいそうな声のイントネーションを聞きながら、田中は丸焼きが入った紙箱を渡す。これで昼の大仕事は完了だ。とはいえ、夜の準備の続きをしなくてはいけないため、忙しいままである。たまに探索者として駆けることもある。これが日中の主な田中の仕事である。

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