料理人としての一日

第2話 料理人として 朝

 朝五時半に起床。田中琥太郎は背筋を伸ばし、カーテンを開ける。日差しが部屋に入っては……来ない。まだ昇っていないので。簡単に朝食を取り、身支度を整え、バイクで出発する。実にシンプルなものである。職場があるダンジョンまで二十分程度。静かな朝を楽しみながら向かっていく。宙に天使の輪っかのようなものが見えてくる。その下に山を改造したようなものがある。世界初のダンジョンの外から見た光景である。


「田中君。おはよう」


 ダンジョンの前にある閉じた門で駐在している警備の中年の男から挨拶。田中の顔なじみである。


「おはようございます。山村さん」


 挨拶を返した後、田中は腰のポーチから探索者が持つカードを取り出す。


「はい。確認したよ。中に入って」


 警備の山村という中年男性はタブレットで操作をする。ゆっくりと分厚くて頑丈な板が左右に移動していく。田中はいつものようにダンジョンがある方に行く。


 かなり厳重ではと思う輩もいるだろう。実際厳重である。ダンジョンの管理は国家が担っている。探索するにも資格がいり、研修と試験をクリアする必要がある。高校生から研修参加が可能となり、最短で半年で資格取得ができる。このシステムが始まってから七年経ち、田中は若いが最古参といっても過言ではない。


「田中さん。はよー」


 門をくぐり、目の前には山がある。その山にレンガで出来たダンジョンの入り口がある。そこにはピンク色のつなぎ服を着た、頬にそばかすがある三十代の女性がいた。やや小柄で童顔、黒色のショートヘア。技術者のスタッフの一人である。


「おはようございます。伊能さん」


 挨拶を返し、ダンジョンに入る。第一階と呼ばれるところで、灯りがないのに明るく、物理法則が乱れているのか、外部から計測して予測したものに比べて広い。ダンジョンに生息するモンスターと呼ばれるものが来ない安全地帯でもあるため、調整をしたり、身体を休ませたりするエリアになっている。


「今日の朝食、貰いに行くから。いつも通り白いご飯ねー」

「……注文承りました」


 互いの持ち場に行く時、このようなやり取りが発生するときもある。どの職場も距離は近い。徒歩一分程度で着く。ダンジョンで得た木材のログハウス、これが田中の運営する食堂だ。見た目は普通のログハウスだが、前に昭和を感じさせる看板やタイヤなどがあり、ややカオス気味である。


 田中は入り口付近のパネルに人差し指で触れる。指紋で認証して開くシステムとなっているためだ。ピッとなり、鍵が解除される。ドアを開ける。無意識に電気の灯りのスイッチを入れる。これで店の全体を見渡すことが出来るようになる。調理場とその近くにあるカウンター席、あとは四人席がいくつもある。全てが木で出来ているため、暖かみのある空間と化している。メニューの冊子がまとめてカウンター席に置かれている。


「田中。飯」


 ドアは開けっぱなしなので、勝手に誰かが入って来ることもある。誰かと表現したが、この時間帯だと決まって一人だ。中国語の訛りが少しある日本語。ワックスで前髪をふわふわにしている、何となくチャラそうな優男。新井という田中より少し年上で帰国子女でもあり、同じ探索者である。既に着替え終わったのか、迷彩服を着ている。


「はえーよ。こっちは来たばっかなんだよ」


 開店まであと三十分。七時にオープンするところなのでだいぶ早いご来店である。そもそも掃除等をこれからやるつもりだった田中なのだ。若干呆れているような声を出すのも無理はない。


「ちょっと待ってろ」


 床と机と椅子と調理場を綺麗にして、消毒スプレーをしていく。その後はタブレット端末に電源を入れる。ダンジョン勤めの人の名簿に目を通す。朝食の注文を確認するためだ。技術者の伊能も追加しておく。朝食を注文した人のみをリストアップし、アレルギーの有無の確認をし、閉店前に用意しておいたものを取り出す。朝だと味噌汁とお手製のベーコンぐらいだ。両手持ちの鍋にたっぷりの味噌汁が入っている。


「ガタリ」


 とガスコンロに置いただけで、新井の目が鋭く光り、肉食動物みたいに狙う視線を送る。流石にこれは集中している田中も気付く。そーっと炊飯器の数値を見ながら、獣と化している新井に伝える。


「タイマーで予約した奴、あとちょっとで炊き終わるから待ってろ」


 新井は静かに中に入る。調理場近くのカウンター席へ。腹を空かせた子供のように待つ。これが料理人としての田中が送る朝のよくある流れである。


 このあとは技術スタッフや探索者、科学スタッフなどが食べにやって来る。働くにもエネルギーがいる。だからこそダンジョン一階に食堂がある。

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