料理人田中さんは探索者でもある

いちのさつき

探索者として

第1話 田中さんは探索者である

 薄暗い洞窟みたいな空間はダンジョンと言われる摩訶不思議なところにある、岩に近い階段を上っていく者がいる。鍛えられており、染めた赤茶色を刈り上げにしている若い男。特殊な素材で出来た軽くて頑丈な迷彩の軍服に似た格好。背中には日本が開発したボルトアクション方式のライフル……をモデルにした厚く重い銃身の狙撃銃っぽい何かがある。腰にあるポーチは弾薬でパンパンである。


「三階層のとこですよね」


 息切れを起こしながらも、無線のインカムで誰かとやり取りをする。彼の名は田中琥太郎たなかこたろう。二十二歳の男。高校生の時からダンジョンを探索する者として活動している。


「ああ。Aの苔の岩にいる。位置の把握は出来てるか」


 年上の男の声。田中はすぐに答える。


「はい。出来てます。あと少しで駆けつけられます」


 田中がいるところは二階層と呼ばれるところだ。言葉通り駆けつけられる。だからこその返答だったのだが、ひゅーっという口笛が耳に届く。田中の眉間に皺が寄る。


「さーなーいーさーん?」


 田中は苛立つ声を発する。


「怒るな怒るな」


 笑いを含むようなサナイさん。銃撃の音が混ざりながらである。


「緊迫した状況下でやってるからでしょうよ!」


 周りのモンスターに刺激しないよう、出来る限り声を抑える。二段飛ばして上がっていく。岩ばかりの二階層と違い、苔ばかりの空間になる。三階層と呼ばれるところだ。光る苔があるため、明るめなのも特徴的か。すぐにサナイさんという男を見つけられた。目視で数キロ先に二本足の牛の化け物みたいなものを確認したので、音を立てないようにサナイさんのところに行く。


「いやーすまんな。(食堂の)運営時間中に」


 人の良さそうな笑みをする中年男性がサナイさんという男だ。言葉だけなら謝罪をしている。しかし笑っている時点でアウトである。


「ほんとですよ。パシリやらされるとは思わなかったですよ」

「すまんすまん。例の物は」

「ありますよ」


 頼まれたものを腰のポーチから出す。赤い芯がある硝子のように薄いナイフ数本。サナイさんが持つライフルの銃弾。ダンジョン用に改造された手りゅう弾。


「確認した。田中君。狙えそうか。ミノタウロスっぽい奴なんだけど」

「遠いので当たるか微妙臭いですよこれ」


 田中は狙撃銃で構える。スコープを通して様子を見る。照準を定めようとするが、ターゲットとなる奴が動くため、ズレてしまう。


「そうなるとナイフで誘導させる必要があるね」


 サナイさんは田中から受け取った硝子のように薄いナイフを適当に放り投げる。武器というより、誘導させるのが本来の役目なので間違いではない。サナイはスマートフォンに似た機械でナイフ数本を動かす。蠅みたいにうざったく飛び交うナイフ。ミノタウロスっぽいバケモノは手であしらっていく。


「ああ。サナイさん、あのナイフの手持ちの電池ないんですか。だから持ってこいって」

「いや。壊れたから頼んだ」


 ダメになったベクトルが違う。田中は思わず素が出てしまう。


「おい」

「しょうがないだろ。あれ脆いし」


 田中にとってそれは納得のいくものだ。それと同時にあることを思い出すように言う。


「それはそうなんですけど。鷲尾さんから物を大事にしましょうって言ってましたよね?」

「うん。やっべえ」


 サナイさんの顔が青くなる。それでもナイフの操作は止まらない。新たな段階になったのか、ナイフが生きているように挑発をしている。そのまま挑発に乗ったバケモノは重い足音を出しながら、田中の殺傷可能範囲の一キロに近づいてくる。


「まあダンジョン内で壊れたっぽいですし、許してくれるでしょう」


 そう言った後、目で捉えた田中はすーっと集中モードに入る。雑念が消え、ただ撃つだけの兵器と化す。狙うのは頭。引き金を引いて、強力な弾丸が奴の頭を貫いた。これが高校時代からダンジョンを探索する者としての十八番である。

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