一流冒険者に愛される

一流冒険者集団『火竜の角』の本拠点は“高みを目指す”という願いを具現化するように塔に似た背の高い構造をしており、さらにそこに所属する冒険者達の輝かしい実績も手伝ってか、様々な建造物の建ち並ぶ街の中でも抜きん出て威容を誇る建物である

その応接室。

広い空間を贅沢に余しながら真ん中にぽつんと膝の高さほどの透明な楕円形の机が置かれていて、それを挟むように熟練の職人の手によって作られた横長の黒いソファが対になって配置されている。

今、窓から望む青空を背景にソファに深く座り、マグカップを傾けて優雅にお茶を飲んでいる獣耳の生えた獣人の女性こそが『火竜の角』のボスにして勇敢で才覚ある化け物達を束ねる化け物、ホロン=ウォーケンである。若くして荒くれ者たちの頂に成り上がった彼女であるが物腰はとても丁寧で雰囲気は柔らかい。だが眼光だけは、彼女の意志の強固さと鍛え上げた己の強さへの自信を反映するようにひどく鋭く、現在その見開かれた黒い瞳は微笑と共に対面のソファに座る来訪者へとじっと向けられていた。

「久しいねイリーナ、用件は何かな?」


イリーナと呼ばれた女性は金髪を螺旋状に巻いた縦ロールを小さな顔の左右に垂らした高潔なプライドを持つ如何にもなお嬢様であり中堅冒険者集団『招き猫の髭』のボスであった。その表情はホロンとは対照的に随分と険しく、真面目な話をしに来たことは明白だった。


「うちの団員がここで保護されていると聞きましたわ」

「ああ、彼の事だね。確かに居るよ」

「そう!ですのねっ!!」


彼の行方を必死に探していたイリーナは待ち望んだ返答に声を弾ませた。すぐに「あっ」と口に手を当て「んんっ」と咳払いを一つ、自身のはしたなさを戒めた。ホロンは「ふふっ」と愉快そうに笑う。


「相変わらずだねお嬢様。僕たちは古い仲なのだから今更取り繕う必要は無いのに」

「いいえ。これは淑女の礼儀ですのよ」

「なるほどね」


イリーナは昔からそうだった。

彼女もかつては『火竜の角』に所属していたことがあり、その頃から金持ちの貴族のお城に住むようなお嬢様に強い憧れを抱いていたイリーナは言動と容姿を出来るだけお嬢様に寄せていた。冒険者は野望を抱いた人間ばかりだから、彼女みたいなお嬢様かぶれも珍しくは無い。


「お気遣いは感謝致します。それと、団員を保護してくれて本当に助かりましたわ」

「礼には及ばない。当然のことをしたまでさ」


ホロンは何でも無いという口ぶりで言った。


「それで。用件は何だったかな」


ホロンが話を本筋に戻す。

イリーナは探し人が見つかって安堵している。

だから、次の言葉も何の憂いも無く口にする事が出来たのだ。


「団員を迎えに来ましたわ」


気兼ねなく。

当然の流れと思って。

言った。


だが。


「それは無理だ」

「えっ」

「それは、無理だ」


返ってきたのは、否定の言葉。


「あ、あの」

「彼を君の元へ返す気はないと、そう言ったんだ」


口の端を僅かに上げた余裕のある表情を一切変えること無くはっきりと断言したホロンにイリーナは言葉を失った。






停止していたイリーナの思考はやがて回り始め、彼女は一時の間を置いてようやく口を開く事が出来た。


「ど、どうしてそのような事を……」

「ふむ。彼を見つけたのはどこだと思う」

「……ダンジョンの中、でしょう」

「その通り。7階層Fフロア」

「っ!?」


イリーナを目を見開いた。


「オークの、縄張り……」


そこは新米冒険者の墓場とも呼ばれる場所だった。

毎年多くの新米冒険者が素材を求めて、あるいは腕試しにその場所を訪れ、筋肉の張り詰めた人型の身体に醜悪な豚の顔を持つオークに丸太で叩き潰され槍で貫かれ握り潰され……つまり為す術無く殺されている。地面はオークの糞と新米冒険者の血肉で踏み固められ常に汚臭が漂う最悪なエリア。近接戦闘が苦手な魔法使いである件の彼は間違っても一人で行くべき場所では無い。


「その入り口で彼はろくな装備も付けずに部屋着同然の格好で呆然とした表情で廃人のように頼りなく突っ立っていた」

「そんな……」

「たまたま地上に戻る途中だった我々が通りかかって運良く見つけて保護出来たから良かったものの、一歩間違えれば死んでた」


イリーナは眉を顰める。


「なぜそのような愚かなことを」

「気になるだろう。僕も当然気になった。だから理由を訊いた。彼はひたすら“俺が悪いんだ……”とうわごとのように繰り返すばかりだった」


まるで自分を呪うように。

そう締めくくったホロンはイリーナを観察する。

これはイリーナを試す言葉でもあった。これ以降もずっとそう。ホロンが彼について言及する度にイリーナが彼に対してどう思ってるかは態度に現れる。それは彼女にとってとても大事なことで彼女はそれを見極める必要があった。

だからホロンは、自分の言葉を聞いた目の前の女の彼への気持ちを推し量るべく、指先の動きから瞬きの回数から呼吸のリズムから彼女の全ての反応を見逃さないために注意深くじっと見据える。

対するイリーナは感情を全く悟らせない無の表情でただホロンの瞳を見つめ返した。ホロンが言葉を続ける。


「君のパーティ、29階層のボス『ギズギズ』との戦闘で君と彼を除いて全滅したんだってね」


『ギズギズ』。30階層に続く通路の手前に広がる巨大な空間に不定期に出現する巨大なモンスターであった。身体の本体は真っ黒な球体で目も口も見当たらず代わりに無数の長くて鋭い棘が球体を覆うように隙間無く生えており、近づく者に対しては棘を超高速で発射、貫かれたが最期、棘の表面の毒があっという間に体内に回り死に至らしめるという恐ろしい攻撃を行ってくるモンスターだった。だが30階層に続く道は一つしか無いため『ギズギズ』はギルドによって討伐優先モンスターに指定されており、その攻略難易度と貢献度からこれを討伐したパーティには多額の報酬とより危険で旨味のある依頼を受けられる上級冒険者集団への昇級が認められていた。これに『招き猫の髭』は敗北を喫していた。


「仰る通り。ほぼ壊滅致しましたわ。情けない話ではありますが」

「敗因は分かっているのかい?」

「アイツがしくじりを致しましたの」


イリーナはまるで返答を用意していたかのように淀みなく言った。アイツ。突如現れた上品なお嬢様の言葉に似つかわしくない乱暴な言葉からは彼との関係の深さが窺える。


「私たちの戦略はとても単純で、効率的で、前陣が『ギズギズ』の攻撃を耐えている間にアイツが極大獄炎魔法の超長文詠唱を済ませ『ギズギズ』の棘が全部抜けて脱皮して硬質化する前の柔らかな球体が露わになったタイミングで焼き払うというものでした」

「それで?」

「壁役は10人の盾持ち。それ以外はアイツに魔力を分けて詠唱を手伝うサポート魔法使い。途中までは順調でしたの。壁役は必死に攻撃を凌いで遂に『ギズギズ』が脱皮を余儀なくされ、あとは頭上の空間に生成されかけていた巨大な火球を飛ばして当てるだけという段階になって、アイツは何を思ったのか詠唱を中断してしまいました。当然火球は消失し、その隙に再び硬質化した『ギズギズ』の棘が消耗した壁役達を襲い前陣は決壊、そして戦況は崩壊致しました。アイツが魔法を放っていればこんな悲劇は起こらなかった筈ですのに」


イリーナの説明を黙って聞いていたホロンのソファの上に垂れた尻尾が苛立たしげに上下に揺れてソファの生地を叩いていたことに彼女は気づいていない。長い説明を終えて一息ついている彼女に、ホロンは沈黙の中で研ぎ続けていた言葉の刃を満を持して抜く。


「だから君は、彼と一緒にようやく28階層の奥の岩場のセーフティポイントに引き返したときに彼を気遣うでも無く彼と悲しむでも無く、ただ散々に責め立てたと?」

「なんですって?」


眉間にしわを寄せて聞き返してくるイリーナのその白々しさも苛立たしさを増長させる。ホロンはイリーナを睨む。


「たまたまその場に居合わせた僕の仲間達が教えてくれたんだ。“貴方のせいだ”と怒鳴り散らしながら無抵抗な彼を殴ったり蹴ったりしているヒステリックな女がいたってね」

「そんなの言いがかりですわ!」


喚くイリーナを無視してホロンは淡々と彼女を詰めていく。


「『招き猫の髭』と『ギズギズ』との戦闘を実際に見ていた仲間も多数居た。イリーナ、君は嘘を付いたね?」

「嘘なんて付いていませんわ!」

「では君の高すぎるプライドが偽りの記憶を事実に仕立て上げているのだろうか。だからさっきはあんなに平然と嘘を喋ることが出来たのだろうか」

「ですから嘘なんて!」

「悪い冗談かと思ったよ」


イリーナの言葉は躊躇無く無視していく。

彼女の言葉と団員達の言葉では信頼性に天地の差がある。


「実際には壁役は三人しか居らず、高度な魔法である防御壁魔法を唯一使える彼がたった一人で十数人の仲間を飛んでくる無数の棘から守り、脱皮時には周りの魔法使いが『ギズギズ』に魔法を打ち込んだがやはり火力不足で倒せず、結局彼の獄炎魔法頼みとなったが、三人しか居ない壁は直ぐに崩壊。彼は自らに飛んできた棘を防ぐために詠唱を中断して防御壁魔法を展開しその時点で魔力不足に陥る。後はもう敗走だ。後方で指示を飛ばしていた君は一目散に逃亡し、彼は少ない魔力を限界まで振り絞って防御壁魔法を展開し最後まで仲間を救おうとした。しかし望みは叶わず君と彼以外は皆串刺しとなり、地獄が出来上がった。違うか?」


イリーナはホロンから顔を逸らしブツブツと呟く。


「違うんですの……本当は壁役は10人居るはずだったんですの……道中で忌まわしいハーピィに襲われるというアクシデントさえ無ければ……」


その現実逃避をするような彼女の無責任な態度を見たホロンは奥歯が軋むほどに噛みしめ、片腕を伸ばしてイリーナの頭を鷲掴みし、強引に自分の方へ顔を向かせた。身を乗り出して二人が挟んでいた透明なテーブルの上で鼻先が触れあうほどに間近な距離まで顔を近づけたホロンは低い声で言う。


「全く、ふざけるのも大概にしたまえよ」


イリーナを捉えて放さない黒い二つの眼の中では怒りの黒炎が渦巻いており、今にもイリーナを焼き尽くしそうで、彼女の背筋は急速に冷えていく。


「万全な状態で無いなら何故引き返さなかった? ええ? 君はリーダーなのだろう? 違うか!? そうだな!? ならば全責任は君にある! 君は責任と引き換えに自由を手にしている! 君がギルドから受ける依頼を選ぶことが出来るし、君が連れて行くメンバーを選ぶことが出来るし君が陣形を選ぶことが出来る君が戦闘方法を指揮することが出来る! 君が君が君が君が! 全部君次第だっ!」


放たれる連弾魔法の如く彼女の言葉は止まらない。


「そもそも壁役が10人いようと20人居ようと君のパーティは壊滅していた!『ギズギズ』の攻撃をまともに受けようなんて馬鹿げている! 正攻法は足の速い前陣をできる限り用意して『ギズギズ』の注意を引きつけながら棘を食らわぬように避け続け、攪乱している間に魔法使いの特大魔法で討伐することだ! そしてそれをきみは知っていた筈だ! なぜならそもそも君は、かつて僕らと共に奴と戦ったのだから!」


イリーナは『火竜の角』の元団員。だから『ギズギズ』の討伐にも何度も参加している。


「……中堅の私たちにそんな人員は用意できませんわ」

「そうだ! だから本来は挑むべきですら無かった! だが君は! 報酬という目の前の名誉に目が眩んでどれだけ厳しいことを仲間に強いることになるか理解した上でそれでも強行した! つまり君が、団員達を死に導いたんだ!とんだ愚か者の鬼畜の外道め!!」


そう言葉をぶつけた彼女は片手で掴んでいたイリーナの頭を突き放して、押されたイリーナは背中からソファに倒れ込んで背もたれに沈み込んだ。へなりと深くもたれるその姿勢からは力がすっかり抜け落ちていて起き上がる気力は感じられない。ソファに座り直したホロンは身体の熱を冷ますように大きく息を吸いこみ、「ふうぅっ」と吐き出した。


「……君はそれに加えて責任転嫁して全ての責任を彼に押しつけ彼を傷つけ追い込みさえした。プライドばかりが高いオーク以下の畜生だ。彼まで殺したかったのかい?」

「まさか、そんな」

「でも彼は実際に死のうとしていたよ? 乏しい想像力をよく働かせてみなよ。共に戦ってきた仲間を失い、信頼していたボスに裏切られ、自責の念だけが残った彼の苦しみを。そして彼が傷ついて困る人間がいることを」


淡々と温度の低い言葉がイリーナを責め立てている。

「彼の友人、知人、家族、そして僕」

「……貴方が?」

「そう、僕。僕はねぇ、彼のことが好きなんだ」

「っっ!?」


ホロンのあっさりとした告白にイリーナは目を丸くした。ホロンは気にも留めず独自を続ける。


「古くは酒場で出会った仲でね。僕がダンジョンで功績を上げて有名になるにつれて他の人が僕を見る目を変える中、彼だけは出会った頃と変わらずにずっと良き友として僕に接してくれた。共に酒を飲み交わし、くだらない話で

笑い合い、時に励まし合い鼓舞し合った。彼の前では立場をすっかり忘れ何の気負いも無く素の自分を見せることが出来て、彼と過ごす時間がとても心地よくて、そして堪らなく愛おしかった」


彼の姿を思い浮かべているのか、ホロンの穏やかな表情は言葉の信憑性を保証する。


「獣人は本能に忠実だ。惚れた相手には直ぐに欲情する。身体が求めてしまう。子孫繁栄のためにね。だから本当は手を出したくて仕方なかったんだ。酒場の席について平然と澄ました顔で彼と会話しているそのテーブルの下ではいつも必死に子宮の疼きを堪えていたし、寝る前のベッドの上で何度彼を襲う妄想をして股座を濡らしたか分からない」


気品ある彼女には似つかわしくない卑猥な言葉の数々にイリーナは目を剥く。


「げ、下品ですわ!」


彼女は不敵に笑う。


「その通り! 本当の僕は上品さなど微塵も持たない森育ちの戦闘狂の血に飢えた愛に飢えた嫉妬と性欲で頭の中がぐちゃぐちゃのどこにでもいるただの下品な雌冒険者さ! ご名答、お嬢さん!」


ホロンのその皮肉な言い回しは彼女が普段人々から抱かれるイメージに対しての明確な苛立ちが込められていた。


「でも聞いてほしい、僕は手を出すのは我慢していた。君がいたからさ。彼はどうやら幼馴染みの君のことを大切に思っていたみたいだし、君も傍から見て彼に分かりやすく好意を抱いていたし、君たちの仲睦まじい姿は街で何度も街で見かけていた。そして成長していく冒険者集団のボスを君は立派に務めているように見えた。だから君にだったら僕は、任せても良いと思っていたんだ」


そこでホロンはいったん言葉を句切って、残り少ないマグカップの中身を飲み干しカップを置いた。


「……だというのに今回の事態だ。あー全く僕としたことが。どうやら恋に臆病な気持ちが知らぬうちに僕の目を濁らせていたらしい」

「っっ……」

「だからね、ちゃんと治療させてもらったよ」

「……??」


ホロンが発した言葉は別段おかしくは無いはずだったが、言葉に漂うなんとなく不穏な気配を感じとってイリーナの心はざわめいた。その危機察知は正しかったと直ぐに知ることになる。無慈悲に。


「彼を保護したとき彼の肉体は『ギズギズ』との戦闘で出来た傷と、そして恐らく君が痛めつけた事による生々しい傷があちこちにあって酷いものだった。だからここに連れ帰ってまずベッドの上に寝かせて服を脱がしてうちの治癒師が治癒魔法を施していった。でも知っての通り、治癒魔法では心の傷までは治せない。そして僕たち獣人にとって最大のメンタルケアは性行為というのが常識だ。ゆえに1“抱かせて”もらった。朝日が昇る頃、彼は僕の胸の中でようやく何があったかを話してくれて、仲間の死を散々泣いて、やがてぐっすりと眠りについた」


俯いて身体を震わせるイリーナを見てもホロンは容赦なく言葉を続ける。

この言葉達が、彼を傷つけたことに対しての細やかな復讐でもあったから。


「ね。ちゃんとした治療行為だ。尤も、弱った彼を見て僕の中の淫らな感情が抑えきれなくなったことは、まあ、全く否定できないけれども」


イリーナをとうとう限界を迎えた。

彼女はソファから身を起こし床を蹴り上げ机の上に乗って勢いそのまま前傾姿勢で両腕をホロンの首筋に伸ばし息の根を止めようとした。だがその腕は、届くことは無かった。己の首を掴まんと伸びてきたイリーナの両手首をホロンは片手で瞬時に掴み、引っ張り、彼女の勢いを利用して巧みにソファの上に転がしてしまった。その腹の上にホロンが馬乗りとなりイリーナは身動きを封じられた。両腕も頭上で片手で捩じり上げられてしまって抵抗も許されない

幾度も死線を乗り越えてきたホロンにとってはただか中級冒険者の彼女を押さえ込むことなど朝飯前なのだった。

イリーナは歯を食いしばって息を荒くしてもがいていたが意味が無いと分かると、あがくのを諦め喚き散らした。


「貴方最低よ! 仲間を失った私からアイツまで奪う気ですのね!」


バンッ!


ホロンは空いているもう片方の平手でイリーナの顔の横のソファの生地を強く叩いた。本当は思いっきりぶん殴りたがったが、殺してしまうのでやめた。

イリーナはビクンと身体を怯ませる。


「どの口が言う! 最低なのは君の方だ! 自覚しなよ己の至らなさを! 君のそういう短絡的で感情的な行動が! 稚拙で無責任な精神性が! 今回の失態を招いた原因だ!! 君はボス失格だ!!」


ホロンの糾弾の叫び。蔑む鋭い視線。

気圧されたイリーナは息をのむ。


「彼は今後うちに所属する。攻撃魔法と防壁魔法を同時に使いこなす才能ある魔法使いだ。同時に僕にとって狂おしいほどに魅力的な青年だ。僕のものだ。絶対に君には返さない」

「何を……勝手な事を……」

「彼が言ったのさ。僕の元に居たいって。僕の方が良いってさ」

「っ!?」


驚いた顔のイリーナにホロンは勝ち誇ったようにニヤける。

実際は彼は最後の台詞は言っていない。ただお互いに冷静になるためにいったんイリーナとは距離を置きたい、と彼はそう言っただけだ。だがホロンは既に一流女冒険者の全身全霊を以て彼を自分の愛で窒息させて精神も肉体も堕としてズブズブにして二度とイリーナの事を考える余裕が無くなるくらい溺れさせる気でいるので、彼女の嘘は嘘にはならない。予言にしかならない。

ホロンはソファから立ち上がると窓の方へと歩いて行って、外の景色を眺めながら言った。


「話は終わりだ。仲間を死に導いた己の責任としっかり向き合いたまえ」

「ま、待って!」


立ち上がった彼女がホロンの背中に言うが、


「連れ出せ」


返ってきたのは冷酷な言葉。直後、指示を聞いて応接室の扉から団員が数名駆けてきてイリーナの両肩をそれぞれ取り押さえ、後ろ向きに引き摺って行く。


「せめて! せめて一目で良いから会わせてくださいまし! 一瞬でも良いから!」


ホロンは顔を僅かに振り向かせて言った。


「失せろ」

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